山里に生きる道草日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

家の中でもバッタ捕りできてしまう

2015-08-21 21:13:23 | 生き物
 家の内外で「ウマオイ」が活発に動き回る。
 先日わが家に泊まりに来た子どもたちも外で捕まえたり、夜には家の中でバッタ捕りとなった。
 ウマオイは人懐っこいバッタのような気がする。

                                  
 ウマオイの名前は、馬子が馬を追う声に似ているというが、どういう言い方をしていたのかがわからない。
 俗称は「スイッチョン」と呼んでいるが、それが鳴き声とは思えない。
 ウマオイは好奇心が強く、パソコンをしばしばのぞきにくる。
 今はウマオイよりも「コオロギ」の声がいちだんと高く、秋の前奏曲を謳っている。

                     
 畑ではムギワラトンボかなと撮った画像をよく見ると、翅が薄くて透明で、体が黄色だった。
 これはどうも、「ウスバキトンボ」のようだ。
 地方によってこれは、「精霊トンボ」とか「盆トンボ」とか言われ、「ご先祖様の使い」として捕獲を禁じたという。

      
 また畑でよく見られる「ショウリョウバッタ」は、デカイのはメス、小さいのはオスということだ。
 メスは日本最大の大きいバッタだ。
 メスはほとんど飛翔せず、オスは「キチキチ」と音を立てて飛翔する。
 さらには、「ショウリョウバッタモドキ」という似たバッタもいる。
 身近なバッタだが、知らないことばかりだ。

 午後から断続的に夕立があり、隣の道路が一時小川となる。
 雨の中、修理中だった耕運機と草刈機が治ったので農協にとりに行く。  

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キャベツをやっと植え付ける

2015-08-20 20:15:27 | 農作業・野菜
 先月にいただいたキャベツの苗をポットに移植しておいたが、それを畑に植えるのがなかなかできなかった。
 つまり、伸びすぎた苗はあるけど、畝の準備ができていないということだった。
 その準備をするには、草刈りをしないとはじまらない。

                            
 草刈りとマルチを昨日までに終了する。
 短い畝なので「きょうは午前中に終わるぞ」と思っていたけれど、肥料をやったり、トンネル支柱や防虫網を準備したりで、結局一日がかりとなる。
 防虫網をすばやくやらないと、アオムシくんの絶好のレストランとなってしまう。
 さいわいきょうは雨が降りそうな曇天だったので、蝶の姿が少なかった。

          
 夕方までになんとか二つの畝にキャベツを植え込む。
 ホッとする。
 気がかりだったことを一つクリアできると宿題をやりあげた気分だ。

                              
 両どなりは海老芋とモロヘイヤがぐーんと伸びているので、けっこう狭いキャベツ畑となった。
 あす以降も、しばらくキャベツの植え込みにつきあうことになりそうだが、台風が心配だー。
 フー。
和宮様はバジルを収穫し、バジルソースづくりに着手している。

 
 

                         
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メロン手遅れか?

2015-08-19 19:39:05 | 農作業・野菜
 メロンハウスはあと防虫網をつければ完成だった。
 すぐできそうだったので、つい後回しのままにしてしまった。
 骨組みは手持ちの材料の組み合わせをしてある。

                                     
 しかし、ウリハムシの猛攻があり、大半の葉は穴だらけとなった。
 あわてて防虫網を全体にかけてみたものの、元気がなくなってしまった。
 肥料のやり過ぎも原因かもしれない。

                             
         
 メロンハウスにかなり労力を投入したわりには、結果は惨敗だった。
 小さな実はできたものの食べるまでには至らず。
 しかし、次への布石はできたのではないかと居直る。

 夏バテか、体が重い。
 涼しい夕方から動き出し、なんとかマルチがけをとりあえず行う。     

                      
              
