MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『ブロークン・フラワーズ』

2015-10-14 00:01:08 | goo映画レビュー

原題:『Broken Flowers』
監督:ジム・ジャームッシュ
脚本:ジム・ジャームッシュ
撮影:フレデリック・エルムス
出演:ビル・マーレイ/ジュリー・デルピー/ジェフリー・ライト/シャロン・ストーン/ジェシカ・ラング
2005年/アメリカ

ワンカットの威力の違いについて

 映画批評家の蓮實重彦に言わせれば『岸辺の旅』(黒沢清監督 2015年)はゾンビのメロドラマであると同時にゾンビのロードムービーでもある。それならば本作の主人公のドン・ジョンストンが自身に身に覚えのない19歳の「隠し子」の存在が書かれた差出人不明のピンク色の手紙に端を発して、ジョンストンが過去に交際していた女性たちを訪ねる旅に出るロードムービーと比較してみるのも面白いのではないだろうか。
 ストーリーそのものはジョンストンが冴えない中年男というおかげで、真実がはっきりしないまま淡々と進行していく。誰が手紙を送りつけてきたのか分からないまま、ジョンストンは自分を訪ねてきた息子のように見えるヒッチハイクをしている青年に声をかけてサンドイッチとコーヒーを買って与えるのであるが、ジョンストンが自分の息子であるかどうか確かめようとすると青年は走って逃げてしまう。彼は本当の息子ではないから逃げたのか、あるいは恥ずかしがって逃げたのか理由がよく分からないのであるが、その青年と入れ替わるようにクルマに乗ってきた青年がジョンストンを凝視しながら行ってしまう。

 この時、ジョンストンは気づくのである。一体誰が自分の本当の息子なのか、あるいはローラ、ドーラ、カルメン、ペニーの誰が嘘をついているのであろうかという以前に、そもそもピンク色の手紙は本物なのだろうか。隣人のウィンストンか、それとも出て行った恋人のシェリーの悪戯ではないのか。つまり真実を追求すればするほど逃げていく真実は混沌としてきて訳が分からなくなってきたジョンストンはその場に立ちつくすしかないのであり、車窓の青年のワンカットだけでジョンストンのみならず、観客も「真相の迷宮」に誘い込まれてしまうのである。これは『欲望(Blowup)』(ミケランジェロ・アントニオーニ監督 1967年)と同じテーマの「変奏」である。
 第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門の監督賞止まりの『岸辺の旅』と第58回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で審査員特別グランプリを獲得した本作との大きな違いはこのようなワンカットだけで観る者に与える驚きの有無なのである。ちなみに上の写真の青年を演じているのはホーマー・マーレイ(Homer Murray)でジョンストンを演じたビル・マーレイの実の息子(だと思う)を起用しているところが洒落ている。


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