壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

落花

2010年04月14日 22時09分32秒 | Weblog
        扇にて酒汲むかげや散る桜     芭 蕉

 他人のことではなく、旅中の桜狩りにおける、自らの逸興(いっきょう)ぶりを句にしたものであろう。以前の「花の蔭謡に似たる旅寝かな」や次の句などで、能に思いを寄せていたことが知られるが、それも旅心のあらわれなのであった。

 「扇にて酒汲むかげ」というのは、桜の木蔭で、扇を以て酒を汲むしぐさをしている意。能とか狂言で、扇子をひろげて酒を汲むしぐさをするが、旅中のこととて携えた酒もないままに、花を見ながら興じてそれをしているのである。
 「かげ」は蔭。ただし影とする説もある。
 「(散る)桜」が季語で春。
        
    「桜の木蔭に花をたのしみながら、能の趣をまねて、扇子で酒を汲むしぐさをしていると、
     折しも花がこぼれかかって、ひとしお興を添えることだ」


        声よくはうたはうものを桜散る     芭 蕉

 落花の趣に見入っている姿である。句の発想は「扇にて酒汲むかげや散る桜」と表裏をなすような感じがある。「扇にて」は、横から自分を眺め、「声よくは」は、心中を言いあらわす発想なのである。

 「声よくは」は、仮定条件を表すが、謡曲などと同じく、「は」は濁らないで読んでおく。
 「うたはう」は、謡(うたい)をうたおう、の意であろう。
 季語は「桜(散る)」で春。
    
    「桜がひらひらと散っている。もし自分がよい声であったら、しかるべき謡曲の一節
     なりとうたいたいところであるが……」


      散る花の連綿体に似てかろし     季 己