Poncoの ぴろ~・ぶっく 

枕元においたノートに
日々の生活で感じたことを
好き勝手に綴りたい・・・・。

風鈴

2011年08月31日 | Weblog

今年は、節電の夏になるというので

夏前から、あれこれ、準備をしていた。

目指すは「昭和の夏」

 

蚊取り線香。

すだれ。

グリーンカーテン。

風鈴。

ここまでは、例年している。

 

豚の蚊遣りを新調した。

おもいっきり、普通のもの。

ガラスの風鈴は、どこかにあるとおもったが

これも、新調した。

鋳物の風鈴の音がほしかったので・・・。

お手ごろ値段をさがしていた。鋳物は結構するので。

そうおもったら、手にいれてしまうんだなあ・・・。

ご近所迷惑にならない程度の音量だが、涼しげな音を出す鋳物の風鈴。

今日で、8月も終わり。

明日から、9月だが、まだまだ、暑いので

しばらく、風鈴は出しておこうと思う。

壁紙の風鈴は、しまらないとね。


三浦海岸

2011年08月26日 | Weblog
24日に一泊で
娘と小さな旅をした。
今年は、二人とも、たいして遊んでいないし疲れていたので
夏休みである。
私が、車で初めて行こうというのである。
 
三浦海岸は、3月の震災直前
息子がマラソンを走った場所である。
観音崎とどちらにしようか?
とおもったが、とりあえず
大型のリゾートホテルに滞在するのは
いろんなものがあって、楽そうだったので
そちらにした。
 
地図をいやというほどチェックして
私は運転をしていった。
高速をおりて、右折し、また左折する。
野比駅前を通って
134号線にあったら、あとは海岸沿いだから、迷うことはないが
いろいろ不安だった。
私は、車の運転がすきではないし
上手でもないとおもっているから。
 
運転しながら、自分でびっくりしたのは
「ここまでこれたんだ~!」とおもったこと。
 
地図をみるのは好きなので、よくみるが
ここまで電車以外でこられるようになるとおもわなかった。
昔、自分でここに行きたい!とおもっていた時期があった。
すごく遠くにおもえた場所。
初めてきたのではない。
自分は、助手席やら、子供の面倒をみていた。
 
女二人の平日の旅は、安全スピードで、ゆっくりと。
空いている道をのんびりと。
 
ランチは、三浦海岸沿いの「ナツメグカフェ」で。
以前にいった「菜蔵」に娘をつれていきたかったが
定休日みたいだったので、ネットで探して
よさそうだったので。
小さなお店で、駐車にちょっと苦労したが
とてもいいお店だった。
 
三浦野菜のパスタとバルサミコ酢のチキンソテーランチ。
美味しいぃ~!
 
まん前が海で、久里浜の火力発電所も房総半島も
とても近くに見える。
 
ホテルにいって、プールでいきなりアクアビクスをして
クアハウスで、水着でいろんなお風呂に入る。
赤ワイン風呂・ショウガ風呂にも入った。
娘の水着姿は、何年ぶりだろう。
 
私は、海岸にいきたかったのだが、娘が
「紫外線がいや」といっていってくれなかった。
彼女にとって、海水浴は、日常のものではない。
小さいときに、もっとつれてきてあげたかった。
 
絶えず思い出していたことがある。
 
父が、子供のとき海水浴、川浴、琵琶湖浴、
プールにつれていってくれたこと。
うちの子供たちが小さいとき
和歌山の白浜に車でつれていってくれた。
あのとき、子供の面倒をみるのが大変なので
私は正直なところ、いくのがいやだった。
末っ子は1歳半で、じっとしていないので
苦行だった。
 
白浜で海水浴をして翌日、アドベンチャーワールドに
いった。
そのときの、ペン立ては、今も愛用。
実家には、写真があるが、
私が一番幸せだったころかもしれない。
両親と私と3人の子供。
みんな笑顔だった。
父にとっては、肉体的に楽ではなかったろうに
私は、お礼もいわなかったと思う。
なんてことをしたんだろうな。
写真の父は、幸せそうだった。
 
