映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

いぬやしき

2019年03月13日 | 映画(あ行)

同じ能力でも、使う方向性が違う二人

* * * * * * * * * *


私が通常見たいジャンル作品ではないのですけれど、
つい佐藤健さん出演につられまして・・・。

 

会社からも家族からも見放されているサエない初老のサラリーマン・犬屋敷(木梨憲武)。
ある時、謎の事故に巻き込まれ、機械の体に生まれ変わります。
そして同じ時、同じ場所にいた高校生・獅子神(佐藤健)もまた同じく機械の体に。

その体は双方ともに人間の能力を超えた力、
殺傷能力とともに傷や病を治癒する能力をも持っていました。
犬屋敷はその治癒能力を活かそうと、密かに病院を回り不治の病に侵された人々を治していきます。
一方孤独と人間不信に陥っている獅子神は、その攻撃能力を最大に活かし、
最悪なテロリストへと暴走を始めます。
やがて二人は対決することになりますが・・・。

全く同じ身体能力を持ちながら、二人がその力を活かす方向性が真逆というのが面白い。
獅子神は、手をピストルの形にして「バン!」というだけで、
実際に相手を銃殺してしまうのですが、死体から銃弾は発見されません。
更には、ネットを通じ、スマホやパソコン画面から
相手を銃殺するという高度な技まで身につけます。
例えばSNSで言いたい放題、毒を撒き散らす人物に向けて「バン!」。
いやちょっと私はここで胸がすくような思いがしてしまいましたよ・・・。
ぜひそうしたい気持ちになってしまうことも時にはありますよね・・・。
(しかし我が身を振り返り、気をつけなければ・・・と深く思う。)



作中でははっきりわからなかったのですが、
獅子神は自身が母親の癌を治癒させたことに、気づいたのでしょうか? 
そうなら少しは彼の方向性も変わったのかも、と思わずにはいられません。
こんな役でしたが、やっぱり佐藤健さんはかっこよかったわー♡



一方、犬屋敷の殺傷能力は最低。
それでも獅子神と対峙するために訓練して徐々に力をつけていきます。
この時、犬屋敷に作戦を授けていくのが、獅子神の友人であった安堂(本郷奏多)
という関係性がまたナイスですよね。



まあそれにしても実際の対決の場となれば、どう見ても犬屋敷に勝ち目がありそうには見えない。
しかし! 
人は守るべきものがあるときに強くなれるものなのでした。
結局定番のストーリーではありますが、結構楽しめました。

いぬやしき スタンダード・エディションDVD
木梨憲武,佐藤 健,本郷奏多,二階堂ふみ,三吉彩花
ポニーキャニオン

<WOWOW視聴にて>
「いぬやしき」
2018年/日本/127分
監督:佐藤信介
原作:奥浩哉
出演:木梨憲武、佐藤健、本郷奏多、二階堂ふみ、三吉彩花

ヒーロー度★★★★☆
佐藤健の魅力度★★★★☆
満足度★★★.5


「十二人の死にたい子どもたち」冲方丁

2019年03月12日 | 本(ミステリ)

それぞれの事情を口にすることで・・・

十二人の死にたい子どもたち
冲方 丁
文藝春秋

* * * * * * * * * *


廃病院に集まった十二人の少年少女。
彼らの目的は「安楽死」をすること。
決を取り、全員一致で、それは実行されるはずだった。
だが、病院のベッドには"十三人目"の少年の死体が。
彼は何者で、なぜここにいるのか?
「実行」を阻む問題に、十二人は議論を重ねていく。
互いの思いの交錯する中で出された結論とは。

* * * * * * * * * *

本作は映画化されていたのは知っていたのですが、
私にはぜひみたいと思うほどのものはありませんでした。
でも、原作は冲方丁さんなので、とりあえずは原作の方を読んでみましょう、ということで。
本作は直木賞候補にもなっていたんですね。
私の心配は12人もの登場人物をちゃんと読み分けられるのかどうか・・・ということだったのですが、
そこが著者の力量、さすがに大丈夫でした。

ある廃病院に12人の少年少女が集まります。
彼らはネットの集団自殺を呼びかけるサイトに応募してここに来たのです。
ところが、実際にここに来たメンバーは13人。
いるはずのない13人目は何者で、何のためにここにいるのか?


