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山里に生きる道草日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

親子で強剪定と焚き火と

2023-01-09 21:41:01 | 出会い・近隣

  朝起きたら、きょうもすっかり霜が降臨していた。きょうは尾上邸の梅を剪定する応援に行く予定だが大丈夫かと心配になる。フキちゃんの情報では20人近くの親子が助っ人で来てくれるという。ただし、子どもの多くが幼児なので剪定そのものの参入はむずかしいのかもしれない。

   

 去年の冬には剪定できなかったので、6月の梅もぎはちょっぴり苦労してしまった。そのため、今年は強剪定することとなった。クロちゃんがチェンソーで太いところをバリバリ伐ってくれたので、比較的短時間で作業ができた。ただし、その片づけは軽トラック2台のピストン輸送となった。

    

  若い親子に混じっておじさんたちも負けてはいない。剪定の仕方や剪定ばさみの使い方を親子に伝えていたのも印象的だ。なんだかんだ、参加者は30人近くの親子へと肉薄した。「これなら、150人くらいの花見ができそうよ」との豪快な声もあがっていた。鼻息の荒いママさんたちのパワー満載の集いと化した。実際、春には山や庭に植えた桜が満開になり、川沿いに植えた花桃も満開になり、まるで桃源郷にいる景観なのだ。それらを尾上さんは自前で植栽してきたのだ。

         

 いっぽう、子どもたちは案の定、、隣の川や田んぼや火遊びなどで動きっぱなしだった。街中での暮らしをしている親子が多かったせいか、自然風景に囲まれた中山間地の魅力を身体で感じたようだ。

 夕方近く、さっそく親たちも春の花見をしようとの具体的な日程が検討された。政治力が皆無の「桜を見る会」だ。一週間前に草刈りや会場の整備をしてから本番の花見を迎えるのはどうかとか、プレイパーク事業の一環としての花見もどきをするのはどうかとか、建設的な意見がどんどん噴出した。そのくらい、興奮が冷めない空間ともなった。

      

 急遽作られたテーブルには、和宮様が作った暖かい豚汁を始め、段ボールでのミカンの差し入れ、焚き火コーヒー・ハブ茶、焚き火定番のお餅・焼き芋・ギンナン、手作りの干し柿・渋皮煮などがいつのまにか提供されていった。若い親同士の交流、腹いっぱいの食道楽、適度な参加型肉体労働、焚き火がつなぐ人の輪、自然が人を結びつける景観力、この時空には無理のない希望がみなぎっていた。

 停滞が地方をも人間をも席捲している日本の中で、このパワーが失わないよう持続を願うばかりだ。そんな応援をちょっぴりしていきたいものだ。     

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新年は干し柿を食らうしあわせ

2023-01-01 19:32:50 | 出会い・近隣

 穏やかな新年を迎えた。だが、世界は混迷の迷宮に入り込んでしまった。日本も生き行く方向が見えない。

 そんななか、何に向かって生きていくべきか、ブログを書きながら道草もしながら今年もちょっぴり探っていきたいものだ。まずは、手作りの干し柿を食べることから始めてみる !?

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河原の残骸を生かす

2022-12-21 20:59:24 | 出会い・近隣

 先日、近所の方から声がかかった。「河原の整備をしていたら流木が大量にあり、丸太も伐ったけど、使ってみる?」ということだった。二つ返事で近くの河原に直行する。すると、山のような流木と伐採された丸太が山積みされていた。一緒にそれらを車に運びわが家に運搬した。

           

 お昼を過ぎたので缶コーヒーとポテトチップで小休止。台風15号の猛威は大量の流木を流したのがわかった。彼は一人で河原の清掃を自主的にやっている。それは、子ども時代、ここで親友と遊びまわった世界だったからだ、という。それが現在の自分を形成していたのを痛感し、それで、だれも振り返られなくなった荒れた河原の整備を始めたのだ、という。

           

 彼は、流木を集めただけでなく、河原に繁茂していた雑木をチェンソーで伐り始めてもいる。数年がかりから始めていたので、河原がずいぶん明るくなり見通しもよくなった。むかしの景観に近づいたという。地域とともにあった川は今では抽象的な存在となった。豊穣な想い出の世界は今や存在感の薄い遠い世界となった。

