今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)と山本七平さん(1921-1991)の対談集から。
「 夏彦 二十代のころで本を買う金もないので同じ本を読みました。なるべく流行してない本を読みました。
しまいには写しました。僕はどっちかっていうと本好きでないほうで、たくさん読むより同じ本を何度も読
むほうで、だからいわゆる本好きは気の毒だと思うことがあります。六十になると、あと何年の命と昔の人
は余命を数えるでしょう、これから読まなくちゃならない、まだ読んでない本が何百冊、若い時読んで改め
て読まなくちゃならない本が何十冊と、本好きの人はそれを数えるんです。そしてけちんぼが爪に火をとも
すように、寸暇を盗んで読もうとして、ある時、それがとうてい読めないということを知るんです。荷風山
人がそれを書いていましたけど、本好きの人はそういう地獄におちるんです。
どうしてももう一度読まなくちゃならない。けれどもそんなに読めない。七平さんだって読めない。アッハ
ッハ、あてこすりみたいで申し訳ない。
七平 いや、ほんと、ほんと。そう読めないね(笑)。
夏彦 たいがいの人は子供の時に読んだ本、若い時に読んだ本に帰るんじゃないのですか。新しい本を読まな
くなる。
七平 夏彦先生にしてそうですか。
夏彦 ええ読みません。新刊は応接にいとまがありません。それから義理で読まなくちゃならない本がある。
仕事で読まなくちゃならない本がある。しかも何日までに読まなくちゃならない。ですから書評なんか引き
受ける時は――わが国の書評は褒めるにきまっていますから、著者の名と書名を聞いて、だれさんの本なら大
丈夫、ほめられると思った時だけ引き受ける。
七平 そうじゃないものは断る。
夏彦 ところが、読み進んでだんだん顔色が変わるのが自分でわかることがある。この人のこの本なら大丈
夫だと思ったのに、そして読んですでにその半ばに達したのに、ちっとも面白くない(笑)。」
(山本夏彦・山本七平著「夏彦・七平の十八番づくし」中公文庫 所収)
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