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畑の隅の夏の花

2015-08-18 21:44:46 | 植物
 以前、耕運機で耕した畑に雑草がすでに侵出している。
 ほんとうは畝づくりを終わってなければならないが、相変わらずマイペースを保持している。
 雨が降るたびに雑草の底力に圧倒される。

                                   
 「カクトラノオ」がその雑草の海から花を咲かせている。
 雑草があまりに元気で道がふさがってしまうので、防御の意味でカクトラノオを移植したのだ。
 いまの現状ではやや雑草が優勢というところか。

                         
 そのすぐそばには、「ヘクソカズラ」がツルを伸ばして開花している。
 奈良時代にはすでに「クソカズラ」と言われていたらしい。
 観賞用にすればけっこう素敵な花になるんだけど。

          
 そしてさらにそのそばには、雑草の中に「ハギ」の花が咲いている。
 先月からちらほら花が咲いていて長持ちしているのが素晴らしい。
 「ツバメシジミ」が仕事中のようだ。
 前翅を開くと、オスは青、メスは黒、の色が見られるが、開いてくれない。

                                      
 祝儀袋に使う水引は紅白で、タデ科の「ミズヒキ」がそれに似ているという。
 花が黄色なのは「キンミズヒキ」だが、これはバラ科なのだ。
 タデ科の「ミズヒキ」の花は、正確には花弁がない。
 バラ科の「キンミズヒキ」は5弁の花が咲く。

 畑に咲く野の花にはつい見落としてしまうことがある。
 しかし、農作業をしながらもそんな花のいのちを愛でる余裕が大切だと痛感している。
  

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天と地とに縦横に生きる

2015-08-17 19:10:38 | 生き物
 ときどき、牛や人を刺すという「ウシアブ」も畑に来るが、ふだんは、「シオヤアブ」をよく目撃する。
 「シオヤアブ」は、スズメバチをも捕食する奇襲戦法のプロなので注意が必要だが、今のところ刺されたことはない。
 シオヤアブのオスは尾の先端が白毛になっている。

                                 
 資材小屋の天井からいかついがおとなしい「クマバチ」が飛び出てきた。
 いつもは花の蜜集めで忙しく羽音がうるさい。
 どうやら小屋のなかに巣があるらしい。

                       
 夕方、「ウスイロコノマチョウ」が葉裏にに隠れていた。
 コノマチョウは、漢字表記だと「木間蝶」となり、まさに雑木林に生息する特徴であることがわかる。
 ウスイロコノマチョウは、南方系の蝶なのでこの蝶の存在は温暖化拡大の影響があるのかもしれない。

     
 畑には卵をお腹につけたままの「ウズキコモリグモ」が突然現れた。
 「子守蜘蛛」の仲間は多いようだがなにせクモ図鑑がないので同定するのが難しい。
 色は地味だが母の愛を感じるクモだ。

 一日中、断続的な雨がわが家のトタン屋根を鍵盤代わりにする
 前歯が取れそうなので歯医者に行く。
 「これ以上放置すると入れ歯になるぞ」と脅される。
 歯・脳髄・足・目はすでにまともではない。
 
 
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くらしに寄り添い里人が積み重ねてきた『里の時間』

2015-08-16 20:46:18 | 読書
 経済成長の陰で置き忘れた自然とともに生きる小さな各地の魅力を集めたルポだ。
 その朴訥な言葉を聞き漏らすまいと受け止める、芥川仁さんの文と里の静かな営みを切り取った阿部直美さんのカラー写真とが美しい。
 「都会は、玄関から一歩出っと金かかるべ。ここは一歩出っと、晩のおかずが採れるんだ」と語る77歳の老婆の言葉を見逃さない。

         
 芥川さんは、「ここらで経済的豊かさを止めにして、里に流れる時間に身を置いてみたらいかがだろう」と提案する。
 それは、小さな里を訪れてみて「自然と共に暮らすふつうの人々の幸せを守り続けることが大切と」知ったからだ。

