

☆石橋山の戦いで、頼朝に対峙したが、頼朝に情けをかけ助ける
☆再起した頼朝に仕えることになると頼朝から信頼を得た

☆壇ノ浦の合戦前にも口論になり、刀を交える寸前だった
☆壇ノ浦の戦いが終息した後に、景時は頼朝に宛て、報告の書状を出す
(壇ノ浦の戦いに勝利できたのは神明の加護がの結果)
☆この書状が、義経を失脚させる引き金のひとつに在つたといわれている

☆景時の報告などで義経が失脚したゆえの結果である


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横暴者・狼藉を行つた者( 梶原景時)(『日本史”悪役”100人』記事より画像引用)
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