  

 そんな川からの「贈り物」を生かそうと数人の親子が集まる。流木は今月末に行われるプレイパークの焚き火に使われる。もちろん、きょうはそれを使ってミニパーティーとなった。遊びの天才の子どもたちはわが家の倉庫周辺の暗く狭いスポットで探検ごっこ・お化け退治・子どもだけのお食事会・氷焼きなどを次々具体化している。そこにはゲーム機もおもちゃもない。田舎そのものを遊びと空想の世界にしている。

 そんないきいきした子どもたちの姿を見ながら、おとなは流木の焚き火を囲みながら焙煎したハブ茶・ハト麦茶そしてコーヒーをはじめアウトドア料理を楽しむ。焼き芋・豚汁・イワシ・ギンナン・餃子・エビ・ウィンナーなどが熾火の焚き火や七輪の上に乗せられていく。コロナ下でも他人の子どもの保育をしあっている親たちのつながりの深さが伝わってくる。

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そして藁から合繊になった!!

2022-10-17 22:16:09 | 出会い・近隣

 昨日は地域の祭礼があった。しかし、コロナのこともあり祭事だけでお祭りは中止だった。同じように、わが10軒の集落のお宮も宮司さんを呼んだ祭事だけでにぎやかな「直会」(ナオライ)は中止だった。今年は、初めて藁ではなく合繊のしめ縄が登場した。毎年藁で作っていたしめ縄をやめて、丈夫な合繊のしめ縄をついに購入したというわけだ。

   

 というのも、集落の頭数が減っていき、同時に高齢化も進行し、田んぼの藁の確保も難しくなり、毎年地元で作るしめ縄が作れなくなったというのが理由だ。しかも、近隣のいくつかの地区も同じように合繊のしめ縄を購入となった。丈夫で金色に輝くのはいいが、太陽光や雨ざらしに弱いので祭事が終わり次第、その日のうちに片付けとなってしまった。数年前には幟も購入したのでそれらの財政負担は年金だけの収入しかない生活者には厳しい。

             

 前回のブログで紹介したように、安田喜憲先生によれば、しめ縄は雌雄の蛇が合体した豊穣のシンボルだという。「稲作漁撈民」は蛇信仰が共通していて、日本も南米も▲印の蛇マークを土器や調度などの模様に描いている。

 注連縄は一般的には、岩戸に閉じこもったアマテラスが外に出たとき、再び戻らぬよう岩戸を縄で塞いだという神話からの由来が多い。同時にしめ縄は、雲を表すという。しめ縄に付ける紙垂(シデ)は「雷」を表し、同じく細い藁を付けるのは「雨」を表すのだともいう。そのことで五穀豊穣を願うというわけだ。(以下の画像は藁を使用していた時のもの)

     

 加えて、神が降臨するというしめ縄の意味は、神聖な場所と現世との境界・結界だというのもよく言われる。さらに、しめ縄は「注連縄」と表示する。「注連」とはもともとは中国で死者が出た家の門に張る縄のことだという。故人が再び戻らぬよう結界を作った風習にちなんでその言葉を引用したということだ。

 いずれにせよ、地域の祭りが成立しなくなるとその波はいっそう深刻化する。少子化で人口が減少していくのは数十年前から言われてきたのにもかかわらず、根本的な対策をしてこなかった政治の貧困がはなはだしい。都会は潤っても地方は寂れていくばかり。地方の国会議員とそれを支える選挙民の在り方が問われるのだが、いまもって変わらない。今までどおりの現状を糊塗する政治では何も生まれないのに、とぼやくばかりの日々だ。家の玄関の上にしめ縄をつければいいのかなあ… 。

