7/21(火)、第1回「ふるさとカフェ」が開催された。奈良新聞の告知記事(6/22付)によると《県は本年度から、荒井正吾知事が県出身者と対談し、奈良への思いや「これから」について語り合い、県政推進の参考にする「ふるさとカフェ」を開催する。第1回は7月21日午前10時半から、奈良市登大路町の登大路ホテルで開く》。
http://www.nara-np.co.jp/20090622120704.html
登大路ホテルのロビー
《荒井知事は先日の定例会見で、「奈良に縁のある有識者など奈良に帰っていただき、アドバイスをいただきたい」と語った。初回ゲストは編集工学研究所(東京都)の松岡正剛所長と、森精機製作所(名古屋市)の森雅彦取締役社長。奈良県出身者など、奈良を「ふるさと」とする著名人や有識者を招き、「奈良の今」「奈良のこれから」「奈良への思い」を語ってもらう》。
《参加募集人数は30人。参加費は飲み物代として500円。応募者多数の場合は抽選。対象者は県内在住、在勤、在学の人で、参加希望者は住所、氏名、年齢、職業、電話番号と性別、「ふるさとカフェ参加希望」と明記し、はがきやファクス、メールなどで申し込む。はがき1枚で4人まで申し込みできる。応募締め切りは7月10日》。
登大路ホテルのバー
7/21は、朝から土砂降りだった。「この雨だと、参加者は減るかな」と思っていたが、ほぼ満席だったので驚いた。森精機製作所が所有する会員制ホテル「登大路ホテル」に入れていただくのはこれが初めてだったが、噂に違わぬ素晴らしいホテルである。規模こそ小さいが、接客は良いしコーヒーも美味しかった。ちゃんと傘まで預かって下さったのは、とても有り難かった。
私が聞きたかったのは松岡正剛(まつおか・せいごう)氏のお話であった。彼の話を中心に、この鼎談(ていだん)をざっと紹介してみる。
松岡氏はこう語る。《古都・奈良を語る人は多いが、「1300年間の奈良」を面白く語れる人は少ない》《今の世の中は偏っている。ポピュリズム(人気取り)と言えば良いのか、マスコミもこの傾向に拍車をかける》《首都を意味するcapitalは「資本・元手」という意味だが、この元手(国力・地域力)がバランス良く配分されていない。地域、学校、近所、官僚・役人などを見れば分かる。最も大切なcapitalは「人」である》。
《私は、日本人の感覚が良すぎるのだと思う。世界中の情報がネットで集まる。実社会で充実していなくても、ネットで感動できてしまう。だから、おたくやニートが生まれる》。これに対し荒井知事は、「最近は目標を持たず、向上心のない人が増えた」と応じる。
《コーチ力が落ちているのではないか。それは上に立つ人が変わっていないからだろう》。これに対しては森社長が「日本人は2代目・3代目に厳しい。2代目・3代目はけしからん、と潰しにかかる人も多い」と応える。
松岡正剛氏
《かつてメディアはもっと多種・多様だった。(森社長のお父様の出身地である)紀伊田辺には、7つもの新聞があった。富国強兵の過程で、マージ(併合)が進んだ》《日本には「言挙げしない」(あえて言い立てない)という文化がある。これはもともと(漢字が入る以前には)文字がなかったことと関係している。また、春日大社の神官と興福寺の僧侶の関係に見られるように、デュアル・スタンダード、マルチ・スタンダードが一般的だった》。
《日本はアジアの国々と共存してこなかった(アジアとちゃんとやってこなかった)のではないか》《日本は大国にならなくて良い。中くらいのプレゼンス(存在感)でちょうど良い。大国になると1本になってしまう》。森社長は「アメリカは1つの国というより、1つの巨大な仕組み・システムだ」。
中央が森社長
最後に荒井知事は、「今日の締めとして、日本のこれから・奈良のこれからについてひと言ずつ発言していただきたい」と促した。森社長は「奈良は、控えめな県民性とは裏腹に『小さなエゴ』を守りすぎるきらいがある。そのために景観などが守られていない。皆が1%ずつ譲る、という精神が必要ではないか。パチンコ屋やラブホテルが全部ダメだ、というのではない。古都の景観に合わせることが必要だ」。
「パチンコ屋や…」のくだりで、森社長は少しニンマリされた。以前、日経新聞の「領空侵犯」(「景観規制、経済にプラス」07.2.12付)で主張されていたのだ。一部引用すると、《奈良公園、橿原神宮、明日香村などを結ぶ幹線道路の風景は、ガソリンスタンドののぼり旗、消費者金融、パチンコ、ラブホテルなどの派手な広告が野放しでぐちゃぐちゃです》。
