青裸々日記 Aorara Diary

真面目で一生懸命な人に寄り添うブログです(^^/
あったかい未来が、きっと待っています。

こだま680号

2010年09月09日 20時58分54秒 | 雑感、雑記
 こんにちは。
 今日もありがとうございます。



 あっという間の静岡へのお墓参り旅行。
 泊まっていきたい気持ちを抑えつつ、
 東京へと帰ります。

 自分を見つめ直す、よい旅行になりました。
 現実を少しでも希望の持てるものに。
 誰かに必要とされる、ステキな人であるように。

 お寺の方に
 「がんばります」
 と言ったら、
 「がんばらなくていいんですよ」
 と、返していただきました。
 また、
 「いいことありますよ」
 とも。


 ありがたいお言葉にいろいろと思う節があって、
 感謝や感想が言葉になりません。

お墓参り。

2010年09月09日 17時59分23秒 | 雑感、雑記
 こんにちは。
 今日もありがとうございます。



 少し情けなくも、心の温まるお参りでした。
 私のご先祖様は静岡なのですが、
 いろいろと思うところがかあって、時間を作り、お参りしてきたわけです。


 何が情けないかと言うと、
 感謝と言うよりお願いごとが胸にあったからです。

 私自身、振り返ってみると自分のためだけに生きていたんじゃないかと思う場面があるわけです。
 でも、それって実は不幸なことなんじゃないかと。


 だから、私がお参りした時に胸にあった、
 本当の理想の話をしてみたいのです。

 毎日の生活でも、仕事でも、人間関係でも、
 私が必要として、向こうにも必要とされる関係で、
 こちらの持てるものを最大限に出していくのが、
 私に限らず人間にとって最高の喜びであり、幸せの一つです。
 お互いの「売り」をお互いが必要とすれば、
 それは幸せだし、
 不思議な位、力が生まれるもの。
 しかし、現状はというと、
 「お互いに」という状態にならなかったり、
 こちらの力が及ばなかったり、
 「必要」は「必要」だとしても、その質や方向、意味が違ってしまったりと、
 どうも噛み合わない感じがあって…。

 それで、私が必要とするものからもっと必要とされれば、
 もう少しは力を出せるんじゃないかなあ、と思って、
 せっかくいただいた人生、
 好転しますように、
 人の幸せのために力を使えますようにと、
 少し図々しくて申し訳ないと思いながらも、
 お参りしてきたんです。


 そして、帰る時のこと。

 お寺の方にごあいさつしたところ、
 「お茶でもいかがですか!?」と、
 わざわざご丁寧に迎えてくださったのです。
 かなり良心的な方で、いろいろと話してくださり、
 一人でお参りに来た身としてはものすごくうれしかったです。
 そういうわけで、お参りをした私の少し情けない理由も含めて、
 こちらのこともしっかりとお話ししてきました。
 写真はお寺でいただいた御数珠で、
 「みんな一人じゃないからね」
 「無理にがんばらなくても大丈夫ですよ」
 などと、あたたかいおことばをいただきました。


 今度はもう少し明るい顔で、
 何か感謝のご報告が出来ればと考えています。


 やはりお墓参りって、実際にしてみると心境が変わるもの。
 なんだかお寺を離れてからのほうが、
 いろいろと考えさせられる気持ちになっています。


 皆さんもお墓参り、ぜひされてみて下さい。

素直。

2010年09月09日 12時10分14秒 | 青裸々日記。
観音崎(神奈川県横須賀市)

 こんにちは。
 今日もありがとうございます。



 「素直」というのは、つまりはどんな性格のことを指すのでしょうか。
 少し考えてみましょう。

 私達は素直な人に憧れ、また同時に嫌悪感も抱いてしまうものです。
 なぜでしょうか。
 少し考えてみましょう。

 素直な人になるということはメリットもデメリットもあります。
 具体的にはどんなことがあるでしょうか。
 少し考えてみましょう。


 …と、意地悪とも取れる文言を書き連ねてみましたが、
 これは私が素直な気持ちで書いたからです。
 つまり、「皆さんにたくさん考えていたきたい」という気持ちを、
 ストレートに表現したかったからです。


