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山里に生きる道草日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

変わらぬ宗次郎のオカリナの音色

2025-07-01 22:35:18 | アート・文化

 冷房がきかないマイカーで初めての会場・菊川市の会場に向かう。数十年ぶりとなる宗次郎のオカリナコンサートだ。しかし、ナビが関係ない所を案内してしまい、いろいろ試してなんとか時間前にたどり着く。

 

 会場の「菊川文化会館アエル」は、外側からは建物の概要は見えない仕組みだった。森から入り口に踏み込むとそこは中世のヨーロッパの城に迷い込んだような錯覚を催す。回廊の中央には野外劇場や物産のイベントができるような広場があり、そこから大ホールや各会場に向かうが、オラのような初めての異邦人にはどこへ行けばよいかためらうが、好奇心をたぶらかす装置が稼働する場所でもあった。

  

 日本の物かどうか迷う不思議な灯篭のようなものが庭にあった。彫り物は龍のようだった。もう少し探検したいが時間がない。魅力的な会場や細かい仕様が気になったが、ホールに参加者が並びだす。あわてて座席を探し、演奏を待つ。宗次郎は昔と変わらないスタイルと顔でいくつものオカリナを駆使していく。オカリナを日本中に広めた宗次郎は、中国・台湾公演が終わって間もないというタフガイだった。話術が上手になっていた。

 

 NHKで「大黄河」という番組のテーマ音楽に誘われ、オカリナの演奏をやってみた。10本くらいは保有していたほど熱中はしたものの、楽譜が読めないうえに指の関節の病もあり、しばらく楽器はお蔵入りとなってしまった。

 宗次郎の演奏は、音の確かさがさすが透明な空気感を誘う。オラが吹くと音が変調したり、ツバが溜まって音が出なくなる。宗次郎にはピアノとギターとの伴奏があったが、音響のせいか伴奏はオカリナの魅力を半減させている気がした。やはり、単独の音色の孤高さが森や高地を産み出していく気がしてならない。伴奏は前面に出てはならないのだ。黒子に徹する控えめさが必要に思う。これをきっかけに、わがオカリナ演奏は再開するといいが、あまりにも現状のスローライフは忙しい。

 

 

 

 

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