活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

最終目的地

2009-07-11 02:26:13 | 活字の海(書評の書評編)
著者:ピーター・キャメロン 新潮社刊 価格:2520円
訳者:岩本正恵 評者:江國香織
サブタイトル:それぞれの過去とふいに現れる未来

※ この書評の原文は、こちらで読めます



ある人を中心として、様々な登場人物が集い、また離れていく。

そうした小説は数多くある。
というよりも、殆どの小説は主人公を軸として、上記のような構成を
取っていると言えるだろう。

その中で、その中心となる人物が既に故人である、というパターンも
無いことは無い。


今は、既にいない人。

その人の思わぬ側面や思いが、様々な人から語られる言葉により
紡ぎ出されてくる。
その結果、それまでとは全く異なる故人の像が浮き上がってくる。

そういった物語の手法も、有りだとは思う。


それでも…。
その場合でも、フォーカスが当てられる人物といえば、その故人
という構図は確立している。

それはまるで、太陽の光を見るのに、直接目視するのではなく、
サングラスを通して間接的に見るようなものと言えるかも知れない。


ところが。
この小説の場合、趣をやや異にする。

主人公は、既に故人となっている作家。
彼の伝記を書こうと、主人公の青年が、故人に所縁(ゆかり)の
ある人々と接触していく。

その人々とは、作家の兄、妻、そして愛人である。

彼らは、それぞれに複雑な人生の背景を持って佇んでいる。

例えば、兄はホモ・セクシャリティであり、かつては男娼をして
いたという過去を背負いながら、今はパートナーの男性と共に
暮らしている。

画家である妻と、作家の愛人の場合は、更に複雑である。

なんと二人は、その愛人の幼い娘と共に、一つ屋根の下に暮らして
いるのだ。

そこに流れる時間の濃度は、当事者にしか判らないものだろう。

そして。
そうした三人を結び付けているものは、故人である作家という存在
なのだ。

彼がいなければ、彼ら三人が集うことは有り得なかった。
そうした三人を通して、主人公の青年は作家の実相に迫っていこう
とするが、それは冒頭で挙げた事例のように、サングラスを通して
太陽を見る、というよりは、太陽に照らされた月を見ることで、
太陽を理解しようとするようなものなのかもしれない。

月は、月として確かに存在している。
にも拘らず、その存在は、太陽の光があってこそ、初めて虚空に
その姿を浮き上がらせることが出来るのだ…。


元より、作者は彼ら三人を、単なる太陽を移すための鏡として
捉えてはいない。

月は、自ら光り輝くことは出来ないまでも、確かにそこに存在
している。
そして、その存在に気づくことが出来たものだけが、眩い太陽の
光の反射に惑わされることなく、月そのものの美しさを知ることが
出来るのである。


但し。
月が、自ら光を発しようとしれば。
それは、月が月でなくなる時である。

三人は、それぞれが故人である作家を通して人生が縒り合わされて
いた。
彼、あるいは彼女達が、作家の月である限りは、その関係は持続
出来たのかもしれない。

それが、青年の登場と共に、緩やかに変化を始めていく。

というよりも。
青年は、あくまできっかけだったのだろう。

もう表面張力の限界まで溜まっていたコップの水に、最後の水滴が
滴り落ち、それを共にコップから静かに水が溢れ出てきた。

それでも、それによって静から動に転じることが出来た水は、
幸せだったのだ…。

こうした展開を見たときに。
この小説における、真の主人公は誰なのだろう?と思わずには
いられない。

誰一人を取ってみても、主人公であるとも言えるし、そうでない
とも言えるだろう。

ただ、南米ウルグアイの小さな美しい町に暮らす彼らの人生を、
淡々と、だが丹念に織り込んでいく作家の力量は素晴らしいと
思う。

その筆力を、評者はこう評して書評を締めくくる。

「ためいきがでるくらい美しい小説だった。」

最高の、賛辞だと思う。


(この稿、了)




最終目的地 (新潮クレスト・ブックス)
ピーター キャメロン
新潮社

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今、築き上げている繋がりって、ほんとはどんなものなんだろう?
人と人との関係に疲れた時に、読んでみたくなる一冊。
きらきらひかる (新潮文庫)
江國 香織
新潮社

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