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伝統的な?「川施餓鬼」供養

2022-08-17 23:13:22 | 出会い・近隣

 先日、集落で初盆を迎えた家の「川施餓鬼」の準備と供養が、近くの河原で行われた。以前キャンプ場にもなった河原で、午前中「精霊棚=施餓鬼棚」の祭壇づくりと周辺の草刈りを粛々と行う。今では板でコンパクトにセットされた手作りの盆棚だが、むかしはすべて河原の竹で時間をかけて立派に作り上げたという。

 本番はその日の夕方6時に集合する。今回の初盆は1軒だけだったので位牌は一つだった。親族は喪服で、近隣の人は後かたずけがあるので平服で参列する。

       

 「施餓鬼」は宗派によってやり方が違う。 真言宗は、施餓鬼と護摩祈祷を重視するので毎日のように行う。禅宗(臨済・曹洞宗)は、修行として食事で米粒7つを供養。浄土宗は、お供え・お布施で食事を施し参加者で分かち合う。浄土真宗は、施餓鬼法要はしない。餓鬼道は死後ではなく現世の心の中にあるととらえる。日蓮宗は、法華経の文字を一文字ずつ小石に書いて川に投げ入れる。

 ただし、地域によって花火や灯篭流しをやるところもあり、さまざまだ。わが集落も死者の盆送りといった意味合いで、本来の「川施餓鬼」のやり方が変容していったように思われる。つまり、お盆と川施餓鬼の違いは場所が変わっただけのように思われた。

   

 前回は、松明とともに僧侶と親族が入場して供養が始まったが、今回はなかった。いよいよ僧侶の読経から始まりそれが終わると各自で線香を1本ずつ手向け、それが終わると近隣者が米粒をつまみ、香葉で水滴を散らしてお参りする。最後にまた読経があり全員で合掌して供養は終了する。

       

 太い竹を伐り出して刳り抜いた所に川砂を入れてそこにお線香を挿していき、参列者が多ければ3列でも5列でも焼香できるよう工夫されている。棚そのものも集落のアイディアが蓄積・満載されている。供養が終わってからは、古い卒塔婆や棚の盆提灯・飾り・ほおずきなどを河原のそばで燃やしていく。夕闇が迫っていく頃、散会となる。

 集落からまた一人いなくなった。少子化対策の遅れと都市中心主義の弊害がじわじわと地方を蝕んでいく。そこには、行政の情熱も地域活動の盛り上がりもない。あるのは地球温暖化・環境破壊という地球の悲鳴。そして領土侵攻という人間が起こした戦争・強欲だけだ。餓鬼道は真綿のようにくるまって姿を変えて人間界を支配している。宗教界の無力、国連の無力、人間力の無力が際立つ。

  

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フタリシズカが咲いたとき

2022-05-23 22:51:20 | 出会い・近隣

 和宮様が国道の脇で「フタリシズカ」(センリョウ科)を発見した。しかも、その足でわが裏山の4本のフタリシズカも発見した。茎から出ている花序は2~3本がふつうだが、1~6本のもあるという。名前の由来は、いま大河ドラマで静御前が描かれているが、その静御前が霊と舞う様子からつけられた謡曲「二人静」からだという。個人的には、「ヒトリシズカ」が好きなのだが。

        

 そんなとき、和宮様のご令嬢がフィアンセと一緒に過疎に忍んで暮らしている和宮様に会いに来た。初対面だった。来訪者は野外料理でもてなすのがしきたりなので、まずは焚き火コーヒーを飲んでもらい、やきとりを焼いてたべてもらった。それからは、彼に七輪クッキングを次々お願いした。

     

 それがなかなかの腕前で、イカもエビも焦がさずに焼いてくれた。エビを車状に配置して焼くセンスに一同感心。ご令嬢も嬉しさを隠せなかった。しかも、炭火では難しい食パンを焼いてもらった。それがほどよいトーストとなり、ガーリックバター仕上げでいただいた。これが美味しくできあがり、フィアンセの株が急上昇。その緻密で的確な腕前に和宮様はことのほかお喜びになった。

           

 彼も、自然に囲まれた当地の環境に都会の喧騒とストレスを癒すことができたようで、「また来たい」「アウトドアが病みつきになりそう」との感想を残していった。

 ちなみに、フタリシズカの花言葉は、「いつまでも一緒に」だった。

 