安楽死実行のためには、すべてを全員一致で決定しなければならないというルールに従い、
彼らは「話し合い」を始めます。
すると次第に浮かび上がるそれぞれの個性、そして死にたいと思う事情。
常に冷静沈着なもの、粗暴さが目立つもの、
ひたすらぼーっとしているもの、全くの天然系おバカ・・・。
死にたい理由も「わかるわー」と思えるものもあれば、
高尚すぎて理解しがたいもの、
そしてただの思いこみもあったりする。
みなは驚いたり呆れたりするうちに、始めの「悲壮感」のようなものが次第に薄れていくようです。
大きく皆の気もちが揺れ動くきっかけもあるものの、
私が思うに、一人ずつ死にたい理由を口に出して人に告げる
ということに意義があったのではないかと思うのです。
自分だけで思いつめると煮詰まってしまうものですよね。
人の気持ちがどのようにして変わっていくのか、
そういうことが丁寧に描かれていて、非情に興味深い作品でした。


この場所に来た順番というパズルを解くようなミステリ性は正直私にはめんどくさかったですが、
それをさておいても楽しめると思います。

ちなみに、この度購入した文庫本は、カバーが二重になっていました!


「十二人の死にたい子どもたち」冲方丁 文春文庫
満足度★★★☆☆

 


運び屋

2019年03月11日 | クリント・イーストウッド

男の筋の通し方

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さて、お楽しみのクリント・イーストウッド監督作品です。
監督兼主演を務める作品としては「グラン・トリノ」以来10年ぶりですって。
うわ~、あのときでもご高齢にかかわらず・・・と思ったのだけれど、
 それからさらに10年経ってるというのもすごいよねえ。
 実話に基づく作品で、でもなるほど、なぜこの歳で今なのか、なぜこのストーリーなのか、
 というのは見れば実に納得だよね。

はい。ストーリーは、デイリリーを育てる仕事一筋で、
 家族をないがしろにしてきたアール・ストーン(クリント・イーストウッド)ですが、
 社会の変化に乗り遅れ、農場が失敗。
 住む家も差し押さえられて、元妻のところを頼ろうと思っても、けんもほろろ。
 行き詰まってしまいます。


デイリリーはこちらでは「ヘメロカリス」と呼ばれているよね。
 一日花だけど、次々に咲くので、一日花とは思えないくらいのユリに似た華やかな花。
 日本の感覚だとこういう仕事って家族で行うことが多いと思うんだけどなあ・・・。
だよね。日本ならふつう家族力を合わせてだよね・・・。
みんなで取り組めば良かったのに。
まあまあ・・・、はじめからそんなことで異議申し立てしても仕方ないじゃん。
とにかく、彼は家族を立ち入らせなかったってことだよ。


はいはい。そんな時、車の運転さえすれば稼げるという仕事を紹介されて、引き受けることにするんだね。
気楽に引き受けたその仕事は、思いの外報酬がたんまり。
 実は、メキシコの麻薬カルテルの「運び屋」の仕事だったわけ。
荷物のカバンは見ないほうがいいと言われて、アールも始めはあえて見ようとはしなかったのだけれど、
 3回目くらいの仕事のときに、あまりの高額報酬を不審に思って見てしまうと、なんと鞄の中は麻薬だった!!
これまで一応真っ当に生きてきた彼は、とても狼狽してしまうんだね。


だけど、始めの報酬は孫娘の結婚式の費用に、つぎの報酬は退役軍人施設への寄付に使ってしまった。
 お金はいくらあっても困らない。
 農場も買い戻したいし・・・。
 というようなことで、覚悟を決めて続けて仕事を引き受けます。

でも相変わらずどこか気楽で、途中で寄り道をしたり、パンクで困っている人に手を貸したりしちゃう。
 老人であることと予測不能の動きをすることで、捜査当局の網に引っかからないわけなんだ。
 意外にも好成績を上げるので、メキシコのボスの邸宅に招かれさえするんだよね。
しかしある時、運搬の仕事中、どうしても大きく逸脱しなければならないことが起きる・・・。
いくらなんでもこの仕事はいい加減にすると命にかかわるということは承知の上だよね。
そこがね、やっぱり男の筋の通し方というか、イーストウッドらしさなんだなあ・・・。
老いてもやっぱりカッコイイよー!



