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松平郷周辺FW -2-

2024-05-07 07:25:25 | 取材・旅行

松平郷周辺FW -2-

令和6年5月5日、いつものメンバー(積知積徳会)で、松平郷周辺へFW(フィールド・ワーク)に行ってきました。その様子を10回にわたってお知らせしています。

今回の訪問地です。

第2回 大給(おぎゅう)松平家とは

昨年1月3日に、NHK「日本最強の城」でこの大給城址が紹介されました。15世紀末の築城で三河を武田や尾張(織田・豊臣)から防衛するための山城です。
徳川家のルーツ、松平郷 の西北西3kmです。

西隣の岩谷山が、ロッククライミング出有名な岩場があることでわかるように、この辺り一帯は、花崗岩の岩山です。

その知識があると、分かりやすい岩城です。

現地の案内板です。

図をアップしてみましょう。

文字部分を起こしてみます。


大給城址 

大給城址は、西方眼下に九久平の集落を見下ろす標高二〇四メートルの急峻な山上に築かれている。九久平は足助街道と新城街道との交差点であると同時に、巴川の水運と陸上輸送との中継地でもあるという交通の要衝であった。
城の東西には、尾根づたいに攻めて来る敵の侵入を防くために、堀切A・Bを設けている。東側からの進入路を通ると、門や櫓などで防御された虎口(入口)を抜け、曲輪2を経て主郭1へと至る。 城内のいたる所には
花崗岩の巨石が見られ、主要な部分は石垣で固められている。Fは物見岩と呼ばれ、ここからは尾張の国をはじめ遠く鈴鹿の山々を望むことができる。岩上には一辺数センチメートルの穴が並んでいるが、いつ何のために開けられたかは不明である。DEは石垣を駆使して谷に設けられた大規模な取水施設である。主郭1から南に下ったところにある3は城主の館跡と考えられる。
本城は、もと土豪長坂新左衛門の城であったが、岩津(岡崎市)に進出した松平宗家三代の信光が攻略し、三男親忠 (松平宗家四代)に与えた。 親忠は細川城(岡崎市)とともにこれを次男乗元に譲り、乗元が大給松平氏
の初代となった。大給松平二代乗正は永正七年(1510)までに城の大修築を行った。以後、乗勝、親乗、真乗、と続き、天正一八年(1590) 六代家乗のとき徳川家康の関東への国変えに伴って上野国(現群馬県) に移り、大給城は廃城となった。


いわゆる土塁ですが、実は、岩が積んであります。

普通は、堀を掘り、その土を積み上げて土塁にするのですが、ここは岩盤なので掘れないと思います。

そこで、大量にある岩を積み上げる方法で守りを固めています。

 

巨石が目立ちます。

虎口です。

曲輪です。

堀切です。

この高さの違い!

少しボケています。

「土塁」と書かれていますが、実質「岩塁」です。

そもそも大給松平氏とは?

いただいた資料には次の図が載っていました。

松平氏の初代は親氏

この話は後日説明します。親氏からは酒井氏が出ています。(酒井忠次は家康の親戚筋です)

その弟、もしくは嫡子が2代目泰親

ここから松平郷の信広と大活躍した3代信光に分かれます。

信光には子どもが48人おり、征服した土地を次々に子に与えます。

宗家である三男親忠の他、

次男 竹谷松平家 守家

四男 形原松平家 与福

五男 大草松平家 光重

七男 五井松平家 忠景

八男 能美松平家 光親

長男or弟 長沢松平家 親則

に分かれます。〇〇は、その地名です。

親忠からは、本来宗家の 岩津松平家 親長 信光の長男説(「三河物語」)もあります。

後に宗家となる安祥松平家 長親 

二男と思われる 大給松平家 乗元 

西福釜松平家 親光

滝脇松平家 乗光

まだまだ続きます。

大給松平家 は、松平氏の庶流にあたる十八松平の一つですが、江戸時代には7人の老中排出した他、譜代大名4家が出て、維新後には4家とも華族になりました(伯爵家1家、子爵家3家)。4家のうち2家は明治以降大給(おぎゅう)に改姓しましたが、十八松平のうちでも、本家の次に繁栄したと言えるでしょう。


明日へ続きます。

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