今日の「 お気に入り 」は 、今読んでいる本の中
からの 抜き書き 。久しぶりに読む 内田百閒さん
( 1889 - 1971 )の随筆「 御馳走帖 」( 中公
文庫 )の中から「 車窓の稲光り 」と題した小文
の一節 。鉄道旅をこよなく愛した 内田百閒さん の
「 百鬼園随筆 」や「 阿房列車 」を 、五十年以上
も前の若い頃 、読みふけったものです 。
百閒さんの旅のお供をする「 ヒマラヤ山系君 」
( 国鉄職員の平山三郎さん ) のお名前も懐かしい
達意の文章 。
引用はじめ 。
「 お午頃に博多を出た東京行の特別急行列車が 、
快い轟音を立ててごうごうと走つて行く内に 、
狭いコムパートの中で時が過ぎ 、もう外は薄暗
くなつて来た 。
同室のヒマラヤ山系君をうながして二三輌先の
食堂車へ来た 。丁度今その時刻である 。席が
あるかどうかあやぶんだが 、幸ひ向かひ合ひの
二人卓が空いてゐた 。そこに落ちつき 、もうか
うなれば天下泰平国土安楽である 。ついお酒が
廻つて 、旅行は楽しいものであると 、しみじみ
思ふ 。
しかし 、その中に在つて一つひどく気になる事
がある 。通路を隔てた向う側の食卓の窓に 、時
時鋭い稲光りが射す 。大体汽車に乗つてゐれば
雷様はそれ程こはくないものだが 、あんまり窓
近くでピカピカやられては矢張り不安である 。 」
「 私共のテーブルと 、稲光りが頻りに走る暗い
窓の間の四人掛けの食卓に 、一団のお客が著座
してゐる 。いつその席へ来たのか 、こちらが気
がつく前からゐたのか 、よくわからないが 、三
人は今の新制中学の卒業生らしい年頃で 、もう
一人は彼等の先生であると見受けた 。
彼等はその頃の列車の等級別から云えば三等車
から 、この食堂車へ出て来たらしい 。何か茶菓
を前にして 、四人はむつまじく 、楽しげに団欒
(だんらん)してゐる 。稲妻の光る食堂車の中で
生徒達と先生 。何と云ふうれしい光景であらう 。
こちらが少少廻つてゐて 、敏感になつてゐると
ころへ 、痛いものにさはられた様な感激を覚え 、
何度も思ひ返し 、躊躇した挙げ句に 、ボイを呼
んでそのテーブルへちゃんとしたケーキとレモン
紅茶を運ぶ様命じた 。
又山系君にそっちへ行って 、お茶を召し上がつ
て戴きたいと思つてボイに命じました 。よろし
かつたら 、どうぞと云つて先方に失礼がない様
に挨拶してくれと頼んだ 。
矢つ張り酔つ払ひの大袈裟な仕業だつたに違ひ
ない 。しかし幸ひ向うでも快く受けてくれた様
であつた 。山系君が座に帰つてから伝へるとこ
ろによれば 、連中はこの春鹿児島の中学を出た
卒業生とその受持の先生で 、彼等は東京で就職
する為上京する 。それに附き添つて一緒に東上
する先生の一行であつた 。長旅の車中のつれづ
れに 、宵のお茶受けを楽しまうと食堂車に出て
来たところであつた 。
よい先生 、いい生徒達 、彼等はこちらの差し
出した茶菓を綺麗に平らげて 、その内に席を起
ち 、私共の方に一礼して食堂車を出て行つた 。 」
「 コムパートに帰り 、一晩寝て朝になつた 。
もう東京に近い 。目がさめると 、先に起きて
ゐた山系君が 、昨夜の連中からこれを差し上
げてくれと頼まれたと云つて 、ボイが届けて
来たと云ふ菓子折の様な包を出した 。
何だらうと思つて山系君と開けて見たら 、鹿
児島の軽羹(かるかん)饅頭であった 。思ひも掛
けぬ事で 、先方の心遣ひを済まないと思ふ 。
かるかんは鹿児島の名物で難有いけれど 、案ず
るに彼等は今度の就職に就いて世話になつた人 、
又知り合ひの先輩の所なぞへ贈る心づもりで 、
遥遥南九州の果てから持つて来た物を 、私の方
へ割愛してくれたに違ひない 。
その後到来物や手土産品でかるかんを口にする
度に 、稲光りの走った窓辺(まどべ)の中学生を
思ひ出す 。 」
引用おわり 。
かるかん 、だいすき 。
( ´_ゝ`)
( ついでながらの
筆者註:「 內田 百閒( うちだ ひゃっけん 、1889年〈明治
22年〉5月29日 - 1971年〈昭和46年〉4月20日 )
は 、日本の小説家 、随筆家 。本名榮造󠄁 。別号
は百鬼園( ひゃっきえん )。号の「 百閒 」は 、
故郷 岡山にある旭川の緊急放水路の 百間川 から
取ったもので 、当初は「 百間 」と表記していた
が 、後に「 百閒 」に改めた 。
夏目漱石の門下生の一人で 、夢の光景のように
不可解な恐怖を幻想的に描いた小説や 、独自の
論理で諧謔に富んだ随筆を多数執筆し 、名文家
として知られる 。代表作は『 冥途 』『 旅順
入城式 』『 百鬼園随筆 』、紀行『 阿房列車 』
など 。」
以上ウィキ情報 。
文庫本 ( 電子書籍 )の解説は 、ヒマラヤ山系君
こと 平山三郎さんが書いていらっしゃる 。)