私が好きだったのは、ベイツ捜査官(ブラッドリー・クーパー)とアールがカフェで話をする場面。
 捜査官は必死で「運び屋」を探しているのだけれど、目の前の老人がそうだとは夢にも思わない。
 そんな彼にアールは「仕事よりも家族が大事だ」と諭したりする。
自分に言い聞かせてもいるわけだなあ・・・。
 ・・・というわけで、この役はイーストウッド監督が、今、この歳でなければできなかったということなんだ。
88歳!!
出演は無理としても、まだまだ監督としては頑張ってもらいたいところだねえ。


ところで、本作のアールの長女役アリソン・イーストウッドは、実のイーストウッドの娘さんですって。
ああ、他にもイーストウッド作品で何回か出演したことがあったような・・・。
仕事一筋で家族を顧みない父・・・というあたりで、
 結構本作と似たような家族関係だったのかも、なーんて想像しちゃいます。
 女性関係の出入りの多いイーストウッド氏でもありますし・・・ね。
まあ、それはさておき、実にイーストウッドらしい感動作ではありました。

<シネマフロンティアにて>
「運び屋」
2018年/アメリカ/116分
監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ローレンス・フィッシュバーン、マイケル・ペーニャ、ダイアン・ウィースト、アンディ・ガルシア、アリソン・イーストウッド

老人力度★★★★★
満足度★★★★★


黒いオルフェ

2019年03月10日 | 映画(か行)

今も斬新な名作

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1959年。かなり年代物の作品です。
しかしこの内容は今見ても斬新に思えました。

 

田舎から従姉妹セラフィーヌを訪ね、リオにやってきた少女ユリディス。
リオの街は明日のカーニバルを前に、すでに人々が踊りだし喧騒に満ちています。
ユリディスはセラフィーヌの隣人であるオルフェと出会い、恋に落ちます。
しかしオルフェはモテまくりの色男で、彼を慕う女性が山ほどいます。
特に婚約者をきどるミラはユリディスに嫉妬の炎を燃やします。
さてところで、ユリディスは彼女を追う謎の男から逃げてリオへやって来たのですが、
この地までその男が彼女を追ってきていました。
いよいよカーニバルの夜、謎の男の影がユリディスに迫る・・・。

オルフェとユリディス。
ギリシャ神話から由来した物語なのですね。
ユリディスを追う謎の男というのは、終始仮面をかぶっていて、素顔は表しません。
つまりこれは単にストーカーではなくて(当時はストーカーなんて言葉もなかったですね)、
死や病苦の災いそのものを象徴しているのでしょう。
人々が激しいリズムを刻み踊り狂うカーニバルの夜に、襲いかかる死神。
何という斬新なイメージの世界。
そして、ギリシャ神話にならってユリディスは命を失い、
オルフェが黄泉の国へ彼女を探しに行く・・・という運びになっていきます。
そこで彼は、「決して振り返ってはいけない」と言われますが・・・。

カーニバルのために有り金をはたいて衣装を買ったり、
少しでもリズムを刻むものがあれば集まって踊りだす。
リオの人々の貧しいけれども生命力に満ちた有様が描かれていて素敵です。
オルフェとユリディスに味方しようとする悪ガキたちもまた、元気で頼もしい。
土地の持つエネルギーと、斬新な着想がこの上なくマッチして、
素晴らしい作品になっていると感じました。
こうしてみると確かに映画の技術的な面は信じられないほどに進歩しましたが、
映画づくりの情熱は変わらないものですね。

黒いオルフェ [HDマスター] [DVD]
ブレノ・メロ,マルペッサ・ドーン,ルールデス・デ・オリヴェイラ,レア・ガルシア
IVC,Ltd.(VC)(D)

<WOWOW視聴にて>
「黒いオルフェ」
1959年/フランス/
監督:マルセル・カミュ
出演:ブレノ・メロ、マルベッサ・ドーン、ルールディス・デ・オリベイラ、レア・ガルシア、アデマール・ダ・シルバ
生命力と死の対比★★★★★
満足度★★★★☆


「分かれ道ノストラダムス」深緑野分

2019年03月09日 | 本(ミステリ)

