八ヶ岳の麓 ログハウスの宿 Tombouctou 徒然記

八ヶ岳の麓、標高1,300mの富士見高原にあるログハウスの宿のオーナー雑記帳
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40年前の青春の思いでの旅 シルクロード、 イスタンブール (2)

2013-02-23 19:35:20 | 旅行

イスタンブールは古代ローマ帝国の流れを汲む東ローマ帝国(ビザンチン帝国の)の都でコンスタンティノープルと呼ばれていました。その当時の歴史的な建造物としてはアヤ・ソフィア大聖堂が有名です。

 

 

アヤ・ソフィアは最初はビザンチン帝国の国教であるキリスト教(正教)聖堂として建築されましたが、15世紀にオスマントルコに征服されてからイスラム教のモスクに改修されました。イスラム時代はモザイク画は漆喰で覆われていたそうです。漆喰で覆われて幸いです。バーミヤンの仏像の様に破壊されずにすみました。現在は宗教とは切り離されて博物館として公開されています。

 

歴史の教科書では小さな写真でしかなかったモザイク画が、壁や天井に大きく描かれているのを見ると感動しました。

イスタンブールは最初は西から来た東ローマ帝国(ビザンチン)で栄えて、その後東から来た騎馬民であるオスマントルコに征服されて栄えて、まさにシルクロードの東西交流を象徴する街であると感じました。

  

キリストとコンスタンティノス9世夫妻(11世紀)

 

40年前のフィルムカメラ(ペンタックス)で、今のデジカメのように液晶画面で写り具合を確認できなかったわりには、チャンと写っているのに自分でも驚いています。写真が趣味でもなく、殆ど素人に近かったのに。

 

聖母子とヨハネス2世夫妻(12世紀)

  

 聖母子に献上する皇帝(11世紀)

中央に聖母子、

右はコンスタンティノープルの町を献上するコンスタンティヌス1世、

左はアヤソフィアを捧げるユスティニアヌス1世

 

 

オスマントルコ時代のモスクでは通称ブルーモスク(スルタン・アフメットモスク)が素晴らしいです。名前の如く、内部がほんのりと青みを帯びています。このモスクは今でもイスラム教のモスクとして使われています。イスラムのモスクは青い色のタイルが良く使われている気がします。

 

ブルーモスク

 

 ブルーモスクの内部



オスマントルコ宮廷として使われていたのが、トプカプ宮殿です。内部は博物館になっていて、豪華な宝石や陶器がありました。また、1000人もの女性がいたハーレムの跡などもあったと記憶に残っています。

 トプカプ宮殿(上、下)

 

イスタンブールでは食事も美味しく、また衛生的でもありました。イスタンブールを堪能したので、次に目指す都市を何処にするか思案です。色々と交通を調べると、イスタンブールからイランのテヘランまでのバスがありました。料金も安いので、直行バスにしました。

 

現在のイスタンブールでは、ヨーロッパ側からアジア側へ移動するのは橋があるそうです。更に、海底トンネルも作っているようです。

その当時は、橋が無かったのでフェリーでアジア側に渡りました。 

 アジア側を目指してバスでフェリーに乗船、

 

 

 このバスは、ミューハンツアーという名前で、西はドイツのミューヘン辺りから、東はテヘランまで走っていました。ヨーロッパに出稼ぎに行くトルコ人やイラン人などの他、ヨーロッパの若者・ヒッピーなどが安いバス便を利用していました。

 

このバスでテヘランまで直行しましたが、途中で休憩所の様なところで仮眠しながら行きました。2泊か3泊ぐらいの所要時間だったと思います。このバスはベンツで外観は良いのですが、中にあるトイレは何故か使用禁止でした。

 

 テヘラン行きのチケット

 

 

 



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