今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日の続き。
「ミュージック・ホールを私は寄席と呼んでいた。シガール(蟬座)とフウルミ(蟻座)、ほかに『ボビノ』に最も行った。リュシェンヌ・ボワイエが全盛のころで、ここではダミアも見た、牧嗣人(まきつぐんど)も見た。牧はエレジーと題して『荒城の月』をバスで歌って好評だった。いかにもエレジーである。
清岡氏もこのボビノに触れていたので思いだした。以前石井好子に調べてもらったが、あとかたもないそうである。シャルル・ゲラン、ルイ・ジュ―ヴェで名高いヴィユウ・コロンビエ座は映画館になっていた。そういえば二十代の娘にルイ・ジュ―ヴェを知るかと聞いたら知らぬ、ルイ十兵衛ならハーフかと問われて十年ひと昔の感に耐えなかった。
〔『諸君!』平成十一年十一月号〕」
(山本夏彦著「最後の波の音」文春文庫 所収)