著者の力量が発揮しきれていない

分かれ道ノストラダムス
深緑野分
双葉社

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高校生のあさぎは、2年前に急逝した友人の基が遺した日記を譲り受ける。
ある記述をきっかけに、彼が死なずに済んだ可能性を探ることにしたあさぎ。
基の死は、ずっと心のしこりとなっていたのだ。
クラスの男子・八女とともに、基の死の直前の行動を再現してみるが、
そんなふたりを追う影があった…。
一方、町では終末思想に影響された新興宗教団体の信者が、
立て続けに謎の死を遂げるなど、不穏な動きを見せる。
教団とあさぎたちの目的は、しだいに思いも寄らぬ形で交わってゆく。
特別な意味をもつ夏、高校生のふたりが呑みこまれてゆく歪な世界。
そこで、彼らは「分岐点」に立たされることに―。

* * * * * * * * * *

深緑野分さん、「戦場のコックたち」のあとに出た作品です。
う~ん、だがしかし。
もし私が本作で初めて深緑さんと出会ったとしたら、
「ふーん」と思うだけで、ハマることはなかったように思います。

高校生あさぎが、2年前に急死した友人・基の日記を譲り受けるのです。
基はその数年前に交通事故で両親を亡くしており、
もしかすると両親が死なずにすんだ"分岐点"はないのだろうかと、
SF小説などではおなじみの平行世界、パラレルワールドの可能性を考えていたことを知ります。
それならば、基が死なずにすんだ"分岐点"もあるのではないかと、
あさぎは考え始めますが・・・。
おりしも1999年7月。
ノストラダムスがこの世の終わりを予言したとき。
街では終末思想を唱える新興宗教団体が事件を起こし、
あさぎと、クラスメートの男子・八女が巻き込まれてゆく・・・。

直情的で考えるより先に行動に出るあさぎは、ちょっとめんどくさいヤツ。
鷹揚で冷静な八女くんが彼女を支えます。
うん、八女くんは好きだ・・・。


結局この二人の青春冒険小説。
面白くなくはないのですが、この程度なら他の誰でも書けそうに思えてしまいます。
「戦場のコックたち」を読んだあとでは特に。
深緑野分さんの魅力はそのストーリー運びとともに、
異邦の地の風土や光景、そして人々を、
まるでわが街のことであるかのように描写してしまうところにある。
・・・まあ、少なくとも今のところは、ということですが。
この先の彼女の可能性を否定するものではないのですけれどね。
少なくとも本作では彼女の本領が発揮しきれていないと感じました。

図書館蔵書にて
「分かれ道ノストラダムス」深緑野分 双葉社
満足度★★★☆☆


天国でまた会おう

2019年03月07日 | 映画(た行)

父と息子の・・・

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ピエール・ルメートルの原作がすごく面白かったので、映画もぜひ見ようと思いました。
本で読んだからいいや・・・と思える作品も多くあるわけですが、
本作については、内容自体が映画向きと思えるので。

第一次世界大戦集結の目前。
プラデル中尉からの不条理な攻撃命令に従ったアルベールは、
プラデルの卑劣な行為に気づいてしまいます。

そのため彼に殺されかけるのですが、同僚のエドゥアールに救われます。
しかしその直後、エドゥアールは爆撃に巻き込まれ、顔半分を失う大怪我を負ってしまうのです。
アルベールは自分を救ってくれたエドゥアールの力になるために、
戦後も彼を引き取り、世話をします。

実はエドゥアールは良家の御曹司なのですが、彼は絶対に家族に会いたくないと主張するため、
やむなく戦死を偽装。
顔の傷を隠すために仮面をつけ、モルヒネに浸るエドゥアールを
アルベールは持て余し始めますが、そんなある日、
あのプラデルが財を築いていたことを知り、二人は壮大な詐欺計画を企てます。

20世紀初頭のパリ。
その下町のいかにも猥雑な感じ、
本だけではイメージしきれなかったところがしっかりと映像化されていて、嬉しいですねえ。
作品自体がケレン味たっぷりなので、実に映画に向いています。



原作本の方の記事にも書いたと思うのですが、
本作はプラデルと二人との対決の話のようでいて、
実はエドゥアールと彼の父親の物語なんですね。

絵なんか描いて、出来損ないの息子だと思われていたエドゥアールと、その父親との相克。
そして、エドゥアールの素顔を見ても動じず、彼を慕う少女ルイーズの存在がなんとも嬉しい。
うまく喋ることができないエドゥアールの通訳でもあります。
こういう元気な少女とか少年の存在がうんと物語に活気をつけますよね。
本も良かったけれど、映画もまた良しです。



