Poncoの ぴろ~・ぶっく 

枕元においたノートに
日々の生活で感じたことを
好き勝手に綴りたい・・・・。

卒業式

2009年03月07日 | Weblog
この3年間、私は、次女の高校によくいった。

近いから、行く機会があるときは、
たいていいった。
保護者対象の土曜講座も2年で、3講座
受講したので、通ったといってもいい。

地元なので、以前から通り抜けたりしていたが
自分の子供が入学して、実際の校風を肌身で
感じた。
見た目は、自由で割りと派手な子がおおい。
というイメージだった。
それが、そうでもなかった。

今日の卒業式をみていてもそうだが、
500人近い高校生が、一糸乱れず、
式典をこなし、そのあとの生徒会主催の
クラブのお別れ会は、盛り上がる。
卒業生へのビデオレターをみていると、
なんて、パフォーマンスが上手で
楽しい生徒が多いのだろう、と感心した。
秩序を守り、自由である。
大きな温室の中で、のびのびと
育つ明るく大きな花たち。

それは、一部の生徒かもしれない。
中には、この学校がいやだった子もいるだろう。
合う、合わないもあるだろう。

でも、うちの子は、この学校にはいることになり
本当によかった。
先日あった、保護者の謝恩会で、初めて個人的に
お話したクラス委員さんも
「この学校のおかあさんたちとは、これからもつきあっていきたい」と
お互いに、近いうちにお茶会でもしましょう。
と、意見があった。

たまたまであるが、娘にも、私にも
あっていたのだ、と思う。

みんなと反対に人が少ないほうの校門から
私は帰る。
門の守衛さんに
「3年間、お世話になりました」といって、頭を下げ
私のこの学校での保護者としての時間が終わった。

これからも通り抜けたいのだが、いいかな?
この学校に堂々と入れないのは、
とても寂しい。


久しぶりに、付け下げを着た

2009年03月07日 | Weblog
次女の高校の卒業式。
朝、早くに目が醒めた。
どうしようかな・・。
今日は、お天気がいいらしい。
次女の学校は、近いし
今日、着なかったら、いつ着るか?
わからないぞ・・・。

というわけで、先日、母に送ってもらった
訪問着を着た。
心配は、この着物を最後にきたのは、
長女の宮参りだったような気がすること。
お太鼓に自分で帯を締めたのは20年くらい前だったような・・・。

娘も、真剣に心配している。

きれいに着付けられなかったが、まあ、なんとか・・。
道行もきるので、格好がついた。
髪も、アップをあきらめていたのに、
カーラーをはずしているうちに、自然に、
逆毛を立てて、それなりのセットをした。
娘に手伝ってもらったが、どういうわけか、
私の中で、美容院にいった経験、着物をきた経験が
頭の中で、生き返り、それなりになった。
飾りは、とっさにいろんなものを出したが、
結局、櫛におちついた。
娘が成人式につかったものだ。
いいのかな?とおもいつつ・・・。

ああ、柔かい着物はいい。
帰宅して、着物ハンガーにかけた。

ああ、この絵柄だったのね。
着物をみると、自然にこの花を
探していたわけがわかった。
若いときは、地味だと思っていた。
今回は、この色をきたら派手じゃないか?と思った。
心配だったのは、私の横幅が、増えたことだったが、
着てみたら、問題は、横幅より、おはしょりが長くなり、
「どうしてだろう?こんなに長かったかな?」と疑問に思った。

私の着物は、親戚のおばあさん(大叔母にあたる)
が仕立ててくれていたが、いつも、長めだった。
いつぞや母とその老婆を訪ね、母が、「この間の襦袢が、ちょっと長かった」といったら、
大叔母さんは、「○○ちゃん、これから背がのびるやろ」といった。
そのとき、すでに、身長は、とまっている年齢だった。
この着物も大叔母さんの仕立てだったのかな?
もう、何十年も昔のことである。

私は、太ったが、手の長さが変わったわけではない。
今日、着物をきて、一番気持ちがよかったのは
袖丈が、私にあっていたところかもしれない。
既製品の洋服の袖が、いつも長く感じている。
欧米のシャツなんて、うっとおしいくらいなのだ。

久しぶりに、付け下げ訪問着をきて
やわらかい気持ちになった。