****
 
ホテルは家族向けで、周りには、かつてのうちの親たちみたいに
孫をつれたおじいちゃん、おばあちゃんがたくさんいた。
お父さんは仕事人間だから、孫の夏休みの思い出つくりに
つれてきたのかな?
私も、そうなるかな?
今度の目標は、そんなことだ。
孫の世話ができる体力、気力、あるだろうか?
それとも、そういうのは一切しないおばあちゃんに
なるほうが、賢明だろうか?
だって、子供も孫も、こちらが苦労しても喜ばないものだ。
かつての私も当たり前におもっていた。
 
ホテルは、そんな庶民的な夏休みをすごすのに
いい場所で、温泉も、特別豪華というわけでもない。
 
私の最近のたびは、いつも水着をもって
ホテルの施設のプールにはいり、温泉に娘と別にはいり
(私は一緒にはいりたいのだが、娘がいやがるので別行動)
今回は、食べ放題なので、たくさん食べ、「明日からはダイエットしよう」と
無理な誓いをたて(朝食もバイキング)
チェックアウトしたら、そのまま、観光もせず、さっさと自宅へ小一時間ほどで
かえってきた。
 
猫の体調が悪くて心配だったせいもあるし
自分しか運転しないから、無理はできないとおもって。
 
だから、本当にささやかなたびだった。
なにしろ、息子の高校の校区なのだ・・・。
友達の家はさらに遠くだったりする。
 
でも、近くて、そんなに派手なことはないが
三浦はいいところだ。
野菜、魚がとても美味しい。
 
私が、とりあえず、車で旅ができるのが
このあたりなので、また、距離をのばして
家族とこられたらいいな・・。と思う。
 
8月24、25日は、関西では地蔵盆である。
私にとって、それは、夏の終わりの行事である。
 
 
 
 

たい吉、胃腸炎?

2011年08月22日 | Weblog

ねこのたい吉が、よく、粗相をする。

粗相をするのは、トイレのすぐ横で

娘の部屋の前。

ぴったり決まった場所。

いくら、においを拭いてもダメだ。

今日は、便に血が混じっていた。

本人ならぬ本猫は、元気である。

とびまわっている肛門が床について、血がついたので

びっくりした。

 

「ケコケコ」とよく吐く。

夏はいつもそうだ。

だから、ワクチンも春先にうつし、留守のときは、エアコン、扇風機をタイマーでつけて

暑さ対策をしているのだが、夏はいつも体調が悪い。

水も自由に飲めるボトルタイプにしているのだが・・。

ドライフードが合わないのかな?

胃腸炎を起こしているのでは?

というのが、今、調べての結果。

血だけみたら、「えっ!もしかして、嫌な病気だったらどうしよう・・。」とオロオロ。

その割りに「病院につれていくと高いしなあ・・。元気だから、もう少し様子をみようか。」と

おもってしまう。

まだ6歳なので、体力はあるはずなのだ。

「便秘で、痔なのかなあ?」とトイレを掃除して観察する。

便は硬くなさそうだ。

 

ドライフードも缶詰も、まとめ買いしたばかり。

う~む、どうしようかな?

胃腸薬、のませてみようかな・・。(もちろん、猫用)

 

ワクチンを打ちにいったころも吐くことを相談したら

「フードが合わないのかも」とはいわれていたのだが。

食べすぎだから、あげないようにすると、「ねえ、ちょうだい!ちょうだい!」と

つめをたてて、催促することおびただしい。

いろんなところが、つめでガリガリされてしまうので

根負けしてしまう。

しかし、血をみると、ちょっと気をひきしめて

体調を観察してやらないと、と思ってしまう。

 

 


花火大会

2011年08月20日 | Weblog

神奈川新聞花火大会にいった。

 

正面にそびえているのが、ランドマークタワー。

暑いのに、大桟橋、通称「くじらの背中」に席をとりたいのは

ここからの花火がすきなせいもあるが、この夕日がみたいからでもある。

美しい。

しかし、暑かった・・。

前日から夏ばての私はいくのもためらったが・・・。

結局、いってしまった。

 

今年は東日本震災の鎮魂の意味もこめるという。

大桟橋には、いつものように、カップルや家族づれがおおく

海上には、特別料金のクルージング船がたくさん。

「なにか鎮魂なんだろう?」

ここの花火大会は、ほかより、センスがよく、変わった花火も多くて好きである。

今年は、例年よりまして、変化にとんだ花火が多かった。

ハートやら、ドラえもんやら・・。

花火大会が自粛になったところがおおいから花火師さんが、この大会に集まったのかな?

