「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

Long Good-bye 2019・12・01

2019-12-01 05:55:00 | Weblog







   今日の「お気に入り」は、森鷗外(1862-1922、文久2年-大正11年)の「歴史其儘(そのまま)と歴史離れ」から。



    「 粟の鳥を逐ふ女の事は、山椒大夫(さんしょうだいふ)伝説の一節である。わたくしは昔手に取っ

     た儘で棄(す)てた一幕物の企(くわだて)を、今単篇小説に蘇(よみがえ)らせようと思ひ立った。

     山椒大夫のやうな伝説は、書いて行く途中で、想像が道草を食って迷子にならぬ位の程度に筋が

     立ってゐると云ふだけで、わたくしの辿(たど)って行く糸には人を縛る強さはない。わたくしは

     伝説其物をも、余り精(くわ)しく探らずに、夢のやうな物語を夢のやうに思ひ浮べて見た。

      昔陸奥(むつ)に磐城(いわき)判官正氏と云ふ人があった。永保元年の冬罪があって筑

     紫(つくし)安楽寺へ流された。妻は二人の子を連れて、岩代の信夫郡にゐた。二人の子は姉をあ

     んじゆと云ひ、弟をつし王と云ふ。母は二人の育つのを待って、父を尋ねに旅立った。越後(えち

     ご)の直江の浦に来て、応化の橋の下に寝てゐると、そこへ山岡大夫と云ふ人買いが来て、だまし

     て舟に載せた。母子三人に、うば竹と云ふ老女が附いてゐたのである。さて沖に漕(こ)ぎ出して、

     山岡大夫は母子主従を二人の船頭に分けて売った。一人は佐渡の二郎で、母とうば竹とを買って

     佐渡へ往(ゆ)く。一人は宮崎の三郎で、あんじゆとつし王とを買って丹後の由良へ往く。佐渡へ

     渡った母は、舟で入水したうば竹に離れて、粟の鳥を逐はせられる。由良に着いたあんじゆ、つ

     し王は山椒大夫と云ふものに買はれて、姉は汐(しお)を汲(く)ませられ、弟は柴(しば)を苅(か)

     らせられる。子供等は親を慕って逃げようとして、額に烙印(らくいん)をせられる。姉が弟を逃

     がして、跡に残って責め殺される。弟は中山国分寺の僧に救はれて、京都に往く。清水寺で、つ

     し王は梅津院と云ふ貴人に逢(あ)ふ。梅津院は七十を越して子がないので、子を授けて貰ひたさ

     に参籠(さんろう)したのである。

      つし王は梅津院の養子にせられて、陸奥守兼丹後守になる。つし王は佐渡へ渡って母を連れ戻し、

     丹後に入って山椒大夫を竹の鋸(のこぎり)で挽(ひ)き殺させる。山椒大夫には太郎、二郎、三郎

     の三人の子があった。兄二人はつし王をいたはったので助命せられ、末の三郎は父と共に虐(しい

     た)げたので殺される。
これがわたくしの知ってゐる伝説の筋である。 」


     ( 塩野七生著「想いの軌跡」(新潮文庫)新潮社刊 所収 )







     ・・・・伝説の物語に似たことが世界の方々で今も繰り広げられているようで、なんぎやなあ。
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