圧倒的な筆力で描く 異空間「橿原」
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太平洋戦争末期、軽巡洋艦「橿原(かしはら)」で起こった
とんでもない出来事のストーリーです。
"殺人事件"とありますが、これを単純なミステリだと思ったら大間違い。
壮大なる"真の日本"を探る旅へ、いざ!!
探偵小説好きの石目上等水兵は、軽巡洋艦「橿原」に乗務を命じられました。
この艦では過去に怪死事件が相次ぎ、殺害の実行犯が今も潜むと囁かれています。
また、艦底の内務科5番倉庫には、何か重大な機密物資が隠されているという・・・。
なにしろ石目がはじめてこの艦に乗船した日、ある乗員がこんなことを言っています。
「日本の軍艦の艦底の外側には把手が付いていて、
そこには、潜水服を着た天皇陛下が逆さまを向いてつかまっている。」
笑い飛ばしたくなる話しではありますが、
これを言った男はどうも精神に変調を来しているらしく、
あまりにも異様なその話しぶりに、石目は空恐ろしさを感じてしまうのです。
しかしこんなことは、この物語の中ではほんの序章に過ぎません。
やがて、艦内で士官が毒死。
乗務員が行方不明。
再び繰り返される怪事件の謎に石目は取り組もうとするのですが・・・。
太平洋戦争末期、天皇=神として抱いていた日本国民。
その国粋主義を狂信的なまでに貫こうとする人々。
この橿原には、そういう人々が中心となって乗り組んでいたのです。
伊勢から真東に進む橿原の行く先とは・・・?
この橿原艦内では、すべてが混沌としています。
現在と未来。
生者と死者。
人間とネズミ。
それはどうやらこの5番倉庫に隠された、重大なあるものの影響であるらしい。
SFであり、ファンタジーであり、また歴史でもある。
このあたりは、私がはじめて奥泉光氏に出会った
「鳥類学者のファンタジア」にも似ていますが、
それ以上に圧倒的なのは、この凄まじいまでの筆力。
時には、この戦争で亡くなったあらゆる者たちの呪詛が立ちこめるかのようです。
ひたすら勝利を信じて、惨めに死んでいった者たち。
"日本中が灰燼となろうとも、最後の一人まで闘って勝つ。
いや、その前にきっと神風が吹いて我らを守ってくれるだろう。"
そのように信じていた者たちにとって、戦争に負けた日本など日本ではない。
それは贋の日本だ、と彼らは言うのです。
ここで特にすごいと思うのは、明らかに現代日本の若者が
「毛抜け鼠」として登場するところです。
これがヤンキーのしかもパシリ的な、いかにも情けない現代の若者。
しかし、彼は私たち「贋の日本人」の象徴でもある。
「てか、なんかすごくね?」
というような彼の話し言葉が異様に浮いているのですが、
この軽薄きわまりない青年の言葉が、
物語の進行に連れ、まともで正鵠を射ているように思えてくるあたりが、
うならされてしまいます。
日本は確かに戦争に敗れた。
しかし、その敗れた日本がいま、曲がりなりにもこの豊かな生活を享受していること。
死者の無念はそれで報われるのか・・・。
物資は豊かでも、私たちのこの空疎な胸の内は何なのだろうか・・・。
"橿原"という異空間に巻き込まれて、
私も少しはこんなことを考えてしまいました。
上下2巻、分量もずっしりですが、内容もまたずっしりです。
でも読後感は悪くない。
「シューマンの指」もよかったですが、
こちらの方がむしろ、奥泉光の本領を発揮している作品と思います。
「神器/軍艦「橿原」殺人事件 上・下」 奥泉光 新潮文庫
満足度 ★★★★★
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太平洋戦争末期、軽巡洋艦「橿原(かしはら)」で起こった
とんでもない出来事のストーリーです。
"殺人事件"とありますが、これを単純なミステリだと思ったら大間違い。
壮大なる"真の日本"を探る旅へ、いざ!!
