映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「オテル モル」 栗田有起

2008年08月18日 | 本(その他)
「オテル モル」 栗田有起 集英社文庫

私にははじめての作家さんです。
まず、「オテル モル」って何?ということですが、
これは、ホテルの名前で正式には「オテル・ド・モル・ドルモン・ビアン」。
フランス語。
まあ、「もぐらホテル」くらいの意味でよいとか。

このホテルは、ビルの隙間の、横にならなければ通れないような狭い路地を入ったところに入り口があって、ホテル本体はすべて地下にある。
快眠を得るためのホテル。
部屋にはテレビも、冷蔵庫も、窓もなくて、あるのはベッドと静寂。
安らかな眠りを提供するための会員制のホテル。
主人公希里は、そこのフロントの仕事に着くのです。
彼女には双子の妹がいて、しかし彼女は精神が不安定で入院中。
その妹の夫と、小学生の姪っ子と同居中。
この辺はなかなかリアルな日常なのですが、
なぜかホテルについては、シュールすれすれの不思議な感覚。
ちょっと異空間に足を踏み入れかけたような感じがします。
そしてこの感じが、この本の魅力だと思います。
完璧に浮世離れしている、ホテル。

しかし、それに対して希里の日常は心中複雑。
双子の妹、沙衣というのは、生まれたときから病弱で、とにかく周りの人たちにいつも心配され、かまわれていた。
にも係らず、少女時代には素行が悪く、夜遊びにふけり、ついには覚せい剤中毒・・・。
しかも妹の夫というのが、かつて希里と付き合いのあった学校の先輩で・・・という事実が明らかになれば、この同居の3人の微妙な関係が、気になるところ。
しかし、その辺は実に静かに淡々と触れているだけ。
そんななか、妹の沙衣が退院して帰ってくる。
そしてまもなく、また家から姿を消して・・・。

この作品では、希里は未来にすばらしい希望を抱いてもいないし、
妹に対してひがんだり絶望したりもしていない。
毎日歯を食いしばって苦しみに耐えているわけでもなく、
ぼーっと物思いにふけるのでもない。
ただ、普通に働きながら(普通より、ちょっとまじめかな?)
あらゆることを淡々と受け止めている。
この雰囲気が、なんだか等身大で、気に入ってしまいました。
等身大でありつつ、でも、生臭さがないというか一種の清潔感。
何度も使いますが「不思議な感じ」ですかね。やはり。
他の作品も読んでみたくなりました。

ここで、妹の夫、つまり希里のモトカレの心情を語るものが何もないというのも、ミソなのかも知れません。
この人たちの関係が、このあとどうなるのか、
それも宙ぶらりんのまま終わるのですが、これはこれでよし。ですね。

満足度★★★★


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