母親たちの孤独な戦い
* * * * * * * *
東京の文教地区の町で出会った5人の母親。
育児を通して心を通わせあい、頼りになり助け合えると感じていた。
しかし、いつしかその関係は変容していき・・・。
互いはただ緊張感を生むどろどろのものになっていく。
この物語を読むうちに一つの事件が思い浮かんできます。
二歳の女児が母親の友人であった主婦に幼稚園近隣で殺害されたという、あの「お受験殺人」。
その事件をモチーフにしているのがわかると、
その結末にいやな方向が予感され、
次第に暗澹とした心持ちになってしまうのですが・・・。
本来いるべきではない薄暗い森の中に、じっと息を潜めている魚。
今時の育児をする母親の孤独を、このように著者はたとえているのです。
私立学校のお受験なんて。
私たちはもっとものびのびと子育てをしたい。
・・・そう言っていた彼女たちなのですが、
次第に互いのことが信じられず、焦りと不安と孤独の底に落ち込んでいく。
それぞれには皆夫がいます。
普通に仕事に忙しく、育児は妻に任せっぱなし。
のびのびと育てたいと口では言いながら、妻の方針に強くは逆らわない。
育児において彼らは皆脇役。
また、妻の方も、夫が言う正論はなんの慰めにもならないと知っている。
この子を、この子の将来を守ることができるのは私一人。
その思いが強いあまりに、子供と一心同体になってしまう。
子供の自主性といいながら、実は無意識に子供をコントロールしている。
少子化の中で、事件にこそならないにせよ、
今も同様の母親の孤独な戦いが繰り広げられているのかもしれません。
北海道では、そもそもお受験すべき私立の小学校がほとんどないので、
少なくとも幼児のお受験地獄はありませんが・・・、
なくて幸いと思えます。
そんなことだから、北海道の「学力テスト」の成績は悲惨・・・と、言われそうですが。
さてところが、いやな方向を予感させる展開でありながら、
物語は予想を裏切ります。
最後の山場で、本当に危ないシーンがあります。
そこでは主語は「彼女」となっており、登場する5人のうちの誰であるかははっきりとしません。
恐ろしいことに、5人のうち誰であってもおかしくないと思われるのです。
それぞれに追い詰められた状況にあった。
けれど最後の行為を押しとどめたものは・・・。
それは、ごくあたりまえの"母性愛"なのではないでしょうか。
現代の複雑な社会の有り様に、
当たり前の母性愛すらゆがめられてしまっている。
けれども、心の中の芯として私たちはそれを持っているはず。
どうなることかとはらはらさせられましたが、
実にうまい着地の仕方だと感服しました。
ママ友の次第にドロドロしていく様にぞっとさせられながら、
つい引き込まれて読んでしまいますが、
実はそういうドロドロさに主眼をおいているわけではない。
そうなってしまう母親たちの痛みを見つめた良作です。
「森に眠る魚」角田光代 双葉文庫
満足度★★★★★
![]() | 森に眠る魚 (双葉文庫) |
角田 光代 | |
双葉社 |
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東京の文教地区の町で出会った5人の母親。
育児を通して心を通わせあい、頼りになり助け合えると感じていた。
しかし、いつしかその関係は変容していき・・・。
互いはただ緊張感を生むどろどろのものになっていく。
この物語を読むうちに一つの事件が思い浮かんできます。
二歳の女児が母親の友人であった主婦に幼稚園近隣で殺害されたという、あの「お受験殺人」。
その事件をモチーフにしているのがわかると、
その結末にいやな方向が予感され、
次第に暗澹とした心持ちになってしまうのですが・・・。
本来いるべきではない薄暗い森の中に、じっと息を潜めている魚。
今時の育児をする母親の孤独を、このように著者はたとえているのです。
私立学校のお受験なんて。
私たちはもっとものびのびと子育てをしたい。
・・・そう言っていた彼女たちなのですが、
次第に互いのことが信じられず、焦りと不安と孤独の底に落ち込んでいく。
それぞれには皆夫がいます。
普通に仕事に忙しく、育児は妻に任せっぱなし。
のびのびと育てたいと口では言いながら、妻の方針に強くは逆らわない。
育児において彼らは皆脇役。
また、妻の方も、夫が言う正論はなんの慰めにもならないと知っている。
この子を、この子の将来を守ることができるのは私一人。
その思いが強いあまりに、子供と一心同体になってしまう。
子供の自主性といいながら、実は無意識に子供をコントロールしている。
少子化の中で、事件にこそならないにせよ、
今も同様の母親の孤独な戦いが繰り広げられているのかもしれません。
北海道では、そもそもお受験すべき私立の小学校がほとんどないので、
少なくとも幼児のお受験地獄はありませんが・・・、
なくて幸いと思えます。
そんなことだから、北海道の「学力テスト」の成績は悲惨・・・と、言われそうですが。
さてところが、いやな方向を予感させる展開でありながら、
物語は予想を裏切ります。
最後の山場で、本当に危ないシーンがあります。
そこでは主語は「彼女」となっており、登場する5人のうちの誰であるかははっきりとしません。
恐ろしいことに、5人のうち誰であってもおかしくないと思われるのです。
それぞれに追い詰められた状況にあった。
けれど最後の行為を押しとどめたものは・・・。
それは、ごくあたりまえの"母性愛"なのではないでしょうか。
現代の複雑な社会の有り様に、
当たり前の母性愛すらゆがめられてしまっている。
けれども、心の中の芯として私たちはそれを持っているはず。
どうなることかとはらはらさせられましたが、
実にうまい着地の仕方だと感服しました。
ママ友の次第にドロドロしていく様にぞっとさせられながら、
つい引き込まれて読んでしまいますが、
実はそういうドロドロさに主眼をおいているわけではない。
そうなってしまう母親たちの痛みを見つめた良作です。
「森に眠る魚」角田光代 双葉文庫
満足度★★★★★