「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2006・01・28

2006-01-28 07:20:00 | Weblog





 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)と山本七平さん(1921-1991)の対談集から。

  「 夏彦 二十代のころで本を買う金もないので同じ本を読みました。なるべく流行してない本を読みました。
   しまいには写しました。僕はどっちかっていうと本好きでないほうで、たくさん読むより同じ本を何度も読
   むほうで、だからいわゆる本好きは気の毒だと思うことがあります。六十になると、あと何年の命と昔の人
   は余命を数えるでしょう、これから読まなくちゃならない、まだ読んでない本が何百冊、若い時読んで改め
   て読まなくちゃならない本が何十冊と、本好きの人はそれを数えるんです。そしてけちんぼが爪に火をとも
   すように、寸暇を盗んで読もうとして、ある時、それがとうてい読めないということを知るんです。荷風山
   人がそれを書いていましたけど、本好きの人はそういう地獄におちるんです。
   どうしてももう一度読まなくちゃならない。けれどもそんなに読めない。七平さんだって読めない。アッハ
   ッハ、あてこすりみたいで申し訳ない。

  七平 いや、ほんと、ほんと。そう読めないね(笑)。

  夏彦 たいがいの人は子供の時に読んだ本、若い時に読んだ本に帰るんじゃないのですか。新しい本を読まな
  くなる。

  七平 夏彦先生にしてそうですか。

  夏彦 ええ読みません。新刊は応接にいとまがありません。それから義理で読まなくちゃならない本がある。
  仕事で読まなくちゃならない本がある。しかも何日までに読まなくちゃならない。ですから書評なんか引き
  受ける時は――わが国の書評は褒めるにきまっていますから、著者の名と書名を聞いて、だれさんの本なら大
  丈夫、ほめられると思った時だけ引き受ける。

  七平 そうじゃないものは断る。

  夏彦 ところが、読み進んでだんだん顔色が変わるのが自分でわかることがある。この人のこの本なら大丈
  夫だと思ったのに、そして読んですでにその半ばに達したのに、ちっとも面白くない(笑)。」


   (山本夏彦・山本七平著「夏彦・七平の十八番づくし」中公文庫 所収)
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