「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2007・02・28

2007-02-28 07:40:00 | Weblog
久し振りの「今日のお気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「――私は富んだ人には遠慮なく馳走になる。そんなときまずいものをうまいとは言わないが、うまいときは口にだしてうまいと言う。反対に貧しい人には進んで自分が払う。無理してでも払う。
 私は金は貸さない。ただ生活に困っているなら貸す。いくら貸すか、友人知己それぞれ心のうちに金額はきめてある。この人にこのくらいなら惜しくないと思う額を貸す。貸した以上返してもらおうとは思わない。また返してくれた人もない。
 君のことを誰それがこう言っていたと告げ口されても私はたいてい聞き流す。人はかげでは悪く言うものだからである。悪く言っても内心尊敬していることもあるのに、悪口だけ伝えられることが多い。
 私は誰と自動車に乗っても空席があるのに助手席にはすわらない。私は往来でよく帯がとけたまま歩いていることがあるが、注意されるとイヤな気がする。そんなことはやがて自分で気がつく。人生の重大事でもこれと同じことが言えよう。
――帯がとけたまま歩くと読んで菊池寛のことだなと分る人もあろう。以上大正十五年に書いた『私の日常道徳』の大意である。
 菊池寛は両の袂(たもと)に五円札と十円札をいれておいて後輩や門下に与えたという。手当り次第つかみだして与えるように見えたが、この男にはこれだけとおよそきめていたと早くすでに自分で書いている。」

  (山本夏彦著「良心的」新潮文庫所収)
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