間合いもいつもと違う・・・。

スターマインと呼ばれる連続の打ち上げのリズムがいつもと違う。

 

後でしったが、東北の花火師さんも多数参加していたこと。

被災し、神奈川に避難している人たちが招待されたこと。

 

華やかな花火の中でも、高く高く上がって、枝垂れる「柳」が、私は好きだ。

今年は、天に向かって上がる火のたまが、鎮魂の意味があるように思えた。

 

京都でも千葉でも、被災薪をめぐって燃やすの、燃やさないの・・。と

問題になっているが、箱根では、さっさと大文字で炊き上げたみたいで・・。

やるじゃん!神奈川!とちょっと喝采である。

 

しかし、暑くてバテバテで、もう、来年からはいけないかも?とおもう。

 

 

 


はがき

2011年08月15日 | Weblog
私は、結構筆まめだが、最近はパソコン、携帯の
メールが多い。
遠方の実家にも、電話をかけるので
友達にきっちりと手紙をかくことが
滅多にない。
学生時代は、遠くにいった友達と
文通していたのなあ・・。
 
昔は、通信費が高かったから
手紙やはがきを書いたものだ。
 
その名残で、私は、絵葉書や便箋、封筒、切手を
集めている。
引き出しの中には、だすあてのないコレクションが
たまっていた。
 
そこで・・・。
それで、なにかの折に、憂鬱な母に
言葉をかいておくっていた時期がある。
最近は、体調がすぐれない友人に
言葉を少なくしておくってみよう・・。と
送ってみた。
私は、おしゃべりだから、メールでも
ブログでも、たくさん言葉をかいてしまう。
でも、友人には、負担になってしまうから
気をつけなくっちゃ・・。
と、中国の万里の長城の絵葉書に
「中国人は、気がながいねえ~」とかいてみた。
 
暑中見舞いのはがきが一枚きた。
友人からだった。
びっくりした。
うれしかった。
はがきで暑中見舞いをいただいたのは
ものすごく、久しぶりのような気がする。
私に返事をかくのに、無理はしなかったかな?
それが、とても気になった。
でも、返事をくれたんだ!
 
私は、そのはがきを寝室の壁に貼り付けた。
友人の笑顔を思い浮かべて、ときどき眺める。
本当は、笑顔でないかもしれないが
私には、その人の笑顔が見える。
 
私は、また、ときどき、はがきを出そうとおもっている。
それは、わざわざじゃなくて
誰かにお礼状をかくとかで引き出しをあけたときの
ついでである。
または、気まぐれにである。
切手を一枚多く貼るだけだから、気にしないで
「ああ、またPoncoから、はがきがきたなあ~」
って、軽くおもってくれたらいい。
 
今度は、どんなのにしようかなあ?
へんてこなはがきもあるよ。
切手は、とりあえず、お花シリーズね。

障子張替え

2011年08月11日 | Weblog

私は、不器用である。

また、実家には、障子がなかったので

障子の張替えの仕方が、皆目わからない。

お姑さんは、12月上旬になると、一人できれいに張り替える。

お姑さんが得意なことは、私はたいてい苦手なので

到底、できない!とおもっていた。

 

しかし、猫があけた穴が目について、もう、何年にもなる・・。

友人も妹も一人で張り替えるという。

しかたない・・。

動画で、まず、イメージトレーニング。

ホームセンターの女性が主演の「簡単にできる障子の張替え」から

職人さんの「これぞ職人技」までみて

「できる!できる!できそう~」とやる気の神様がおりてくるのをまった。

そして・・・。

ホームセンターにいき、アイロンで、簡単、強度が強いものをさがす。

専用のカッターと小道具も買う。

(本当は、ペットがひっかいても破れない、とか、「素敵な障子」という色がはいったものも

よかったが・・。そこは、初心者なので、上下やら、失敗がなさそうなもので我慢)

 

写真は、一枚目のもの。

イメージトレーニングが効いて、結構きれいにできた。

二枚目、「あれっ?へん・・。」とおもったら、アイロンの接着面をまちがえていた。

三枚目の障子は、セパレートで、しかもはずせないので、

とっても厄介だった。

ああ、腰がいたい、根気がなくなる・・。

悲鳴をあげそうになる寸前、なんとか、終了。

張り替えた障子をいれた部屋は明るくなった。

しかし、そこで寝ている主人は、帰宅しても気がつかなかった・・・・・。

まあ、穴があいていても文句もいわないんだけど。

 