原作ではアルベールはもっと若かった気がしたのですが、
でもこれ、監督自身がアルベール役なので、
若いという設定は無視したのかもしれませんね。

 

→原作本「天国でまた会おう」

<ディノスシネマズにて>
「天国でまた会おう」
2017年/フランス/117分
監督:アルベール・デュポンテル
原作:ピエール・ルメートル
出演:ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート、アルベール・デュポンテル、ローラン・ラフィット、ニエル・アレストリュプ、エミリー・ドゥケンヌ

原作再現度★★★★★
満足度★★★★☆

 


心と体と

2019年03月06日 | 映画(か行)

同じ心のかたち

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時節柄WOWOWでアカデミー賞関連特集をやっていたので、
アカデミー賞関連作品を見ることが多かった昨今。
本作も、アカデミー外国語映画賞ノミネート作品です。

食肉処理場に新任の検査員としてやってきたマーリア。
彼女は人とのコミュニケーションが苦手で周囲と馴染めずいつも一人でいます。
上司である中年男性のエンドレはマーリアのことを気にかけていましたが、
それもうまく噛み合いません。

ある時ひょんなことからこの二人は同じ夢を見ていることがわかります。
それは雄鹿と雌鹿二頭が森を歩き、池の水を飲んだり木の葉を食べたりするという平和な光景の夢。
二人はそれぞれが雄鹿と雌鹿になっている夢なのです。
そんなことから、二人は他の人とは違う何かのつながりを感じ、
互いを親しく思うようになっていきますが・・・。

冒頭から二頭の鹿のシーンがいくつも挿入されるのですが、
後にそれが、二人がそれぞれに見ていた夢のシーンだったということがわかります。



同じ夢を共有する男女のラブストーリーといってしまえばすごく甘いのですが、
本作はそんな生易しいものではありません。
舞台が食肉処理場で、実に生々しく、牛がされ肉になっていくシーンなどもあるのです。
残酷で、私などはつい目を背けてしまう部分もあったのですが、
ここから目をそらせるものに肉を食べる資格はないのではないか・・・などという気もします。
ともあれこれが、現実。
そんなリアルすぎる現実の中で、いかにも非現実的な夢の共有・・・というところがミソですね。


マーリアは、人と交流することが極度に苦手で、
実際的な体の接触も受け入れることができないのです。
けれども、エンドレとともにいたいという気持ちが高まり、
なんとか自分を変えようと努力する様がいじらしい。
人形で会話のシミュレーションをしたり、マッシュポテトをギュッと握りしめたり、
牛の背中をなでてみたり・・・。


一方エンドレは片腕が不自由というハンデキャップを持っています。
このことはいかにもギラギラした男性ではなく、
ちょっと男性性が割り引かれる意味合いがあったのかな・・・?と。
そうでないと、マーリアには近寄りがたくなってしまう。


同じ心のかたちをした人同士が出会うこと。
そんなこともあるのかもしれない・・・と、
スプラッタもどきのシーンがありながらもロマンスを感じさせる、不思議な手触りの一作。
私は結構好きです。

心と体と [Blu-ray]
アレクサンドラ・ボルベーイ,ゲーザ・モルチャーニ
オデッサ・エンタテインメント

 

「心と体と」
2017年/ハンガリー/116分
監督:イルディコー・エニェディ
出演:アレクサンドラ・ボルベーイ、ゲーザ・モルチャーニ、レーカ・テンキ、エルビン・ナジ

生々しさ★★★★☆
恋愛度★★★★★
満足度★★★★.5

 


「オーブランの少女」深緑野分

2019年03月05日 | 本(ミステリ)

美しい庭園のある屋敷に、少女たちはなぜ集められたのか

オーブランの少女 (創元推理文庫)
深緑 野分
東京創元社

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美しい庭園オーブランの管理人姉妹が相次いで死んだ。
姉は謎の老婆に殺され、妹は首を吊ってその後を追った。
妹の遺した日記に綴られていたのは、オーブランが秘める恐るべき過去だった
―楽園崩壊にまつわる驚愕の真相を描いた第七回ミステリーズ!新人賞佳作入選作ほか、
異なる時代、異なる場所を舞台に生きる少女を巡る五つの謎を収めた、
全読書人を驚嘆させるデビュー短編集。

