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山里に生きる道草日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

浦川歌舞伎

2009-11-30 20:26:37 | 行事
 天竜区佐久間町浦川は、愛知県と静岡県の県境にある中山間地にあります。
 今から150年前、療養していた江戸の歌舞伎役者・尾上栄三郎が村を去るにあたって、歌舞伎を披露したことによって、浦川歌舞伎が、村で盛んになったということです。それが、昭和30年代まで続いたというのですから、文化の影響力はすごいものです。
 平成元年が栄三郎の130回忌にあたることから、村おこしのきっかけとして素人歌舞伎復活がなされたのでした。その心意気がすごいですね。
 ふだんは林業や農業のきびしい現実にさらされているなかで、練習と公演を続けているのですから。
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伝統・郷土芸能フェスティバル

2009-11-29 19:01:46 | 行事
 きょう、天竜区の「伝統・郷土芸能フェスティバル」が春野文化センターで開催された。
 佐久間町の浦川歌舞伎保存会は、150年前から素人歌舞伎が盛んであったものを平成に復活を遂げたもの。お馴染みの白波5人男の弁天小僧を演じ、山深い過疎の村起こしの気合を込めた上演だった。
 それにしても、急峻な佐久間町の山あいで、このような都会の歌舞伎が残されてきたことに感嘆するばかりだ。日本人の文化水準の高さが再認識される。 

 圧巻は、二俣町の「遠州天竜太鼓・龍勢組」のエネルギッシュな太鼓のリズムだ。十代・二十代の男女が太鼓に向かう迫力がズッシリとした音と共に飛び交う。
 しかも、洗練された歯切れの良さの場面展開・構成力は、伝統を革新した斬新なものだった。
 太鼓と若者とのコラボはきっと、潜在されているいのちを覚醒させるものがあるように思った。ここに参加している若者はきっと、目に見えない現代の「ベルリンの壁」を突破する力を蓄えているように思えてならなかった。
 そんな余韻を暖めながら紅葉の国道へと帰途についたのだった。
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雨上がりのはるの産業まつり

2009-11-14 17:40:48 | 行事
 34回目の「はるの産業まつり」が春野自治センター周辺で開催されました。
 直前までスコールのような風雨にみまわれ心配しましたが、開催時間のときはぴたりと止んでくれました。
 知り合いの人がテント下でがんばっている姿が見えるのは、地域ならではの祭りです。10月の集落毎のまつりのフィナーレということでしょうか。

 面白かったのは、くじ引きの植木市でした。1回300円という安さで、2回挑戦したところ、デコポンとカンツバキがあたりました。
 行政がらみのコーナーは毎年のことながら新鮮さにかけます。春野地域以外の店が増えた気がしましたが、それは地域力が弱くなってきたということでしょうか。それでも、かあちゃんの店はやはりパワーがありますね。
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生きている庚申講

2009-11-11 23:42:05 | 行事
 きょうは集落の「庚申」の日でした。
 平安貴族が催したという「庚申待ち」が、江戸時代には庶民の民間信仰として隆盛を迎え、今なおこの集落では60日毎に続いています。
 壁に「青面金剛像」が描かれている掛け軸を掛けてから、「庚申真言」を3回唱え、「オンコーシンデー」以下の言葉を7回唱えて、備えた生米を全員で食べる、までがセレモニー。
 その後、酒とつまみで懇親会が始まります。昔は徹夜で朝を迎えるのが本来の趣旨だったのですが、現在では9時前後で終了のようです。ちなみに、きょうはpm7時半からpm10時過ぎまで雑談に花を咲かせました。
 さすがに出席する人が少なくなってきて、5・6人の常連だけになってきているようです。
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オカリナが響く

2009-11-08 18:59:10 | 行事
昨日の中山間地でのオカリナコンサートの余韻が続きます。
 地元の日本茶インストラクターの指導によって、世界銘茶コンクールで優勝したお茶を賞味しました。10g500円というその春野茶の1煎目の味はお茶の概念を越える甘さのある味でした。2煎目はまろやかな渋みがある旨さでした。3煎目は高級感のある渋みがありました。思わず4煎目をおかわりしたらまだまだ充分な味がありました。しかも、その使用済みのお茶がらにポン酢をかけて食べたら、じつに美味く、ご飯が欲しくなりました。
 孟宗竹の皿に盛られた山菜や刺身こんにゃくといい、竹の手作りのお椀に盛られた麦飯の自然薯といい、高級料亭に出されたようなセンスと食感がありました。それをプロではない田舎の人が担っているのですから、高級料亭を越えているといっても過言ではありません。
 ピュアなハートのAKIRAさんがこめたオカリナと軽妙で深みのある話術のちゃぼさんのギターが、じつに秋の田園風景に溶け込んでいました。
 ここには、過疎という暗いイメージはなく、主催した「春野倶楽部」の自由闊達な心意気とロマンと汗が伝わってきます。人間が劣化した殺伐とした日本にも、まだ希望がわずかながら残されています。
 