《たとえば米国人が、工作機械の買い付けで1千万円の予算でドイツを訪れたとしましょう。フランクフルト空港からシュツットガルトへ、2時間くらい車で移動する。回りの風景がとても美しく、心もなごみます。価格交渉で『上乗せしてもやむを得ないか』という気持ちにもなります。日本ではどうでしょう。『何だこの道路の風景は。本社の前にラブホテルまである。こんな企業からなら800万円くらいで買えるかもしれない』と考えても不思議ではありません》。
次の松岡氏の話が、私にはこの日のハイライトであった。《奈良は、海から遠いと言い過ぎる。シルクロードとは海を隔ててつながっていたし、お水取りの水は若狭から来ている。伊勢志摩にも近く、日本海と太平洋の中間と言える》。
《奈良は「柔らかいモデル」になりうる。奈良時代の大極殿は中国風だが、天皇は和風の木造建築の家に住んでいた。中国的なものと日本的なものをうまく「編集」していた》《がぶ飲みしていたお茶を、奈良の村田珠光は「わび茶」にした(それを完成させたのが千利休)。観阿弥(大和猿楽四座・結崎座の一員)は息子の世阿弥とともに、荒々しい田楽の能を幽玄な能に高めた。この柔らかいモデルを奈良の特性として伝えていきたい。笠置、二上山、桜井、吉野などをコンバイン(結合)して、物語に仕上げてほしい》。これに対し荒井知事は「敗者のエネルギーを活かすことも大切ですね」と応じた。確かに吉野などは古来、敗者が逃げ込む地だった。
それにしても興味深い話だった。今回は主に松岡氏の話を取り上げたが、森社長の主張も傾聴に値するものだったし、知事のコーディネートも、とても上手だった。たいていの「えらいさん」は、このようなことが苦手なのだ。その点、森社長や荒井知事からは深い見識が窺えた。質問タイムがなかったことだけが、やや心残りだった。
この日の鼎談は8/1(土)正午から、奈良テレビで放送されるのだそうだ。複数のカメラでシッカリ撮っていたから、ほぼ全編流すのだろう。またKCN(近鉄ケープルネットワーク)でも9月の毎日曜日、午前10時から放送されるし、県のHPでは動画配信が予定されている。定員が30人と少なかったので、あとで多くの県民が視聴できるように配慮されているのだ。
荒井知事の発案になるこの「ふるさとカフェ」、今から第2回を楽しみにしている。ゲストは誰になるのだろう。私はアンケート用紙に、寮美千子さん(ならまち在住の泉鏡花賞受賞作家)やアレックス・カーさん(京都在住の東洋文化研究者)の名前を書いておいたのだが…。
http://www.nara-np.co.jp/20090622120704.html
登大路ホテルのロビー
《荒井知事は先日の定例会見で、「奈良に縁のある有識者など奈良に帰っていただき、アドバイスをいただきたい」と語った。初回ゲストは編集工学研究所(東京都)の松岡正剛所長と、森精機製作所(名古屋市)の森雅彦取締役社長。奈良県出身者など、奈良を「ふるさと」とする著名人や有識者を招き、「奈良の今」「奈良のこれから」「奈良への思い」を語ってもらう》。
《参加募集人数は30人。参加費は飲み物代として500円。応募者多数の場合は抽選。対象者は県内在住、在勤、在学の人で、参加希望者は住所、氏名、年齢、職業、電話番号と性別、「ふるさとカフェ参加希望」と明記し、はがきやファクス、メールなどで申し込む。はがき1枚で4人まで申し込みできる。応募締め切りは7月10日》。
登大路ホテルのバー
7/21は、朝から土砂降りだった。「この雨だと、参加者は減るかな」と思っていたが、ほぼ満席だったので驚いた。森精機製作所が所有する会員制ホテル「登大路ホテル」に入れていただくのはこれが初めてだったが、噂に違わぬ素晴らしいホテルである。規模こそ小さいが、接客は良いしコーヒーも美味しかった。ちゃんと傘まで預かって下さったのは、とても有り難かった。
私が聞きたかったのは松岡正剛(まつおか・せいごう)氏のお話であった。彼の話を中心に、この鼎談(ていだん)をざっと紹介してみる。
松岡氏はこう語る。《古都・奈良を語る人は多いが、「1300年間の奈良」を面白く語れる人は少ない》《今の世の中は偏っている。ポピュリズム(人気取り)と言えば良いのか、マスコミもこの傾向に拍車をかける》《首都を意味するcapitalは「資本・元手」という意味だが、この元手(国力・地域力)がバランス良く配分されていない。地域、学校、近所、官僚・役人などを見れば分かる。最も大切なcapitalは「人」である》。