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深緑野分さんのデビュー短編集。


冒頭「オーブランの少女」
美しい庭園オーブランにかつてあった、
少女たちが集まり生活していた屋敷での出来事が語られています。
この屋敷に少女たちが集められた真の理由、それはとてもおぞましいものだった・・・。
耽美的とでもいいましょうか、ヨーロッパの何処かの邸宅で笑いさざめく少女たち。
まるで幻想のように美しい光景ながら、
実のところはきわめて現実的でドロドロとした事情と感情が渦巻いている。
そしてまた、自分の運命を切り開こうと懸命になる二人の少女の存在が光ります。

そのほかヴィクトリア朝ロンドンの美しい妹と醜い姉の織りなす犯罪の物語、
昭和初期の女学生の物語など、時代や場所を超えた少女たちの謎に迫ります。

私が好きだったのはラストの「氷の皇国」
北欧らしき舞台で吟遊詩人が語る、といった雰囲気。
ファンタジーめいていますが、やはりミステリです。
辺境の海辺の村で、氷河を流れてきた一体の首のない屍体。
おそらく数十年を経て、今は廃墟となっているお城からようやくここへ流れ着いてきたらしい。
その数十年前の「事件」が語られるのです。
残忍な王と高慢な美しき姫。
虐げられた人々・・・。
この雰囲気を見ると、なんだか「グイン・サーガ」の続きは深緑さんが書けばよかったのに、
なんて思ってしまいました。

「オーブランの少女」深緑野分 創元推理文庫
満足度★★★★☆


ノー・マンズ・ランド

2019年03月04日 | 映画(な行)

悲劇過ぎて喜劇

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2001年のアカデミー外国語映画賞受賞作品。


93年、ボスニアとセルビアでの紛争時。
両陣営の中間地点、すなわちノー・マンズ・ランドに双方の兵士チキとニノが迷い込みます。
その塹壕ではニノの同胞の男が地雷の上に横たえられており、
そこから起き上がれば即刻、地雷が爆発する仕掛けとなっているのです。
どちらの陣地からも射程距離で、逃げ出すことができず、
地雷の上の男をなんとか助けたいとも思う。
やむなく、どちらの兵ともわからないように
二人は下着姿になって白布を掲げ、救援を求めることにする。

すると、国連防護軍がやってきます。
中立を旨として、結局見ているだけで何もできなかった彼らが、
ようやく活躍の場を得たとばかりに。
やがて、爆弾処理担当の男もやってきますが、しかしこの種の地雷はもう解除しようがないという・・・。

本作、やがてチキとニノが友情を結ぶ話かと思えばさにあらず。
この二人はまず互いの国のやり方を非難。
スキあらばやっつけてしまおうと銃やナイフを奪い合い、傷つけあう。
そんなことののちにはイデオロギーではなく、
完全に個人間の感情として憎しみ合うようになって行きます。


そしてこの3人の塹壕を訪れる国連軍。
英語フランス語ドイツ語・・・様々な言葉がやり取りされますが、
誰もがさほど他国の言葉には堪能ではなく、かろうじて英語で意思疎通できるくらい。
そしてまたそこにマスコミが押し寄せて、まるでお祭り状態。
いや、そもそも戦争中なので、
この三人がこの塹壕にたどり着くまでに、もう何人もが死んでいるのですが・・・。
突然に人の命の重みが増したかとでも言うようで・・・、どうにも理不尽ではあります。


が、結局はやはりほんの軽い命だった・・・という事になってしまうのですけれど。
悲劇過ぎて、喜劇になってしまっている本作。
なんとも皮肉ではありますが、一見の価値ありです。

ノー・マンズ・ランド HDマスター [DVD]
ブランコ・ジュリッチ,レネ・ビトラヤツ,フイリプ・ショヴァゴヴイツチ,カトリン・カートリッジ,サイモン・カロウ
IVC,Ltd.(VC)(D)

<WOWOW視聴にて>
「ノー・マンズ・ランド」
2001年/フランス・イタリア・ベルギー・イギリス・スロベニア/98分
監督:ダニス・タノビッチ
出演:ブランコ・ジュリッチ、レネ・ビトラツ、フィリプ・ショバゴビイツ、カトリン・カートリッジ
皮肉度★★★★★
満足度★★★★.5


グリーンブック

2019年03月03日 | 映画(か行)

祝・アカデミー作品賞受賞!!