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畑でコンサート

2009-11-07 18:14:08 | 行事
うららかな秋晴れのもと、春野町の個人宅庭でオカリナ野外コンサートが行われました。紅葉がほの見える山と田園風景を借景に、近隣からきた100人を越える聴衆の心にオカリナの歓喜と悲哀のメロディーが沁みていきます。
 交通の便の悪い山奥に行政の手を借りずにこれだけの人が集まること自体素晴らしいことですね。手製の舞台に手製の会場。一流旅館顔負けの手製の料理。
 心痛むニュースの連続の日々、この過疎の誇り高い感性にただ打たれるのみです。都会は日本はこの懐かしいようなささやかな心意気から学ばなければならないと思うのでした。
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ポレポレECOまつり 2

2009-11-02 17:57:00 | 行事
 昨日の子どもまつりのオープニングは、よさこいソーランから始まりました。
 学童保育のこどもから始まった「よさこい」は、その父母会に広がって自主サークルが生まれ、さらには、一般の幼児親子・青年ボランティアへと広がっていきました。

 そこに、区役所の区長・副区長・部課長や学校長・NPO理事長・議員らが来賓としてズラリと並びます。廃校だった施設に子ども施設が誕生し、それを支える地域組織・NPOや利用者がまつりの主体者になっていきました。
 子どもが幼児からお年寄りまで地域の様々な階層を結果的につないでいったということになります。地域に一つの希望の砦が生まれたということだと思っています。
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ポレポレECOまつり

2009-11-01 23:36:33 | 行事
武兵衛が以前4年ほどかかわってきた都内の「ポレポレECOまつり」に行ってきました。旧校庭には幼児から高齢者まで約3000人近い地域の人が集まりました。
 基本は子どもまつりなのですが、町会や地域組織の全面的な協力があり、内容的にはもう地域のまつりといったほうが正確でしょう。

 しかも、まつりは、エコロジー・「江戸」というキーワードがこめられています。「食べて・飲んで・買って」終わりのまつりではなく、地域の交流・地域育てというコンセプトが底流に流れています。地元の高校も多くのボランティアを派遣してくれています。
 マイ容器を推奨しているせいか、ゴミもライトバンに収まるくらい参加者数の割にはきわめて少ないのにビックリです。第1回のまつりは、大型トラック1杯分もゴミがありましたからこれは画期的なことです。
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森林伐採ツアー

2009-10-19 13:35:35 | 行事
一昨日、地元の農家と建設会社が主催する「森林伐採ツアー」に参加した。
参加者は横浜在住の約40人の親子だった。行政を介在せずにこれだけの参加者を組織するのはたいしたものだ。都会と森を結ぶこうした集いは今後ますます重要になっていく。
 杉と檜ばかりの人工林ながら、林縁を見ると意外に種類豊富な植物が生きている。「アキハギク」の発見はその一つだ。また、「ヤブムラサキ」と「ムラサキシキブ」とか「サンショウ」と「イヌザンショウ」とが近くに仲良く自生・同居していたのも大発見だ。こういう組み合わせに出会うのはじつにラッキーだ。
 ほんの少し歩くだけで世界は深まる。硬直しているように見える世界の中にもじつはそんな光る希望のようなものがあるように思う。これからもなんの変哲のない人工林に生きる植物や昆虫に注視していくとともに、がんじがらめの人間社会のシステムや人間群像の中からも希望を見つけられるようになりたいものだ。
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山車を曳く力

2009-10-18 20:44:18 | 行事
 昨夜は雨の祭礼だった。神社の山車はビニールに覆われたが、山車の曳き手はずぶぬれになりながら集落の国道を歩くのだった。しかもその担い手は、集落では宝である小中学生とそれをサポートする青年会だ。
 公民館前にさしかかると、小中学生のかけ声が大きくなるのがなんともけなげだ。こうした山車を曳く力がこれからの過疎を切り拓いていく力になればと願う。ささやかな過疎の祭りには、都会の祭りにはない忘れられたおだやかな日本が息づいている。
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