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映画・・雨降りなり、小栗康平の「泥の河」を見る、何度観てもいい

2016年11月11日 | 我が愛する映画たち
今日は雨降りだ、植木の剪定も草取りもできない。こんな日は我が草庵での読書か映画に限る。
先日、恵比寿の写真美術館へ行ったら、イベント企画に小栗康平の名があり、気になっていた。そうだ、今日は「泥の河」を見よう。
小説「泥の河」は宮本輝の太宰治賞を受賞した作品であるが、1981年に小栗康平が映画化した。監督デビュー作品である。しかも自主制作映画というのに、この年のキネマ旬報ベストテンの第1位に選ばれ、日本アカデミー賞の優秀作品賞や監督賞なども受賞した。

水汲みをする少年喜一
舞台は日本が高度成長時代を迎えようとしている昭和31年頃の大阪。安治川の河口近くに住む少年と対岸に繋がれた小舟で暮らす姉弟との出会いと別れ、社会の底辺で生きる人々の姿をきめ細かく描いている。悲しい物語だ。しかし、子役たちの演技が素晴らしい。

 信雄と姉弟

安治川の河口付近で安食堂を営む板倉晋平(田村高廣)と妻(藤田弓子)の小学3年生の息子信雄はある日、対岸に繋がれたみすぼらしい小舟の姉弟と知り合い友達になる。母(加賀まりこ)はこの舟で売春しながらひっそり暮らしている。いわゆる廓舟だ。暫らくして11才の姉銀子と信雄と同い年の弟喜一は食堂に遊びにやって来る。喜一は用意された夕食をこんな旨いもの食べたことないと喜び、笑うことの無かった銀子は風呂に入らせて貰ってはじめて笑顔を見せる。喜一がお礼に歌う軍歌「ここはお国の何百里・・」を晋平はしみじみ聞いている。彼はシベリアからの引揚者だったのだ。

手品でせいいっぱい歓迎する晋平 

悲しい話がいくつか挿入されている。銀子は晋平の妻が用意してくれたワンピースが似合って嬉しそうにするが、受け取るのを断って帰っていく。自分は幸せになってはいけないと言い聞かせているのであろうか。はかなげな少女が悲しい。天神祭りの日、喜一と信雄は小遣いを貰って出かけるのだが、喜一のズボンのポケットに穴が空いていて落としてしまう。・・以下、物語は省略するが、・・ある日、突然の別れがやって来る。別れの言葉もなく、姉弟の乗った舟が急に岸を離れ、動き出す。信雄は慌てて舟を追いかけ、川岸や橋の上を走り続けるのだが、姉弟は最後まで姿を見せることはない。信雄が涙を流しながら「きっちゃん、きっちゃん」と呟くように喜一を呼ぶ声には、人生で初めて出会った悲しみ・切なさが滲んでいる。しみじみいい映画だ。
 去って行く小舟と見送る信雄


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