tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

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ハラハラ、ドキドキ 『1Q84』

2009年07月16日 | ブック・レビュー
1Q84 BOOK 1
村上 春樹
新潮社

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先日、村上春樹著『1Q84(いちきゅうはちよん)』 (BOOK1、BOOK2)を読み終えた。こんなぶ厚い長編小説(しかも2巻)を終始ハラハラしながら読み終えたのは、久々のことである(もったいないので、通勤電車の中などでわざとゆっくり読んだ。おかげで3回ほど駅を乗り越してしまった)。

以下に感想を書くが、未読の方のため、ストーリーに関わることには、できるだけ触れないことにする(しかし、わずかに触れざるを得ないので、少しでも気になる人は今日の記事はお読みにならないのが無難である)。

今や『1Q84』 は、文学現象を超えて社会現象となった。わずか6週間で、発行部数(2巻合計)が200万部に達したと思ったら、韓国では版権競争で1億円を提示した出版社も現れたというから、驚きだ。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=200907/2009070700038
http://www.chosunonline.com/news/20090710000061
1Q84 BOOK 2
村上 春樹
新潮社

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本書の冒頭に登場するヤナーチェックの「シンフォニエッタ」は、本書発売後3週間で1万2千枚を出荷した。CD化した1990年から今年までの出荷は、たった6千枚だったというのに…。
http://news.biglobe.ne.jp/entertainment/555/san_090701_5553399762.html
※「シンフォニエッタ」が試聴できるセブン&ワイのサイト
http://www.7andy.jp/cd/detail/-/accd/C1074130

すでにWikipediaにも『1Q84』の項目ができた(ただしWikipediaはストーリーに触れているので、大いに注意を要する)。差し支えない範囲内で引用すると

《全2巻が2009年5月29日、書き下ろしとして新潮社から刊行された。刊行前、「予断を持たずに読んでほしい」との村上の意向と、前作『海辺のカフカ』発表の際に「内容を知らずに作品を読みたい」という読者からの意見を受けた新潮社により、一切の内容が明らかにされなかった》。

《執筆はオウム裁判がきっかけであり、地下鉄サリン事件は「現代社会における『倫理』とは何かという、大きな問題をわれわれに突きつけた」。また犯罪の被害者と加害者からの「両サイドの視点から現代の状況を洗い直すことでもあった」という》。

同書の書評をいくつか読んだが、早稲田大学教授・石原千秋氏の「文芸時評」7月号(産経新聞6/28付)が行き届いている。少しストーリーに触れるが、かいつまんで引用する。《僕の観察では、いま電車で「単行本」を読んでいる人がいたら、まず『1Q84』だと見てまちがいはない。そこで、今月は『1Q84』について書いておきたい》。
http://sankei.jp.msn.com/culture/books/090628/bks0906280831001-n1.htm

羊をめぐる冒険〈上〉 (講談社文庫)
村上 春樹
講談社

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《村上春樹はジャズ喫茶をたたんで背水の陣で『羊をめぐる冒険』を書いたあと、自分にはそれほど多くはないが熱心な読者がいると実感できたと書いている》《『ノルウェイの森』のミリオンセラー達成は、村上春樹にとっては「誤算」だったろう。事実、そのことによって「居心地の良い場所」を失ったと書いている》。

《その後に『ダンス・ダンス・ダンス』という、『ノルウェイの森』以前の村上春樹の読者でなければわかりにくいような小説を書いて、いわばバブルを消しにかかったのではないだろうか。しかし、それは成功しなかった》《それ以降の村上春樹はそのバブルを引きうけるために、試行錯誤を繰り返し始めたように見える。『ねじまき鳥クロニクル』と『海辺のカフカ』は、どう見ても小説としてのバランスが悪い。しかし、おそらくようやく準備ができた》。

《『1Q84』は、内容的には100万人の読者に見合う社会へのコミットメントを示した『アンダーグラウンド』の血を引きながら、形式的には村上春樹お得意のパラレルワールドを使って書かれており、自分にとっては多すぎる読者も、以前からの村上春樹の読者も、同時に引きうける覚悟を決めた小説ではないかと思っている》。

