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TRASHBOX

日々の思い、記憶のゴミ箱に行く前に。

スプートニクの恋人/村上春樹

2016年01月03日 | 読書とか
ずいぶん前に読んでいるのだが、ほとんど内容を覚えていない。そのくせ「これ、なかなか好きだなぁ」と感じた記憶はうっすら残っている。なんだか昔好きだった人が、実のところどんな人間だったか思いだせないような、あやふやな記憶。最初にページを開くときは、久し振りの待ち合わせで顔がわかるかな、みたいな感覚もあった。

それが吉と出たのか、『スプートニクの恋人』の文章は新鮮かつ懐かしく楽しかった。『ノルウェイの森』(1987年)以降、概念的なトーンを強めていた文体が(個人的な印象ですが)が、初期の三部作の「ぼく」が、少し老成してまた語り始めたようだ。節操のないファンとしては、それだけでご飯3杯いける。

一方で我儘なファンとしては、そのキャラクター設定にどこか既視感を覚えるのも事実だ。痩せていて、ひっきりなしに煙草を吸う「すみれ」も、境遇と才能と能力に恵まれながら影を纏う女性「ミュウ」も、そして粘っこい汗をかきそうなスーパーの「警備員」も、どこかでお会いしましたよね、という気がしてならない(本当は、それぞれ具体的な出典を述べるべきなのだろうが、サクっと感想書いてるブログということでご容赦くださいませ)。そしてまた、非日常的な情念の彷徨を経て希望の入り口に辿り着く展開は、どこかでコード進行の似た曲を聴いたような感覚を思い出す。著者は以前『(この小説は)彼の文体の総決算として、あるいは総合的実験の場として一部機能している』と述べたそうだが、もしかしたらその実験っぽさが少し前面に出てしまったのだろうか。

そんなモヤモヤはありながらも、『スプートニクの恋人』を読むのは幸せな時間だった。著者独自の、文体と世界観が持つ魅力(村上氏自身はそう捉えていないと思うけど)が結実した一冊だと思う。ま、ある意味では人気歌手のディナーショー的魅力なのかもしれないけれど、その中身の充実ぶりはハイレベルだと思うのですよ。

おすすめの読み方は、文庫本で買っておいて、使い道の決まっていない待ち時間や移動の際にぱらりとページをめくること。日常の風景が、少し饒舌に語りかけてくるかもしれません。できれば美味しいコーヒーとかビールとか一緒にあると気持ち良さそうだなぁ。



スプートニクの恋人 (講談社文庫)
クリエーター情報なし
講談社

ロボットデザイン概論/園山隆輔

2015年01月08日 | 読書とか
ロボットデザイン概論
クリエーター情報なし
毎日コミュニケーションズ



初版は2007年、ほぼ8年前の出版物だが、改めて示唆に富む一冊だと思った。

自分はロボットに関してはど素人だが(興味は凄くあるけど)、
述べられていることの本質は、コミュニケーションやマーケティングにも充分通じるものだ。
製作者とユーザー両方の視点からバランス良く語られる分析や見解は、
現実の仕事で凝り固まった脳みそを優しくほぐしてくれる気がする。

読んでいて思わず線を引きたくなる箇所がたくさんあるのだが、
その肝は「ユーザーとの関係性を作る」ということ。例も具体的で分かりやすい。

例えば、動物の形のロボットを作ったらなら、
ユーザーは無意識に目の部分で画像を認識すると思うはず。
もしそれに対するセンサーや反応箇所(振った手を認識したり、光ったり)が
別の部位に設けられていたら、それはディスコミュニケーションにつながるはず。

こういった基本的な文法を丁寧に踏まえていくことが、
作り手と使用者の両方のハピネスにつながるのだと思う。
あ、それから著者自身が描いたイラストもなかなかチャーミングですぜ。

久しぶりに本棚から出したのだけど、また何度も読み返したい。
で、皆さんも是非、とお勧めしようと思ったら、
なんとアマゾンでは中古が21,000円から。
やっぱり線引いたりするのはやめて、大事に扱います……。

著書の園山氏はパナソニック(旧松下電器産業)でプロダクトのデザインに携わったのち独立、
現在はロボットのデザインや大学での講師などをされている(ようです)。
素晴らしい著作に、感謝申し上げたいでございます。

中年の新たなる物語/デイヴィッド・ベインブリッジ

2015年01月05日 | 読書とか
中年の新たなる物語 (動物学、医学、進化学からのアプローチ)
クリエーター情報なし
筑摩書房


タイトルにドキッとして手にとった。
理由は自分自身のことが身につまされ(あるいは初期老年?)、
というのもあるのだけれど、
最近のマイテーマ(マイブームってのはあったけど、変かな?)として
「老いという未来」みたいなことを考えていたからだ。

この中で述べられていることと少し重なるのだが、
昔の40代と今の40代は(あるいは50、60)違う生き物だと思う。
良い悪いの話ではなく、科学的、社会的、心理的に異なる環境と文脈を経て
形作られてきた私たちには、ケーススタディに乏しいのだと思う。