探偵小説好きの石目上等水兵は、軽巡洋艦「橿原」に乗務を命じられました。
この艦では過去に怪死事件が相次ぎ、殺害の実行犯が今も潜むと囁かれています。
また、艦底の内務科5番倉庫には、何か重大な機密物資が隠されているという・・・。
なにしろ石目がはじめてこの艦に乗船した日、ある乗員がこんなことを言っています。
「日本の軍艦の艦底の外側には把手が付いていて、
そこには、潜水服を着た天皇陛下が逆さまを向いてつかまっている。」
笑い飛ばしたくなる話しではありますが、
これを言った男はどうも精神に変調を来しているらしく、
あまりにも異様なその話しぶりに、石目は空恐ろしさを感じてしまうのです。
しかしこんなことは、この物語の中ではほんの序章に過ぎません。
やがて、艦内で士官が毒死。
乗務員が行方不明。
再び繰り返される怪事件の謎に石目は取り組もうとするのですが・・・。
太平洋戦争末期、天皇=神として抱いていた日本国民。
その国粋主義を狂信的なまでに貫こうとする人々。
この橿原には、そういう人々が中心となって乗り組んでいたのです。
伊勢から真東に進む橿原の行く先とは・・・?
この橿原艦内では、すべてが混沌としています。
現在と未来。
生者と死者。
人間とネズミ。
それはどうやらこの5番倉庫に隠された、重大なあるものの影響であるらしい。
SFであり、ファンタジーであり、また歴史でもある。
このあたりは、私がはじめて奥泉光氏に出会った
「鳥類学者のファンタジア」にも似ていますが、
それ以上に圧倒的なのは、この凄まじいまでの筆力。
時には、この戦争で亡くなったあらゆる者たちの呪詛が立ちこめるかのようです。
ひたすら勝利を信じて、惨めに死んでいった者たち。
"日本中が灰燼となろうとも、最後の一人まで闘って勝つ。
いや、その前にきっと神風が吹いて我らを守ってくれるだろう。"
そのように信じていた者たちにとって、戦争に負けた日本など日本ではない。
それは贋の日本だ、と彼らは言うのです。
ここで特にすごいと思うのは、明らかに現代日本の若者が
「毛抜け鼠」として登場するところです。
これがヤンキーのしかもパシリ的な、いかにも情けない現代の若者。
しかし、彼は私たち「贋の日本人」の象徴でもある。
「てか、なんかすごくね?」
というような彼の話し言葉が異様に浮いているのですが、
この軽薄きわまりない青年の言葉が、
物語の進行に連れ、まともで正鵠を射ているように思えてくるあたりが、
うならされてしまいます。
日本は確かに戦争に敗れた。
しかし、その敗れた日本がいま、曲がりなりにもこの豊かな生活を享受していること。
死者の無念はそれで報われるのか・・・。
物資は豊かでも、私たちのこの空疎な胸の内は何なのだろうか・・・。
"橿原"という異空間に巻き込まれて、
私も少しはこんなことを考えてしまいました。
上下2巻、分量もずっしりですが、内容もまたずっしりです。
でも読後感は悪くない。
「シューマンの指」もよかったですが、
こちらの方がむしろ、奥泉光の本領を発揮している作品と思います。
![]() | 神器〈上〉―軍艦「橿原」殺人事件 (新潮文庫) |
奥泉 光 | |
新潮社 |
![]() | 神器〈下〉―軍艦「橿原」殺人事件 (新潮文庫) |
奥泉 光 | |
新潮社 |
「神器/軍艦「橿原」殺人事件 上・下」 奥泉光 新潮文庫
満足度 ★★★★★
音楽やSFや漱石を愛する奥泉さんも良いですが戦争について深く考える奥泉さんも見逃せません
たんぽぽさんの記事を読んで、梨木さんの「僕は、僕たちはどう生きるか」に思いを馳せました
こちらは、近いうちに記事にする予定です
本当に、圧倒されてしまう作品でした。
一見とりつきにくいテーマでありながら、引き込まれてしまいました。
あらためて、小説ってすごいことができるんだな、などと思ったりして。