                                      
 里に流れるゆるやかな時間は、経済優先で失った時空の「豊かさ」や幸せにあふれている。
 しかしいま、自然の破壊的変容といい、通り魔的な殺人事件といい、若者の幼稚的な行動・言動といい、財界人の志の低さといい、未来に希望が見えない現実がある。

                  
 だからこそ、置き忘れた大切なものを探す行為がひとり一人に課せられているのだ。
 皇軍はいつのまにか企業戦士となり、どういうわけか戦争を語らず、さらには過去を振り返らず、目先の実利に追われるようになってしまった。
 だからこそ、自然の中につつましく生きる人々から学ぶことがこれからの希望につながる。
 その意味で、芥川さんが里人から聞き取る謙虚な姿勢が輝く。
    (岩波新書、2014.10)

 
  
         
 
 
 
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8月の尾上ガーデン 2015

2015-08-15 21:37:25 | 植物
 猛暑の尾上ガーデンを訪れた。
 庭の中央に位置する池にはスイレンの清楚な花が迎えてくれた。
 「スイレンとハスとの違いはなーに?」と言われるとつまってしまう。

            
 スイレンの花は水面に咲き、葉には切れ込みがある。
 ハスの花は水面より上側に咲き、葉には切れ込みがないく、茎が伸びて「立ち葉」になる。
 じつはその違いをまったくわかっていなかった。

                                       
 「特定外来生物指定種」として野生化がはなはだしい「アラゲハンゴンソウ」を発見。
 ハンゴン(反魂)とは、死者の魂を呼び戻すとも言われる。
 葉の形が手のひらに見えるからともいう。
 そのためお盆に供える花にもなっている。

                                  
 反対に、野生種が絶滅危惧種にもなっている「キキョウ」があちこち咲いていた。
 桔梗紋と言えば、明智光秀の家紋だ。
 秋の風物詩、秋の七草のひとつだ。

           
 目立つのは「オミナエシ」の群落だ。
 名前の由来は、「オミナ」+「メシ」、つまり「女の飯」の「粟飯」を指すという。
 反対に、「オトコ」+「メシ」、つまり「男の飯」の「白米」は、「オトコエシ」の白花を指すという。
 野生の「オトコエシ」は見ることはあったが、野生の「オミナエシ」はまだ見たことがない。

                                     
 庭の入口付近では、「ノカンゾウ」の花が咲いていたが、「野」のイメージはない。
 本当のノカンゾウはもっと橙色が濃いようなので、これは園芸種かもしれない。
 
 きょうは終戦記念日。
 70年目とあってメディアでは、さまざまなドキュメンタリーが特集されている。
 それはそれで意味があるが、今までの学校教育で戦争と平和を熱く語る教師に出会ったことがない。
 つまり、平和教育は日教組の偏向とされ、ときの政府はサボタージュを決め込んできたのが実態だ。
 だから、今の若者もおじさんもジジイも、「これからの日本」の針路を熱く語ることができないでいる。
 
 
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川遊びできるしあわせと首相談話

2015-08-14 20:17:04 | 意見・所感
 お盆休みの静けさはさすが中山間地ならではだ。
 どこへいっても混むとか待つとかいうことがない。
 国民の多くは作為されたレールに乗せられて銭をまきあげられていくだけだ。
 過疎地のわが地域では猛暑の中でもほぼ近所の川を独占的に利用できる。

               
 澄んだ川でハヤ・メダカ・オタマジャクシ・サワガニを捕まえることができた。
 虫嫌いだった子どもたちもツマグロヒョウモンを自分の力で捕まえられるほどに成長した。
 「田舎力」は子どもの人間的成長を飛躍させることを確認できる。

                     
食事のほとんどは七輪を中心にした薪・炭の自然エネルギーでまかなう。
 これでパン・ソーセージ・肉・魚・焼き芋・落花生・パプリカなどを焼いていく。
 これに畑のキュウリ・トマト・ルッコラなどが加わる。