 

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本作は、アカデミー賞受賞の有無にかかわらず、楽しみにしていました。
何しろビゴ・モーテンセン出演なので。

人種差別の色濃く残る1960年代アメリカ。
ニューヨークで高級クラブの用心棒を務めていたトニー(ビゴ・モーテンセン)。
粗野で無教養ではありますが、周りからは頼りにされています。
ところがクラブ改装のための休業で、トニーはしばらく失業状態に。
そんな彼のもとに、南部でコンサートを計画している黒人ピアニスト、
ドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)から、運転手の依頼が入ります。
トニーは気が進まないながらも仕事を受けることにして、
地図と「グリーンブック」を持って、二人の旅が始まります。

「グリーンブック」というのは黒人が泊まることのできる宿が載っているガイドブック。
当時、ニューヨークはともかく南部では、
通常のホテルに黒人が宿泊することはできなかったのです。
黒人用のホテルというのはオンボロの安ホテル。
ドクターというのは医者ではなくて博士号を持っているということ。
実のところ裕福で教養があり、本当はクラシックが専門というアーティスト。
高級ホテルで当然の身の上なのですが・・・。

さてところで、トニー自身も黒人にはかなりの差別意識を持っていました。
配管修理に来ていた黒人が水を飲んだコップを捨ててしまうくらいに、
「イヤ」だと思っていたのです。
だから、黒人のお抱え運転手という立場に抵抗を感じ、仕事を断ろうとしていたのですね。
しかしかなりの報酬、背に腹は代えられない・・・。
教養ある黒人ピアニストと無教養な白人運転手兼用心棒、
おかしな二人のロードムービー&バディムービーとなりました。



当然はじめは全く気の合わない二人。
でも、南部に入るにつれ、周囲の黒人差別があからさまになっていきます。
そんなことを目の当たりにして、自分のことは棚に上げ、
トニーは義憤にかられていくのです。
元来がまっすぐで正義感の持ち主なんですね。
ドクターをコンサートの主役として歓迎しておきながら、
楽屋の部屋は物置だし、トイレは外の木造ホッタテ小屋。
バーに足を踏み入れただけで犯罪者扱い・・・。
どうにもこうにも理不尽なことばかり。
そんなことを知って、トニーの黒人差別意識がどんどん変わっていきます。



しかし変わっていくのはトニーばかりではありません。
ドクターの方は、肌の色は黒いけれども、教養もお金もあって、
普段はそこらの白人以上に「白人」のような生活。
この黒人でも白人でもない立場で、どちらからも受け入れられず、孤独に陥っていたのです。
また、かなり育ちも良くて、ジャンクフードなんか食べたこともない。
それで、ケンタッキー州に入り、ケンタッキーフライドチキンの店を見つけたトニーが
「本場のフライドチキンをぜひ食おうぜ!!」
といって、どっさりチキンを買い込んできます。
彼は運転しながら手づかみでワシワシそれを食べる。
そして手づかみのチキンをドクターに差し出して「食え」という。
フライドチキンなんか今まで食べたことないというドクターが、
あまりのトニーのしつこさに負けて、仕方なく彼もおそるおそる手づかみで、それを食べてみます。
「・・・うまい!」。
好きだなあ、このシーン。

こんなふうにトニーだけがドクターに寄り添うのではなく、
ドクターの方もトニーに寄り添っていくのです。
素敵な友情の物語。

ビゴ・モーテンセンは、あの“アラゴルン”のかっこよさは薄れてしまいましたが、
それでも、なんとも味のあるこの度の役。
こんなガサツさも、魅力です。
この役のために相当体重を増やしたのではないでしょうか?


60年代といえば東京オリンピックのあった頃。
その頃でも、アメリカの黒人差別事情というのはこんなものだったのですねえ。
公民権法が制定されたのが1964年。
私はそれをリアルタイムでニュースで見ていたに違いないのですが、
何しろまだ小学生だったので、何もわかっていなかったのも無理はないか・・・。
作中、公民権なんて言葉も何も出てこないし、
声高な差別反対などの言葉もありません。
けれど差別の理不尽さをどんな言葉よりも強く訴える作品となっています。
そして何よりもユーモアに溢れ、ラストも嬉しい。
アカデミー作品賞も納得。
ぜひぜひ、ご覧ください!

