壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

春もやや

2010年03月18日 22時54分28秒 | Weblog
        春もややけしきととのふ月と梅     芭 蕉

 画賛として発想された作と考えられるが、春のほのかな充実への推移が、たしかな観照の眼でとらえられている。冬の気分から、丹念に見据えられていた季節の呼吸が感じられ、悠揚せまらぬ位を備えて口調もまた優雅である。
 しかし、このたおやかな調子は、観照の裏づけを欠いた場合には、月並のゆるみへ転落する危険を蔵していることも否定できない。
 元禄六年一月中旬、許六亭における俳画の遊びの際の画賛であろう、といわれている。

 「やや」は、時間的推移をふくめて、ようようというほどの意に解したい。
 「けしきととのふ」とは、春らしい気色がととのってきた感じをいう。深い観照に裏づけられた把握である。
 「春」・「梅」ともに春季をあらわすが、「梅」がよくはたらいている。

    「冬の名残の著しかった春も、うるんだ月や咲き初めた梅によって、ようよう春らしい感じが
     ととのってきたことだ」


      おもひ出のやうに像あり花固し     季 己