大伴旅人
わが命も 常にあらぬか 昔見し
象の小河を 行きて見むため (『万葉集』巻三)
吉野川右岸の上市から、四キロメートル余り吉野川をさかのぼると、吉野の宮の跡と推定されている宮滝があり、その対岸に喜佐谷がある。
象(きさ)の小河は、吉野山中に発してこの喜佐谷を流れ、吉野川に入る川だとされている。
この歌は太宰師(だざいのそち)大伴旅人が、筑紫太宰府にいて詠んだ五首の中の一つである。
一首の意は、「わが命もいつも変わらずありたいものだ。昔見た吉野の象の小河を見んために」というので、「常にあらぬか」は文法的には疑問の助詞だが、このように疑うのは希(ねが)う心があるからで、結局、同一に帰する。
「昔見し」という経験は、大和の宮廷の方々は、しばしば吉野の宮に行幸されたので、その時に旅人は、何度か天皇に従って、吉野を訪れているのであろう。そして、年を経て、命を長らえて寧楽(なら)の京(みやこ)に戻り、もう一度、象の小河を見たいものだ、というのだ。
この歌はわかりやすい歌だが、平俗でなく、旅人の優れた点をあらわし得たものであろう。哀韻もここまで目立たずにこもるのは、歌人として第一流であるからであろう。
陀羅尼助 口にふくむや蚯蚓鳴く 季 己
わが命も 常にあらぬか 昔見し
象の小河を 行きて見むため (『万葉集』巻三)
吉野川右岸の上市から、四キロメートル余り吉野川をさかのぼると、吉野の宮の跡と推定されている宮滝があり、その対岸に喜佐谷がある。
象(きさ)の小河は、吉野山中に発してこの喜佐谷を流れ、吉野川に入る川だとされている。
この歌は太宰師(だざいのそち)大伴旅人が、筑紫太宰府にいて詠んだ五首の中の一つである。
一首の意は、「わが命もいつも変わらずありたいものだ。昔見た吉野の象の小河を見んために」というので、「常にあらぬか」は文法的には疑問の助詞だが、このように疑うのは希(ねが)う心があるからで、結局、同一に帰する。
「昔見し」という経験は、大和の宮廷の方々は、しばしば吉野の宮に行幸されたので、その時に旅人は、何度か天皇に従って、吉野を訪れているのであろう。そして、年を経て、命を長らえて寧楽(なら)の京(みやこ)に戻り、もう一度、象の小河を見たいものだ、というのだ。
この歌はわかりやすい歌だが、平俗でなく、旅人の優れた点をあらわし得たものであろう。哀韻もここまで目立たずにこもるのは、歌人として第一流であるからであろう。
陀羅尼助 口にふくむや蚯蚓鳴く 季 己