活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

孤児たちの城

2009-04-22 23:39:45 | 活字の海(書評の書評編)

著者:高山文彦 新潮社刊 価格:1680円
評者:若島 正 毎日新聞 2008年11月23日 東京朝刊
サブタイトル:ジョセフィン・ベーカーと囚われた13人
書評サブタイトル:愛憎の軌跡が問いかける生の意味

※ この書評の原文は、こちらで読めます


ジョセフィン・ベーカー。
1906年に生まれ、1975年に逝去。
正に、20世紀の只中を、数奇な運命の下、生きた女性。

歌手やダンサーとしての成功譚はともかくとして、何よりも特筆
すべきことは、彼女が作ろうとした理想郷であろう。

人種差別(しかも、自分が生まれた祖国アメリカにて!)を、
その決して恵まれたとは言えない人生のとば口は元より、
フランスでの成功の後も受け続けてきた彼女が、まるでその
想いのはけ口を求めたかのようにフランスの古城を買い取って
営んだ世界。通称「虹の部族」。

それは、世界中から様々な人種の孤児たちを集めて作った擬似
家族。
その数は12名にも及ぶ。


本書のサブタイトルは、「ジョセフィン・ベーカーと囚われた
13人」。

一人多いのではないか?という問いにも、ちゃんと答えは用意
されている。

彼女の理想郷に魅入られたように、「虹の部族」を追い続け、
自らを十三番目の息子と称した男を加えての、13人なのである。


彼女の擬似家族の長男は、アキオ。
その名のとおり、日本人である。

その彼に対するインタビューの中で、彼は母であるジョセフィンに
対する複雑な胸中を吐露する。

そこで語られる「虹の部族」の実態は、センセーショナルなもので
あり、決して理想郷などではなかったとされている。

それが真実なのかどうか。
それを語る資格があるのは、実際に「虹の部族」の一員として生を
育まれた12人と、ジョセフィン・ベーカーその人のみではないか?

ただ、それを乗り越えようとばかりに、想いを募らせて彼女達を
追いかけた十三番目の息子も、いるにはいたが。

いずれにせよ、彼女が為しえようとしたことを、また求めようと
したものを、論(あげつら)い、汚すのは容易(たやす)い。

ただ一つだけ、はっきりと言えることは、彼女が手を差し伸べなければ、
12人の孤児たちにどのような人生の先行きがあったのか?という
ことである。

自らは、何も行動を起こさず、ただ人の為した道を嫉み、否定しようと
する行為ほど、さもしいものはない。

ジョセフィン・ベーカーは、12人の孤児たちを救おうというよりも、
自らの魂を救うための便(よすが)として、彼らを利用したのかも
しれない。

それは、6度の結婚生活を経てなお、魂の安息の座を得られなかった
絶望的な孤独の淵に常に立っていた彼女にとって、生きるための
唯一の方途だったのかもしれない。

ただ、その一方で、その彼女のエゴにより、確かに生き延びることが
出来た命も有ったのである。

そうした命が寄り合い、離れていきながらもなお、惹かれ合う様は、
確かに他の何物をもっても代替出来ない、濃密な繋がりを生み、
育んでいった。

これこそが、ジョセフィン・ベーカーが求めていたものであり、
他者がそれを忖度(そんたく)すべきものではないのだ、と思う。

人はどこから来て、どこへいくのか。

その、人が生きる上での根源的な問いを、彼女の人生を垣間見る
ものは、突きつけられるだろう。

だからこそ、20世紀初頭のパリに生きた著名人たち(アーネスト・
ヘミングウェイ、ボードレール、ピカソ等々)も、魂を震わせて
彼女に傾倒したのだと思う。


波乱に満ち、魂の飢餓に苦しんだ彼女が、「虹の部族」からせめて
ひと時の安らぎを得ていたことを、切に、願う。

(この稿、了)



Josephine Baker - Cha Cha Cha





孤児たちの城―ジョセフィン・ベーカーと囚われた13人
高山 文彦
新潮社

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黒いヴィーナス ジョセフィン・ベイカー―狂瀾の1920年代、パリ
猪俣 良樹
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歌姫あるいは闘士 ジョセフィン・ベイカー
荒 このみ
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