      
 至福の時間は子どもたちのおかげで自然の中に生きる昆虫などの生き物の存在を確認することができる。
 そして紺碧の空を見上げて刻々と変わる雲の流れを追う。


戦後70年安倍首相の談話が発表された。
 全体としては誠実な反省のトーンで語られているが、現実の政治との乖離があまりにありすぎる。
 「過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。」と言うが、そんなことより「経済・景気」でしょ、というのが本音。
 「繁栄こそ、平和の礎です。」といいきり、繁栄の陰の格差にめをつぶる。
 
        
  「<積極的平和主義>の旗を高く掲げ」とナルシシズムに酔っているが、実際はアメリカの核の傘によりそい、平和運動をサボタージュしてきたのが実情だ。 本来なら反核運動の先頭に日本は立たなければならないのに、まったく広島・長崎任せだ。
 しかも、沖縄復帰では非核三原則を破り核の持ち込みを黙認してきたくらいだ。

                            
 中山間地など田舎の過疎に拍車をかけ、東京中心主義による経済成長の「パイ」を拡大させることに狂奔してきた。
 原発を地方にアメとムチで押しつけ、基地を沖縄に封じ込め、高慢な政治を担ってきた。
 そんなとき、田舎の持つ「自然力」はなんとか保持しつつある。
 首相談話の自己陶酔の作文にうんざりしながら、捨てられた過疎の集落で川遊びをゆったりできる至福を感じる一日でもあった。
          
 
                   
 
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過疎地のうたげがにぎやかになるとき

2015-08-13 17:53:47 | 出会い・近隣
 あいにくの雨模様の一日だったが、やってきた子どもたちのパワーは衰えることはない。
 多少の雨でも蝶やトンボ・バッタ取りに忙しいのだ。
 初めてセセリチョウ・キタテハ・ツマグロヒョウモンなどを網で捕ることができた。

                         
 雨が強いときは、葉っぱのしおりづくりに夢中だ。
 子どもの集中力に感心する。
 近所の同年齢の子どもと交流をしあうこともできた。

        
 夜にはカレーパーティーを中心に畑のサラダ・冷やしきゅうりをはじめ、イカ・魚の干物など海産物も登場、いっきに胃袋を満杯にする。
 わがトタン張りの迎賓館は都会と田舎をつなぐうたげと化した。

                     
 テレビでは久しぶりの100歳の新聞記者「むのたけじ」さんの怪気炎を見ることができた。
 戦争責任に羞恥のないマスコミ現場に絶望した「むの」さんの怒りは、地方新聞へと結実する。
 「むの」さんの咆哮に戦後はしっかり応えただろうか。
 風化が現状としたら、同じあやまちを繰り返すことになる。
 置いてきぼりにされた過疎地にこそ、豊かな自然と人情が生きている。

   
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やっとウラギンシジミが顔を見せてくれた

2015-08-12 23:01:08 | 生き物
 裏の翅が真っ白な「ウラギンシジミ」は、羽を閉じてなかなか表の翅を見せてくれない。
 珍しく翅を広げているところをやっとカメラに収めることができた。
 
                
 オレンジの見事な鮮やかさが裏面の白と対照的だ。
 メスは白黒模様だそうだがまだしっかり確認できていない。
 
                         
 竹を割っていたら体長1cmほどのカミキリムシが出てきた。
 よく見たらアフリカンな模様が魅力的だ。
 調べてみたら「タケトラカミキリ」というのだそうだ。

 真夏は昆虫のワールドだ。
 われわれはその一端に仲間入りさせてもらうのだ。

元気な家族4人がはるばる都会から泊りにやってきた。
 2年ぶりの再会だが、子どもたちもたくましく育っているのがすごい。
 いつものように七輪で焼肉・ピザなどで満腹にする。
 あすは近くで川遊びを予定しているが天気は悪いらしい。
 過疎のムラは一時にぎやかさを復活した。
 これが普通になってほしいところだ。
 
 
 
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