TAOコンサル『市民派・リベラルアーツ』

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新渡戸稲造『武士道』のこと

2012年12月10日 | 時代を駆け抜けた男たち
 私の愛読書の一つに、新渡戸稲造の『武士道』がある。新渡戸は内村鑑三らと共に札幌農学校に学んだ後、アメリカ、ドイツなどに学んだ農学者であり、教育者である。

 ある時、ベルギーの法学の大家ラブレーに招かれ共に過ごしたことがあるが、彼から、「日本の学校に宗教教育がないとは信じられない。いったいあなた方はどのようにして子孫に道徳教育を授けるのですか」と問われ、愕然とする。そして、この疑問にどう応えるか考え抜いた末、日本には武士道という道徳教育があったことに辿りつく。そして、1900年、明治33年に英文で刊行したのが、『武士道』である。

 この本は反響を呼び、米国の大統領セオドア・ルーズベルトも感激し、数十冊を買い求めて、友人達に贈ると共に、士官学校や海軍兵学校の生徒にも紹介したという。こうして『武士道』の評判は世界中に広がり、ドイツ、フランス、ロシア、中国など多くのの国で訳された。

 「武士道は、日本の象徴である桜花にまさるとも劣らない」で始まるこの本は、西欧の騎士道との比較や、武士道に流れる“ノーブレス・オブリージ”の精神にも言及しながら、“道徳としての武士道”、“武士道の源”、“義、または正義”と論をすすめているが、随所に、日本への愛国心とキリスト教への信仰心が滲み溢れ、読む者を感動させる。そして、「武士道は、ひとつの無意識的な、あらがうことのできない力として、日本国民およびその一人一人を動かしてきた」と、日本人の中にはキリスト教にも比肩し得る道徳心が流れていることを主張している。

 日本人の無宗教・無神論についてはよく言われることであるが、日本人の精神はこういう美意識によって貫かれているのだということを我々はもっと理解し、誇りをもって生きたいものである。(山下)




映画「ラストサムライ」より


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