今日の「お気に入り」は、佐野洋子さん(1938-2010)のエッセー「私はそうは思わない」から、
「腹が立っている時は自分がまっとうな人間である様な気がして元気が出る」と題した小文の一節です。
「 私は気分転換などしない。
気分転換する必要はない程陽気で幸せな人なのではない。ほとんど常にかぎりなく滅入っている。
おまけに体が怠けもので、気だけせわしなく忙しいので、ごろりと横になって先から先へと心配
ばかりしていて体安まって心休まる時がない。趣味もないしお酒ものまず歌もうたわない。何が
人生楽しいかと言われるとそれが楽しくてやめられない程千年も万年も生きたい。気分転換など
自分でするものだと思っていない。あちらからやって来る。
例えば何となく本屋で為になって悧口になりそうな本を買う。読み始めて私はびっくりする程
腹が立って来る。読みながら叫ぶ、『もうちょっと恥を知って下さい、恥を』あんまり腹が立つ
ので、腹が立ったところに印をつける。読むのはやめない。読み終わったら憤然と本をたたきつ
けて、又本屋に行って同じ著者の別の本を買って来る。その人の本を全部読んでしまう。腹立て
っぱなしで、腹が立っている時は自分が実にまっとうな人間である様な気がして元気が出る。勿
論好きな本にめぐり逢えば文句なく幸せで、ああ字が読めてよかったと思う。」
(佐野洋子著「私はそうは思わない」ちくま文庫 所収)