せっかち散歩

ゆっくり急げ、時間がないから

イヌシデの花

2013-03-31 | 日記
今日は朝から曇り空で小雨がぱらつくあいにくの天気。今月は忙しくて睡眠不足が続いていたのでちょうどいいと思い一日中部屋でごろごろしていた。「司馬遼太郎と城を歩く」(ヒストリーチャネル)(#1 大坂城 /#2 小田原城 /#3 備中松山城 #4 熊本城 /#5 弘前城 /#6 名古屋城)を見た。#31まで録画してあるから見るもの大変。まだ行ったことのない城も多いなあ。司馬遼太郎の歴史小説も面白そうなのでそのうち読んでみようかな。ビデオを見ながら「樹木ハカセになろう」(石井誠治著)を読んだ。千葉県香取市にある「府馬の大クス」は以前訪れたことがある。当時はクスノキかと思っていたが実はタブノキだそうだ。気付かなかった。千葉県鴨川市清澄寺には幹まわり14mの大スギがありこの樹齢は380年であることが判明している。それに対して屋久島の縄文杉は幹まわり16mで樹齢は1000年以上あるという。鴨川はスギの生育適地なので1000年はもたないらしい。銀座のヤナギは江戸時代に埋め立てをした後に植えた並木の中で生き残った樹木だという。ケヤキのほうき状の樹形が人為的だということも知らなかった。


近所の公園にはイヌシデ、アカシデが多く生えている。もともとここに生えていたものだろう。今はちょうどたくさんの雄花序が垂れ下がり美しい。



どれがイヌシデでどれがアカシデかはっきり分からない。たぶんイヌシデかなあ。




下に垂れているのは雄花序。枝の先に小さく見えるのが雌花序。この写真では3個の雌花序が見える。



イロハモミジとレッドロビンの若葉

2013-03-31 | 日記
デショウジョウ?

通勤途中に真っ赤に紅葉している木があった。これは以前から気になっていたが近づいてみるとイロハモミジの品種のようだ。夏には緑になり秋にはまた紅葉する。イロハモミジ系では出猩々(デショウジョウ)という品種があるしオオモミジ系では野村(ノムラ)が有名。

花が咲いている。とても可愛い。


県立公園でもイロハモミジが花を咲かせていた。





新葉の緑と花の赤のコントラストが美しい。



レッドロビン バラ科

中央病院の垣根にはレッドロビンにの新葉がサクラの花を背景にまるで花を咲かせたように鮮やかな赤色を呈している。

レッドロビンはカナメモチとオオカナメモチの交配によって育成された品種。


スミレとヒマラヤユキノシタ

2013-03-31 | 日記
霊園の桜も、ジュンサイの名の付いた池のほとりの桜も、大学の桜も、県立公園の桜も、通勤途中で見る街路樹の桜も全てソメイヨシノなのだろう、薄桃色の花はすべて満開。遠くから見れば雪が積もったかのように白い綿帽子をかぶっている。しかし同時に散っていく寸前でもあり、明日か明後日には皆散ってしまうことだろう。一風吹けば白い花びらが花吹雪となって舞い、広場の隅にはいつの間にか白い花弁の集合が吹きだまりを作っていく。咲く花も美しいけれど散りゆきうち積もる桜花もまた素晴らしい。その花が道行く人に降り注ぎ、行き交う車の窓ガラスに張り付いていつまでも押し花のように残る。昨日の栄華を惜しむかのような束の間の余韻を散りゆく花姿は与えてくれる。桜に限らずすべて美しく咲く花の命は驚くほど短い。人の一生と重ね合わせたくなるのも無理はない。「般若心経入門」(松原泰道)の中で紹介されていた句を思い出した。

舎利子見よ空即是色花盛り (小笠原長生)

般若心経の中で観自在菩薩(観音様)は我々人間(舎利子)に対して「色即是空 空即是色」と説く。すなわち「表面の美しさを素直に美しいと見るとともにその底にある空しさも見つめること、また逆に永遠に美しいものはないのだと見据えながら、目の前の美しいものを素直に美しいと見る」と教えている。



スミレ スミレ科

自宅から通りに出る路地はコンクリートの塀とアスファルトで雑草の生える余地はあまりないのにその隙間に紫色のスミレが花を咲かせている。




毎年見る光景なのにいつ見ても新鮮。




地上茎はなく葉が披針形なのが特徴。濃い紫が美しい。



ヒマラヤユキノシタ ユキノシタ科

毎年スミレの季節には自宅隣の中央病院の小さな通路脇に咲くヒマラヤユキノシタを楽しみにしている。写真を撮っていると通り抜ける人が「この花は何というんですか?」と尋ねてきた。「ヒマラヤユキノシタです」と答えると「ああユキノシタですか」と納得して去って行った。

集散花序の美しいピンクの花。







後ろ姿。