「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

時の足音 Long Good-bye 2024・04・22

2024-04-22 05:44:00 | Weblog

 

 今日の「 お気に入り 」は 、今読み進めている

 本の中から 、 備忘のため 、抜き書きした 文章 。

  よく気の廻る几帳面な作家さん 、上巻で蒔かれ

 た種を 、下巻で丁寧に拾ってゆく 大河ドラマ

  夜明けの時刻が五時前になった 、春なのに肌寒

 い雨の朝 。

  引用はじめ 。

  「 『 子どものころ先生に 、人間の一生は 、
  一足とびに登るより 、一歩々々を大切にせよ 、
  という意味のお言葉をいただきました 、尚功
  館へ入学してまもなくだったと思います 』
  『 そんなことがありましたかな 、いま考え
  ると釈迦に説法という 』
  『 いや 、そうではありません 、あのころ
  私は出世をしたいという一心に凝り固まって
  いたのです 』と云って主水正は声を低くした 、
  『 ―― 但しそれは一身の栄達を望んだから
  ではありません 、このことはまだ誰にも話し
  ておりませんが 、八歳のとき私は 、胸を刺
  されるような出来事を経験したのです 』

   父に伴(つ)れられて 、大沼へ魚釣りにゆく
  とき 、山内家と滝沢家のあいだにある道に
  はいり 、堀に架かった無名の小橋を渡って
  ゆくのが常であった 。八歳になった或る日 、
  父といっしょにその道をゆくと 、無名の小
  橋は毀(こわ)され 、あとかたもなく取り
  払われていたうえ 、滝沢家の小者に 、こ
  こは私有地であり 、邸内にある学問所の邪
  魔になるから 、ここを通行することは禁ず
  ると云われた 。

  『 城下町に私有地というものはありません 』
  主水正は呼吸をととのえてから云った 、『 ど
  んなに名門であり重臣であっても 、その土地
  は藩主から貸与されたものです 、当時の私は
  そんなことは知りませんでした 、私が胸を刺
  されたように感じたのは 、堀に架かっていた
  小橋が 、毀され取り払われたということです 』

    道とか橋などというものは 、子供には不動
  なもの 、大地があり山川があるのと同様に 、
  常にそこにあるものと信じて 、少しも疑わな
  かった 。それがあとかたもなく打ち毀され 、
  取り払われてしまったのだ 。

  『 そのとき私は 、そういうことが平然と
  おこなわれ 、それに対して誰ひとり抗議を
  する者がいないことを知って 』と云って主
  水正は苦笑いをした 、『 ―― いま思い返
  すと恥ずかしくなりますが 、ぜがひでも尚
  功館へ入学しよう 、そしてできることなら 、
  こんな無理なことのできないような 、正し
  い制度を確立しようと思ったのです 』
  『 知らなかった 、少しも知らなかった 』
  小出はおどろいたように首を振り 、深い溜
  息をついた 、『 ―― 私は老耄して 、その
  小橋のことはなんの記憶もないが 、もしも
  知っていたら 、少しはお役に立つことがで
  きたと思う 、いや 、いやそう云っては悪い 』
  と小出は自分を恥じるように膝を撫でた 、
  『 たとえ知っていても 、私にはどうするこ
  ともできなかったでしょう 、しかしあなたの
  お気持ちはよくわかります 、井戸勘助もこの
  話を聞いたら 、あなたに辛く当るようなこと
  はなかったでしょうがね 』

  『 井戸先生は御健在ですか 』
  『 三年まえに死にました 、酒も嗜(たしな)ま
  ず 、養生には細心な男でしたが 、―― 三年
  まえの十二月に 、卒中で死んでしまいました 』

   主水正は膝の上に両手を置き 、黙って 、暫く
  低頭した 。彼はまざまざと 、時の足音を聞く
  ように思った 。小出方正は老い 、井戸勘助は
  死んだ 。これらのほかにも 、老いたり死んだ
  りした人は少なくないだろう 。時は休みなく
  過ぎ去ってゆき 、人はその時の経過から逭(の
  が)れられない 、王侯といえどもいつかは老い 、
  そして死ぬのだ 。おれ自身も 、いつのまにか
  三十七歳というとしになったのだからな 、と
  主水正は思った 。 」

  引用おわり 。

 

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