梅が香や見ぬ世の人に御意を得る 芭 蕉
『続寒菊』に、「此の句は、楚舟亭におはしたる時、はじめて見(まみ)えたる人に対してとの端書有り」と注記して所収。
楚舟は江戸の人。『炭俵』・『別座鋪(べつざしき)』などに句が見えるが、詳しいことはわからない。芭蕉晩年の門人と思われる。
「御意(ぎょい)を得(う)る」という口調のおもしろさに、自らひかれた発想だといえよう。発想に若いところを残しているので、貞享年代の作と考えられる。
「見ぬ世の人」というのは、『徒然草』などに、「見ぬ世の人を友とする」とあるように、ゆかしい古人の意でいったもの。
「御意を得る」は、「お目にかかる」あるいは、「お考えを承る」という意。ここでは前者。あらたまった侍口調に、狂言などのような軽い味がある。
季語は「梅(が香)」で春。『徒然草』にも、「花橘(はなたちばな)は名にこそおへれ、なほ、梅の匂ひにぞ、いにしへのこともたちかへり恋しう思ひいでらるる」とあり、古(いにしえ)をしのぶよすがとして梅が生かされている。
「初めてお目にかかる人だが、折から匂いたつ梅に惹(ひ)かれるように、高風まことに
敬意を禁じ得ない。遠い昔の由ある人にお目にかかる思いがする」
きのう、盆梅が二輪開花した。きょうの暖かさに、白い花がまた二つひらいた。二階のベランダに置いてあるのだが、間もなく八十九歳になる母のために玄関に移した。というのは表向きで、二階の部屋はまだ片付けていないので、それを見られたくないから……。
午後、『窪田元彦写真展』(銀座・画廊宮坂)へ行く。「画廊宮坂」は不思議な空間である。今日も、とても素敵な方の御意を得た。
宮坂さんの『画廊は小説よりも奇なり』に、「奥さんを大事にしろよ」で登場する古池國雄さんが、その人である。今年九十歳になられる古池さんとは初対面であるが、お噂はかねがね宮坂さんからうかがっていたので、旧知の間柄のように感じてしまった。
今も現役で、重要な役職についておられる古池さん。ふつうなら変人など、お近づきになれない方なのだ。古池さんのすぐれたお人柄に、感服のしどおしであった。
ヴェネツィアの海 白梅の花明り 季 己
『続寒菊』に、「此の句は、楚舟亭におはしたる時、はじめて見(まみ)えたる人に対してとの端書有り」と注記して所収。
楚舟は江戸の人。『炭俵』・『別座鋪(べつざしき)』などに句が見えるが、詳しいことはわからない。芭蕉晩年の門人と思われる。
「御意(ぎょい)を得(う)る」という口調のおもしろさに、自らひかれた発想だといえよう。発想に若いところを残しているので、貞享年代の作と考えられる。
「見ぬ世の人」というのは、『徒然草』などに、「見ぬ世の人を友とする」とあるように、ゆかしい古人の意でいったもの。
「御意を得る」は、「お目にかかる」あるいは、「お考えを承る」という意。ここでは前者。あらたまった侍口調に、狂言などのような軽い味がある。
季語は「梅(が香)」で春。『徒然草』にも、「花橘(はなたちばな)は名にこそおへれ、なほ、梅の匂ひにぞ、いにしへのこともたちかへり恋しう思ひいでらるる」とあり、古(いにしえ)をしのぶよすがとして梅が生かされている。
「初めてお目にかかる人だが、折から匂いたつ梅に惹(ひ)かれるように、高風まことに
敬意を禁じ得ない。遠い昔の由ある人にお目にかかる思いがする」
きのう、盆梅が二輪開花した。きょうの暖かさに、白い花がまた二つひらいた。二階のベランダに置いてあるのだが、間もなく八十九歳になる母のために玄関に移した。というのは表向きで、二階の部屋はまだ片付けていないので、それを見られたくないから……。
午後、『窪田元彦写真展』(銀座・画廊宮坂)へ行く。「画廊宮坂」は不思議な空間である。今日も、とても素敵な方の御意を得た。
宮坂さんの『画廊は小説よりも奇なり』に、「奥さんを大事にしろよ」で登場する古池國雄さんが、その人である。今年九十歳になられる古池さんとは初対面であるが、お噂はかねがね宮坂さんからうかがっていたので、旧知の間柄のように感じてしまった。
今も現役で、重要な役職についておられる古池さん。ふつうなら変人など、お近づきになれない方なのだ。古池さんのすぐれたお人柄に、感服のしどおしであった。
ヴェネツィアの海 白梅の花明り 季 己