<シネマフロンティアにて>
「グリーンブック」
2018年/アメリカ/130分
監督:ピーター・ファレリー
出演:ビゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリニ、ディミテル・D・マリノフ、マイク・ハットン

友情度★★★★★
ロード・ムービー度★★★★★
満足度★★★★★


「信長協奏曲18」石井あゆみ

2019年03月02日 | コミックス

「本能寺の変」まで、あと1年…!!

信長協奏曲 (18) (ゲッサン少年サンデーコミックス)
石井 あゆみ
小学館

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家康、高天神城を奪い返し
武田討伐まであと一歩!
仇敵・本願寺も降伏し織田家の天下はまさに目前!!
盤石に見える織田軍の唯一の"綻び"、羽柴秀吉に
目を付けた安国寺恵瓊は、毛利家の
指導者・小早川隆景にある思い切った進言をする…!!

それぞれの思惑が錯綜し…
時はついに天正十年へ…!!

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本能寺の変まであと1年・・・、ということで、ついにカウントダウンが始まりました。
長いサブロー信長の道のり。
そんな中で、お城の皆でお花見をするシーンがあります。
のどかで、華やかで、ほんの少し憂いを秘めてもいる。
そんなシーンが大好きです。
お市ちゃんの三人の娘たちの無邪気で元気なこと。
 
家康の息子(秀忠)に市の三女・お江が嫁ぐことになるのは、まだずいぶん先の話・・・、
そしてそれは、この物語にとくに関係はない・・・、

と、著者には軽くいなされてしまったのですが、私にはとても興味深いところです。
それと家康のお付きで井伊直政が出てくるのも嬉しいところ。
石井あゆみさんもNHKの大河ドラマファンなのだろうなあ・・・。

それにしても本作の流れで行くと、どう考えても信長に反旗を翻すのは秀吉と思えるのですが、
一体今後の流れはどうなってしまうのか。
全然予測が付きません。
あと一年とはいいながら、本作中で「その時」を迎えるのは一体いつになるのやら・・・?
気長に待つことにします。

「信長協奏曲18」石井あゆみ ゲッサン少年サンデーコミックス
満足度★★★.5


トッツィー

2019年03月01日 | 映画(た行)

女性の立場になって初めて分かること

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ダスティン・ホフマンの女装が話題となりました。
見たことがあるようで、でも見ていなかったという作品。

役者マイケル(ダスティン・ホフマン)は才能はあるけれど役がつかず、落ち込んでいました。
ある時、女装してオーディションを受けてみると採用されてしまい、
昼メロの女優としてデビューします。
そこで彼(彼女?)は、セリフを勝手に変えてしまったりするのですが、
その威勢の良さで人気となっていきます。
また、同僚の女優と親しくなり、彼女の実家を訪ねたりもする。
次第に彼女に心惹かれるマイケルですが、
彼女はマイケルを女だと信じ、疑う素振りもありません・・・。


「ウーマンリブ」という言葉が大手を奮っていた時代でしょうか。
通常ならマイケルもそんな言葉を忌々しく感じる一人だったでしょう。
けれども、「女」を装うことで、実際に女性が受ける差別とか苦労を体験する。
確かにそれを知った上で、女性を愛することができれば、
それは本物だろうという気がしますね。

今でこそ女装する男性など珍しくもありませんが、
当時はなかなか衝撃的だったかもしれません。
ちなみに「トッツィー」は「ねえちゃん」とか「かわいこちゃん」の意味。
ときには売春婦をさすことも。
まあ、男性が若い女の子をからかって呼ぶ言い方ですね。
今なら、「セクハラ」と呼ばれそうな言葉。
映画が時代を作り、時代が映画を作る。

トッツィー [DVD]
ダスティン・ホフマン,ジェシカ・ラング,ビル・マーレイ,テリー・ガー
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

<WOWOW視聴にて>
「トッツィー」
1982年/アメリカ/116分
監督:シドニー・ポラック
出演:ダスティン・ホフマン、ジェシカ・ラング、テリー・ガー、ダブニー・コールマン、チャールズ・ダーニング

時代性★★★★☆
満足度★★★.5