梅ジャムつくり

2011年08月09日 | Weblog
さっき、6月につけた梅シロップ、実と
格闘していた。
実を濾したシロップを大きな鍋にいれて
沸騰直前まで温めた。
濾した実は、炊飯器にいれて
炊飯ボタンをおした。
 
ジャムをつくろう、ということである。
なにかでみたので、試してみた。
 
炊飯がおわってふたをあけると
実はふっくらと湯気をたてている。
そこから、種を取り出す作業にはいったが
これが、面倒くさい。
ふやけた実を網で濾しながら
種だけにしてとりだそうとしたが
氷砂糖につけこんでいたので
べとべとである。
種だけ、すっきりと離れない。
 
昔、実家の父がテレビの料理番組をみて
堅い青梅からジャムをつくっていたのを
「よく、あんなめんどうくさいことをするなあ・・。」と
あきれてみていた。
できた青梅ジャムも食べなかった。
すごい健康食だったのに・・。
それに、食通の父がつくったものを食べないなんて
なんて、もったいないことを
してしまったのだろう・・・。
 
それにくらべたら、私の今日の「梅ジャム」は
柔らかくなっているし、楽なはず。
なのに、ああ~めんどうくさい!
血は争えないのか?
父をみていたから、自分もそういうことを
する気になるのか?
遺伝か?環境か?
(ちなみにうちの妹は、こういうことは
一切しない)
 
だけど、友達が送ってくれた梅の実を自分でつけた
梅シロップは、我が家の子供と私の夏を越すための
健康飲料水。お守り食べ物。
ここで、梅ジャムまでつくって、炭酸でわったり
料理につかったり、ヨーグルトにいたら
クエン酸パワーで、みんな、きっと、病気をしないでいられるはず!
 
夏は、梅とショウガで乗り切ろう!
「プラムちゃんとジンジャーちゃんよ」と娘にいう。
 
梅シロップ二瓶で、ジャムの瓶一瓶にしかならなかったが
濃厚なジャムがとれた。
これ、子供たちは、きっと「まずい」っていいそう。
それをあの手、この手で、口にいれてやる・・。
とひそかにレシピを考えようとおもっている。
夕食は、ドライカレーにオクラ、ナス、トマトをガーリックオイルでいためたものを
トッピングしてシュワーと、炭酸でわった、梅ジャム。
ああ、夏らしいな。と悦に入る。

ぐずの長所

2011年08月08日 | Weblog
私は、小さなときから、母に「グズ」と
いわれてきた。
(関西人がいうところの「ぐずやなあ~」は
関東人がおもうほど、軽蔑の意味合いは少ない
「おそいなあ・・。」とからかうイメージである)
それでも、けなされているのには違いないから
そういわれることは、いやだった。
今でも、動くのがキライで、本当はじっとしていたい。
 
実家の法事のときに
父の妹である先代の長女の叔母としゃべりだすと
ふたりとも全然動かないので
「根がはえたようだ」と母はぶつぶつといい
母やら、妹やら、叔父の奥さんやらが
「はい!」とお茶、むいた果物、お菓子と
出してくれて、いつのまにか片付いているので
長女二人は、根がはえたまま、機嫌よくしゃべっている。
 
まめまめしく動かない。
いや、動けないというのが
私のコンプレックスであるのに
今の私のイメージは「マメ」らしい・・・。
片付けは、大の苦手なのだが、
気働きは、商家育ちで、できてしまうみたい。
だから、自分で動こうと決めたときは
動く。
 
自分は、過保護に育ったとおもっているし
今でも、人がやってくれないかなあ・・。
とずっとおもっている。
依存やら、甘えるのが、大好きなのに
甘えるのは下手。
怒りんぼうの口調でいってしまうから
喧嘩になってしまうが
あやしてくれる人が今は、周囲にいないから
たまにそういう、甘えさせてくれる人がいると
とっても、ぐっとくる。
ありがたいことに、旧友の中には
ほんわかと甘えさせてくれる人が何人かいる。
そういうとき、私は、自分が少女だったときのような
安らぎを感じる。
 
