「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

俵はごーろごろ 2005・10・08

2005-10-08 06:15:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「昭和五十五年五月二十八日清元志寿太夫の公演を見た。志寿太夫はあの名高い延寿太夫の高弟で、この道にはいって

 六十五年になる。それを記念して歌舞伎座を一日買い切って公演があったのである。

  歌右衛門と勘三郎が夕霧と伊左衛門、梅幸と松緑が吉野山の道行を祝って演じた。歌右衛門ひとりを除いて、あとは

 太りすぎである。梅幸の静のごときはウェストもバストもヒップもない、『俵はごーろごろ』である。役者があんなに

 太っていいものだろうか。

  アメリカの役者は身長と体重、眼と髪の色をこまごま登録して契約する。身長はもうふえないからいいが、目方は

 ふえるから拳闘選手のごとく警戒おさおさ怠りないが、それでもふえると契約は解除される。

  わが国の役者が体重に無関心なのは、戦前まで日本人はあまり太らなかったからである。あの十五代羽左衛門は、

 いつ見ても同じ程度にやせていた。

  西洋の女はハタチすぎるとみるみる太りだす。それは言語に絶する太りかたをするから、思えば日本人は仕合せ

 だった。けれども、食いもののせいかまもなく西洋人に近く太るだろう兆がみえる。

  西洋人は歌舞伎や能を見て、ワンダフルと言うが、あれは世辞である。日本人でさえ珍粉漢なものが一瞥して分る

 道理がない。『死ぬほどたいくつ』と言った西洋人があるが、それが本音である。

 歌舞伎はもう滅びたも同然だから、梅幸や幸四郎がいくら太ろうとままよだが、これからという役者が太るのは不心得

 である。こないだテレビのCFのなかで江守徹を見て、その太ったのに驚いた。気味がわるい。えくぼをつくって婉然と

 笑ったのにはキモをつぶした。

  役者は太ってもやせてもいけない。契約違反である。それは興行主との契約ではなく見物人との契約で、見物が贔屓に

 したのは中肉中背の俳優江守徹である。

  江守ばかりではない、玉三郎もよく聞けよ。」


   (山本夏彦著「やぶから棒」-夏彦の写真コラム-新潮文庫 所収)
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