つまり、生き続けること自体が一種の創造行為とならざるをえない。
でもそれはアートのような高次元のものではなく、
どちらかというと開拓者のような手探りの行程。
しんどいなぁ、と考えるか、オモロイやんか、と捉えるか。
昔々「新人類」という言葉があったけれど、
そういえば自分も「新中年(老年?)」だったりして。

あ、著者のデイヴィッド・ベインブリッジは
ケンブリッジ大学で教鞭をとる立派な研究者の方。
科学者の視点に英国人のシニカルなユーモアがほどよくブレンドされた
知的エンタメ本でもあります。
天気のいい土曜の朝、六本木の芋洗坂下のスタバで
濃いめのコーヒーなど飲みながら読んではいかがでしょう。

忘れられたワルツ/絲山秋子

2014年01月06日 | 読書とか

久しぶりに読む絲山さんの小説、短編7つからなる一冊。

少し読み進むうちに、堀江敏幸氏の『雪沼とその周辺』を思いだしていた。

関東近辺の、リアルなような架空なような町で

人が生きている輪郭が少しずつくっきりと現れてきて、

読み終えると、頭のなかに確実に、その都市の記憶が作られている。

小説の技って、こういうことなのだろうか。

 

『恋愛雑用論』は、その町の職場(決して「オフィス」ではなく)における物語。

主人公の持つ違和感は読み手の「この町、どこ?」という困惑とよく馴染み、

この短編集のプロローグとしても機能している。

面白いなと思ったのは、かなり読点(「、」)の少ない文体。

でもリズムがよくてズンズン読み進んでしまう。

ある種の「絲山節」ではあるけれど、この辺のスパイスの効かせ方が楽しい。

 

そして『強震モニタ走馬燈』のテーマと関係のない餃子や料理の美味そうな描写や、

『葬式とオーロラ』の枯れた寒そうな風景の上に、偶然の出会いが描くファンタジーなど。

なんだか一見普通の小料理屋と思って入ったら、

ひとひねり驚かせてくれる味付けに出会えた、みたいな感覚が楽しい。

 

『ニイタカヤマノボレ』は、どこか預言の書めいていて少し恐くもある。

ちょっと景気が上向いて見えるくらいで、考えることを止めていいのだろうか。

ここで取り上げられているアスペルガーに関しては、僕もある程度見聞きしているいる。

(ま、自分もかなり近いのでは。なのでその捉えられ方に若干の違和感もなくはない)

 

『NR』では、どこかカズオ・イシグロの『充たされざる者』を思いだした。

それほど遠いないはずなのに、何故か迷い込んでしまった未知の場所。

話者の三人称と登場人物の一人称のトリッキーな語り口にちょっとつんのめったが、

これはリアルな描写に非日常を忍び込ませるための著者の隠し味なのだろうか。

 

『忘れられたワルツ』は、少し屈折した家族の平熱時の風景。

面白い一篇なのだけど、何故表題作なのか読み込めなかった。再読時の宿題かな。

そして『神と増田喜十郎』の初老の男、これは好きだ。

なんて嘘くさくてリアルな物語なのだろう。

最後まで緊張感を持って読ませてくれた一冊。

短編集(単に個々の短編でなく)を読むのが好きな人には、お薦めです。

できれば側に好きな酒と片手で食べやすいツマミ、

例えば常温で美味しい日本酒と、手にべとつかないスルメでもあれば最高だなぁ。

忘れられたワルツ
クリエーター情報なし
新潮社

ドーン/平野啓一郎

2013年09月24日 | 読書とか

ここのところ続けて読んでいる、平野啓一郎氏の著作。
あらためて、「分人」というのは気になる考え方だと思う。

で、先日読んだ『空白を満たしなさい』の約3年前に書かれたこの小説は、
その分人思想(?)の初期の著作と言えるのかもしれない。
Wikipediaには、「分人主義3部作」という呼称があった)

でも考えてみれば、これって小説家にとっては迷惑な話かもしれない。
別に氏は分人の啓発活動をしている訳ではないし、
全部そのフィルターで読まれちゃうのも気の毒な気もする。

えーっと、全く荒唐無稽のそしりを免れないと思うのだけど、
読み終えてふと、『風と共に去りぬ』を思いだした。
時代も場所も価値観も異なる時代を舞台に
人間の「希望」を見出そうとする物語、
というのは苦しいこじつけかもしれないけれど、
何だかその壮大なスケールと(素直に凄いと思う)、
もうひとつピンとこない感じが似いる気がするのだ。

ただこの2作、設定が過去の分『風と共に』は有利かもしれない。
例えば「散影」といった架空の技術を風景として読むのは、
SF志向のない自分には辛かった(ま、そういう問題じゃないかも)。

といって小説としてグッとこなかったという訳ではなく、
ここで描かれている人の姿は魅力的だ。
大統領選挙をめぐる候補者の丁々発止や主人公と妻との会話は、
著者の聡明さと情感の豊かさを、これでもかと示している。
いや、ホント「うまいんだなぁ、これが」なんですよ(分かります?)。

なんだか、ちょっと素人には難解なオペラの楽曲を
歌のうまさで最後まで聴かせてしまう歌手のような。
美しくて少し切なく、そしてどこか釈然としない耳鳴りが残っている。

ドーン (講談社文庫)
クリエーター情報なし
講談社