                    

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さらに山菜に篆刻の印鑑に

2022-05-02 21:52:58 | 出会い・近隣

 先日、マムシ退治にお世話になった近所から、今度はタケノコとワラビをいただいた。タケノコはもう終わりだというが、ほどよい大きさでうまそうだ。今までは近くでタケノコを確保していたがイノシシが食べつくして竹林が荒廃してしまった。そのため、幸いかな今年になってタケノコは食べていなかった。

   

 さっそく和宮様が腕を振るって調理した中華丼風の焼きそばをご相伴することになった。それがなんと、タケノコが柔らかく新鮮だった。それまではタケノコの味噌バター焼きこそ一番と食べてきたが、この中華丼風のタケノコも捨てがたい。

  

 そして、ワラビのシャキシャキした新鮮さが小気味いい。いただいた量を考えると、かなりの範囲で収穫していたのが想像できる。しかも、ワラビの活きがいい。毎年同じ所で収穫していると味が落ちていく気がするが、その場所はあまり人の気配が感じられない。そんな山里らしい新鮮さを内包している山菜だった。

           

 そのうえさらになんと、大きなプレゼントをいただいた。趣味の篆刻で彫った印鑑3本もいただいたのだ。マムシから山菜、そして篆刻へと一気に「貢納」が続いた。これらは、和宮様の馥郁とした「神力」の賜物に違いない。

 帝政ロシアのツァーリや貴族の立場は、民衆からの収奪と人権無視とから成り立つ酷い圧制だった。そのうえ、権力者同士の権謀術策・裏切り・殺害の酷さも一級だった。その延長線上には、エカテリーナ女帝 ー スターリン ー プーチン というふうに、その権力支配の実態が継承されているのがわかる。ロシア正教の政教一致体質もいまだに変わらない。ヨーロッパから遅れをとった大国は、武力と情報・金権支配の手法で民衆を恐怖と幻想・ウソを植え付けてきたのも昔から変わらない。だから、良心的な人間はその現実を文学や芸術に向かうしかない。

   

 したがって、今回のウクライナ侵攻はプーチン個人の性格だからというのは間違いだ。第2・第3のプーチンがわんさと控えている。ロシアの歴史をたどってみると貴族と農奴(奴隷)との亀裂が凄まじい。つまり、権力支配層と民衆とは画然としたものがあり、その残滓が改善されないまま現在に至っているということでもある。しかも、「人民」という言葉でまやかしの幻想をまき散らして主権在民を事実上封鎖している。

 和宮様が村に溶け込んでいることもあり、近所のさりげない応援や支え合いを肌で感じているからこそ、ウクライナ侵攻の背景を言いたくなったわけだ。またもや、飛躍してしまったかなー。

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消防ポンプの点検だったが

2022-03-07 23:05:09 | 出会い・近隣

 先日、集落の消防ポンプの点検があった。防災倉庫にある小型消防ポンプを作動してみて異常がないかを点検するのだ。機種はトーハツKKの「V20B」というポピュラーな消火用ポンプだ。作動手順は番号で示してはいるが、なかなか覚えられない。しかも、最後のスターターは重くて草刈り機のようには点火できない。つまり、記憶力も腕力も衰えはなはだしく、一人じゃ役に立たないわけだ。

        

 集合時間前に倉庫に着いたので、普段ゆっくり見られない器具を見物する。部屋の奥には消防ポンプを積載する「台車」があった。自動車では入れない狭い所にポンプやホースを運ぶアナログな台車のようだ。実際の消防訓練でも見たことはない。

  入り口には堅牢なホースが置いてあった。普通の消火用ホースは丸めてコンパクトになるが、これはたためない。川からの吸水用なのかもしれない。

              

 まだ時間があったので、倉庫の周辺を散歩していたら近所の人がいつのまにかポンプの点検をやってくれていた。結局、集合時間に遅れてしまったのだ。申し訳ない。やっぱり役立たずだった。

 ポンプの点検は毎月あるが、三つの地区が当番制で実施している。つまり、三か月に1回まわってくるが、それを集落の頭割りでやるので、1年に1~2回やればよいことになる。だから、ますます作業が覚えられない。本番の火事のときは逃げるしかないのか。あらあらー。

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消防団は田舎の希望!!