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
村上 春樹
講談社

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なお「パラレルワールド」とは、《ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指す》《「この現実とは別に、もう1つの現実がどこかに存在する」というアイディアは、「もしもこうだったらどうなっていたのか?」という空想を形にする上で都合がよい。したがって当然のことながら、パラレルワールドはSFにおいては非常に人気のある一般的なアイディアであり、登場人物が何らかの切っ掛けで自分が知っているのとは違う現実に迷い込んでしまうといった作品が多く存在する》(Wikipedia「パラレルワールド」)。

再び石原氏の書評に戻る。《小説の構成は、「ふかえり」(深田絵里子)という17歳の不思議な少女の小説『空気さなぎ』が、密(ひそ)かに殺人を請け負っている若い女性青豆と、小説家志望の青年天吾という2人の主人公をしだいに近づけていくところにある》。

《『1Q84』はラブストーリーでもある。しかし、青豆の両親が入信していた「証人会」は「エホバの証人」を思い起こさせ、「ふかえり」が逃れてきた「さきがけ」は「ヤマギシ会」や「オウム真理教」を連想させる。だから、読者はますます「解答」を求めるだろう》。しかしそういう性急な読者に対して、石原氏は「文学というものは役に立ってはいけないのではないかと思う」という岡真理氏(アラブ文学研究者)の言葉を引用して、やんわりと牽制している。

私は本書の「BOOK1」を読み始めたとき「これは『ノルウェイの森』のようなリアリズム小説なのか」と思った。渋谷や新宿で、サスペンス小説もどきのストーリーが繰り広げられるからだ。しかし読み進むうち「あれ、これは変だぞ」と気がつく仕掛けになっている。そのキーワードが上記の「パラレルワールド」である。

本書は決して難解な小説ではない。短いセンテンスはハードボイルド小説のように精彩を放ち、お得意のレトリックが冴え渡る。適度な蘊蓄(うんちく)も、読者の知的好奇心をくすぐる。

グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)
スコット フィッツジェラルド,村上春樹
中央公論新社

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私は村上小説の熱心な読者というわけではない。『風の歌を聴け』『ノルウェイの森』『国境の南、太陽の西』『スプートニクの恋人』の4つの長編と、いくつかの短編集および村上訳の『グレート・ギャツビー』を読んだ程度である。それでも「さきがけのリーダーは、『神の子どもたちはみな踊る』のモチーフだったな」とか「『1Q84』の親しみやすい語り口は、『ノルウェイの森』に似ているな」という程度のことは分かる。

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社

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気になったのが「BOOK2」のエンディングである。これは決して完結していない。続き(BOOK3~)があるのではないか。担当編集者の鈴木力氏は「7回通読しましたが、この物語は、この終わり方以外にあり得ない」(「AERA」6/22号)と断言するが、私は続く方に賭ける。

本書で印象に残ったのは「この世界で自分は孤独なのだと思った。おれは誰ともつながっていない」という主人公の独白に見られる「関係性の欠如」と、カルトの問題だ。読売新聞のインタビューで村上氏は、現代における原理主義の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)について触れている。
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20090616bk02.htm

《世界中がカオス化する中で、シンプルな原理主義は確実に力を増している。こんな複雑な状況にあって、自分の頭で物を考えるのはエネルギーが要るから、たいていの人は出来合いの即席言語を借りて自分で考えた気になり、単純化されたぶん、どうしても原理主義に結びつきやすくなる》。

《テーゼやメッセージが、表現しづらい魂の部分をわかりやすく言語化してすぐに心に入り込むものならば、小説家は表現しづらいものの外周を言葉でしっかり固めて作品を作り、丸ごとを読む人に引き渡す。そんな違いがあるだろう。読んでいるうちに読者が、作品の中に小説家が言葉でくるみ込んでいる真実を発見してくれれば、こんなにうれしいことはない。大事なのは売れる数じゃない。届き方だと思う》。

「大事なのは売れる数じゃない」とおっしゃるが、この時代にハードカバーが200万部とは尋常ではない。3600円(=1800円×2巻)の値打ちは十分ある。読んで、決して損はない。ぜひご一読をお薦めしたい。
コメント (6)
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