《私は、日本人の感覚が良すぎるのだと思う。世界中の情報がネットで集まる。実社会で充実していなくても、ネットで感動できてしまう。だから、おたくやニートが生まれる》。これに対し荒井知事は、「最近は目標を持たず、向上心のない人が増えた」と応じる。
《コーチ力が落ちているのではないか。それは上に立つ人が変わっていないからだろう》。これに対しては森社長が「日本人は2代目・3代目に厳しい。2代目・3代目はけしからん、と潰しにかかる人も多い」と応える。
松岡正剛氏
《かつてメディアはもっと多種・多様だった。(森社長のお父様の出身地である)紀伊田辺には、7つもの新聞があった。富国強兵の過程で、マージ(併合)が進んだ》《日本には「言挙げしない」(あえて言い立てない)という文化がある。これはもともと(漢字が入る以前には)文字がなかったことと関係している。また、春日大社の神官と興福寺の僧侶の関係に見られるように、デュアル・スタンダード、マルチ・スタンダードが一般的だった》。
《日本はアジアの国々と共存してこなかった(アジアとちゃんとやってこなかった)のではないか》《日本は大国にならなくて良い。中くらいのプレゼンス(存在感)でちょうど良い。大国になると1本になってしまう》。森社長は「アメリカは1つの国というより、1つの巨大な仕組み・システムだ」。
中央が森社長
最後に荒井知事は、「今日の締めとして、日本のこれから・奈良のこれからについてひと言ずつ発言していただきたい」と促した。森社長は「奈良は、控えめな県民性とは裏腹に『小さなエゴ』を守りすぎるきらいがある。そのために景観などが守られていない。皆が1%ずつ譲る、という精神が必要ではないか。パチンコ屋やラブホテルが全部ダメだ、というのではない。古都の景観に合わせることが必要だ」。
「パチンコ屋や…」のくだりで、森社長は少しニンマリされた。以前、日経新聞の「領空侵犯」(「景観規制、経済にプラス」07.2.12付)で主張されていたのだ。一部引用すると、《奈良公園、橿原神宮、明日香村などを結ぶ幹線道路の風景は、ガソリンスタンドののぼり旗、消費者金融、パチンコ、ラブホテルなどの派手な広告が野放しでぐちゃぐちゃです》。
《たとえば米国人が、工作機械の買い付けで1千万円の予算でドイツを訪れたとしましょう。フランクフルト空港からシュツットガルトへ、2時間くらい車で移動する。回りの風景がとても美しく、心もなごみます。価格交渉で『上乗せしてもやむを得ないか』という気持ちにもなります。日本ではどうでしょう。『何だこの道路の風景は。本社の前にラブホテルまである。こんな企業からなら800万円くらいで買えるかもしれない』と考えても不思議ではありません》。
次の松岡氏の話が、私にはこの日のハイライトであった。《奈良は、海から遠いと言い過ぎる。シルクロードとは海を隔ててつながっていたし、お水取りの水は若狭から来ている。伊勢志摩にも近く、日本海と太平洋の中間と言える》。
《奈良は「柔らかいモデル」になりうる。奈良時代の大極殿は中国風だが、天皇は和風の木造建築の家に住んでいた。中国的なものと日本的なものをうまく「編集」していた》《がぶ飲みしていたお茶を、奈良の村田珠光は「わび茶」にした(それを完成させたのが千利休)。観阿弥(大和猿楽四座・結崎座の一員)は息子の世阿弥とともに、荒々しい田楽の能を幽玄な能に高めた。この柔らかいモデルを奈良の特性として伝えていきたい。笠置、二上山、桜井、吉野などをコンバイン(結合)して、物語に仕上げてほしい》。これに対し荒井知事は「敗者のエネルギーを活かすことも大切ですね」と応じた。確かに吉野などは古来、敗者が逃げ込む地だった。
それにしても興味深い話だった。今回は主に松岡氏の話を取り上げたが、森社長の主張も傾聴に値するものだったし、知事のコーディネートも、とても上手だった。たいていの「えらいさん」は、このようなことが苦手なのだ。その点、森社長や荒井知事からは深い見識が窺えた。質問タイムがなかったことだけが、やや心残りだった。
この日の鼎談は8/1(土)正午から、奈良テレビで放送されるのだそうだ。複数のカメラでシッカリ撮っていたから、ほぼ全編流すのだろう。またKCN(近鉄ケープルネットワーク)でも9月の毎日曜日、午前10時から放送されるし、県のHPでは動画配信が予定されている。定員が30人と少なかったので、あとで多くの県民が視聴できるように配慮されているのだ。
荒井知事の発案になるこの「ふるさとカフェ」、今から第2回を楽しみにしている。ゲストは誰になるのだろう。私はアンケート用紙に、寮美千子さん(ならまち在住の泉鏡花賞受賞作家)やアレックス・カーさん(京都在住の東洋文化研究者)の名前を書いておいたのだが…。