2021-12-06 20:34:27 | 出会い・近隣

  昨日は集落の防災訓練の日だった。昨年はコロナの関係で中止だった。集合場所に行ってみると防火用水槽の水を変えるという。すでに1時間前には水抜きを有志がやっていて、水槽の水はかなり減っていたのだった。

   

 防火用水の場所から水を引き入れる川までかなりの距離がある。ホースをたどっていくと広い田んぼは中継の消防車とホースが続いていた。田んぼに干していたわらぼっちはすっかりなくなり田んぼの冬支度が始まっていた。消防団員が中継点を保守していた。

   

 河原に行ってみると川の水を吸い上げていた。防火水槽の水量はかなりの量であることは間違いないので、これでも川が近くにあるのは心強い。その前に汚れたヘドロを汲みだすほうに手がかかる。

  

 水槽に溜まった枯れ葉やゴミやヘドロを若い消防団が率先して引き揚げる。川からの水を少しずつ入れながら汚れた水はポンプで吐き出していく。消防団の多くは近隣からも応援に来ているので顔を見ても誰なのかわからない。わかるのはこの近辺でも若者がいるということだった。頼もしい。

  

 地域の担い手の団塊世代頃のおじさんたちも動きはいい。命令がなくてもさっさと動いていく。その後、みんなで汚れた水をバケツリレーで汲み出していく。オイラもやっと出番がやってきたのでその盛り上がりの一番の画像が撮れていない。おじさんばかりが張り切っているので子どもにもやらせるべきだと思った。地域のタカラは磨かなければならない。

  

 水槽のまわりのコケも取り去って以前よりきれいになってきた。中山間地でつつましく生きる底力を見届ける瞬間となった。これらの力が消防や祭りだけではなく地域起こしに発揮されればいいのにといつも思う。その意味では、その担い手の養成が急務だと思うがそれがやれないのがおじさんたちの弱さでもある。消防団はかつての青年団でもあるが実際には親睦の域を出ていない。そこにどういう希望を紡いでいくか、だよね。

 

 

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稲藁の次は肥料

2021-11-07 21:56:01 | 出会い・近隣

 そして、稲わらの次は木材チップを発酵させた肥料をもらいに近所に行く。「好きなだけ持っていきな」といつも言ってくれる。といっても、車に積める量は意外に少ない。今年になっていただくのはこれで3度目となる。

 手持ちの空き肥料袋は20枚しかなかったが、車に積んだのは18袋だった。軟な体にはこんな作業でも腰が痛くなってくる。腰に負担がかからないようにするが、運搬もけっこうずっしりとくる。これだけの肥料をお金に換算するとけっこうな数字になる。ありがたい。

              

 しかも、里芋をダンボールひと箱分をその場で掘り上げていただいてきた。里芋はイノシシの好物なので今年も栽培を断念したものだった。同じ地域なのに、イノシシが出回る頻度はずいぶん違うのだ。そうして、わが家の空いている畑に運搬。つまり、わらの隣に置いたというわけだ。ただし、長く置いておくとシロアリが発生するので土壌に漉き込むスピードを速めて、土壌改良にしていきたい。都会とは違う田舎のつながりが快適だ。

           

 このところの都会の電車内での傷害事件が絶えないが、人間の孤立化・孤独化が侵攻している。もともと人間は孤独な存在なのだ。それを埋めていくのが人とのつながりだ。そのつながりは待っていても形成できない。みずからが働きかけないと獲得できない。地域に対して、相手に対して、自分なりにできることとは何かを考え無理なくやってみるということが要だ。

 そうしたなかで人との手応えやありがたさを実感できる。そんな波動を受けたのが例えば今回のわらであり肥料でもあった。過密から過疎への変転から、オイラが十年以上をかけて得た結果でもあった。それは自分が生きているという実感を持てることとは何かを試みる日々だったということでもある。  

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