周りで、まめまめしく動いてくれても
ばたばたされるのは苦手で、
息がつまりそうになる。
本当に、呼吸困難になって、倒れたことがある。
そういう中での、食事が苦手である。
 
○○家の長女は、いったん座ると根がはえて、身内がさりげなく
出してくれるものを、あたりまえのように
たまに「ありがとう!」といいながら、夢中で笑いながら、くっちゃべるのが
伝統であり、婚家の家風には合わない・・・・・・。
嫁としては、まったくいい嫁ではない。
 
自慢にならないが、これが、生来の性格なのだから、仕方がない。
普段の私は、この性格では生活できないので
がんばっているが、たまに自分で「なんて、可愛げのない女なんだろう」」と
おもっている。
甘えることが少なくなった代わりに、人を見る目もきびしく
口角が下がる心地がするからである。
あのぬるい 「ぐずやねんから」といわれながらも
さりげなく、優しくいろんなものがでてくる場所にいたほうが
人が善い人間でいられる。

原爆記念日 甲子園開会式

2011年08月06日 | Weblog
甲子園で高校野球がはじまった。
 
今日は、8月6日。
原爆がおちた日。
8時からの式典で黙祷をささげ
甲子園も黙祷をささげる。
 
今朝の我が家は、アルバイトや塾に
出かけるこどもたちに朝ごはんを用意したが
キライなものだったらしく
文句をいわれ、食べてくれず・・。
「もうっ!」と思うが、こんなときに
いきなり、原爆が落ちたら、どうなるだろう?
あの時間が幸せだったんだ!って
後悔しても遅いのだ。
 
小学校の高学年で、広島の原爆記念館に
いった私は、影だけのこっている石や
ひしゃげたお弁当箱をみて
衝撃をうけた。
うちの身内には、戦争で命を落としたという
話が、ほとんどないので、語り伝えも、せいぜい
苦労話の域。
原爆記念館で目の当たりにしたときの
気持ちを忘れない。
 
そして、甲子園。
私には、なじみの深い甲子園。
今年は、うちの県からは、横浜高校がでている。
県の決勝をみていて、「乙坂くん、かっこいい~」と
娘と黄色と黄色より大人の声をだしていっていたが
なんと、息子と同じ年ではないか・・。
えらい違いに唖然。(゜o゜)
そして、テレビの乙坂君をみた息子は
「おっ!乙坂、今は、完全にアスリートの顔だな」って・・。
なんで、知り合い風な口ぶりなのよ?って、いぶかる。
中学校が近いので、中学校のときから有名人だったそうで知っていたそうだ。
だから、息子は、彼を知っているが、あちら様は、息子をご存知ない。
本人いわく「顔くらいしっているとおもうよ」って・・。
あの中学と喧嘩したとき、いたとでもいうの?と責めたくなるのを
ぐっとこらえる・・。
(私の中で、息子は、喧嘩をする、チンピラで、
乙坂君は、そんな場所にいるはずのないヒーローに
なっている・・・)
 
まあ、レンタルショップで、見かけたことにしておこう。(~_~;)
ぜんぜん、知らなかったが、近くの出身ときくと
やはり、応援に力がはいりそうな夏。
 
昔、甲子園球児は、憧れのお兄さんだった。
いつの間にか、年下になり、娘と同じ年になり
ついに、末っ子と同じ年。
うちの息子が、野球をしていたら、こんな体つきになっていたのかなあ?
 
テレビの中の若者は、逞しく、頼もしく。
そして、可愛いと思うあたり、私の母心、全開。
ウルウルしてしまいそうだ。
 
夏の大会歌「ああ、栄冠は君に輝く
これをきくと、涙が出てきそうになってしまう。
 
私の中では、苦しかった大学の教職講習の最後に
隣のクラスのグループが演奏したのだ。
「この歌が似合うのは、甲子園球児だけじゃない!
私たちだって、ふさわしいよね。」とそのときおもったくらい
きつかった夏の終わり。
大学の校歌も自分たちがなにを演奏したのかも
覚えていないのに、あの夏にふさわしいのは
この歌だった。
 
あの講習の経験も、甲子園にでたことが、その後の人生に
大きな意味を成さなくても、栄冠は、君に輝く。
そう、思いたい。