 …というわけで、本題に入りましょう。


 ☆ ☆ ☆

 素直な人というのは、簡単に言うと「感情をそのまま表に出す人」のことを言います。
 善悪や好き嫌いに関して、素直な人ほど、感じたままを言えるわけです。
 逆に言えば、素直になればなるほど他人の気持ちに配慮などしなくなる側面があるわけで、
 それが素直な人の長所でもあり、欠点でもあるわけです。


 こんな説明は、もしかしたら不要かもしれません。
 他人の素直さ加減は、簡単に感じ取れるからです。
 しかし、自分に対してどれだけ素直かは、
 自分でも意外とよくわかっていないものです

 私達は一日に、数万とも言われる数の感情を胸に抱くそうです。
 当然、ネガティブなものも残念ながらあります。
 そのネガティブな感情の取り扱い方に関して、
 実はこの「素直さ」が鍵を握っているのです。

 つらい、苦しい、淋しい、嫌いだ、
 こんな有象無象の嫌な感情、出来れば誰だって触れたくありませんし、
 嫌な気持ちになる弱い自分がまた嫌だ、ということだって、多かれ少なかれあるでしょう。
 しかし、自分の感情をごまかし、嘘をついたり無視をし続けていると、
 多少は耐えられるにせよ、
 自分が本当に傷ついた時に対処が出来なくなってしまうのです。
 例えばは私は皮膚が弱いのですが、
 アレルギーが出ても「痛くない」と無理をしていれば、
 結果は明らかです。
 相次ぐ症状に、いつか悲鳴を上げること請け合いです。
 そうであれば、早い段階で痛みに気づけば、
 それだけ早くなんとか出来るわけです。


 嫌な感情にしろ、よい感情にしろ、
 一度感じてしまった感情は、もうどうしようもないのです。
 それよりも、感情の処理をして、物事の感じ方をポジティブにしていく、
 いわばリカバリーが必要なわけです



 他人を思えばこそ、素直は時として必要にも邪魔にもなってしまうもの。
 しかし、だからこそ素直であることが物事を好転させるきっかけになることが、
 盲点になって隠れてしまいがちです。


 素直な心は、表に出さなければ自分の味方になるのです。
 なにせ、自分とは一生付き合っていかなければならないのですから。

新幹線に乗ります!

2010年09月09日 12時05分05秒 | 雑感、雑記
 こんにちは。
 今日もありがとうございます。



 早い速い新幹線(←誤変換ではありません)。
 私が乗っているのは【こだま651号】の名古屋行き。
 まだ行き先は内緒です。
 なんかやっぱり富士山が見える側から席が埋まってます(笑)


 スピード感がステキですよね。
 何回でも乗りたいです。

無条件の愛。

2010年09月09日 11時04分17秒 | 青裸々日記。
観音崎(神奈川県横須賀市)

 こんにちは。
 今日もありがとうございます。



 「皆さんはありのままで愛される存在です」、
 こう言われると、楽になるでしょうか!?
 あるいは、怖くなってしまうでしょうか!?

 私はどちらも正しいのだと思います。


 ☆ ☆ ☆

 「無条件で愛される価値がある」というと、
 いろいろな疑義が出てくるのが自然でしょう。
 たとえ捨て鉢になって、
 どんなに不摂生を働いても、
 どんなに堕落しても、
 どんなに悪いことをしても、
 それで愛されるというというならば。


 …現実があまりに厳しいと思うほど、
 無条件の愛というものが存在し、そして与えられるなら、
 最初はそれで楽でしょうし、安心感が沸いて来るでしょう。
 もとより、人によってはいくらでもだらけ、悪い言い方をすると腐るんだと思うんです。


 しかし。

 気分が悪いんですよね、悪い方向に向かっていると。
 人に嫌がられても、
 怠惰を働いても、
 何を傷つけても、
 それで許され、愛されるわけです。
 逆に言えば、
 人に好かれても、
 努力を重ねても、
 誰かに愛情を注いでも、
 結果は同じ。
 無条件に愛されるわけです。

 そこで、もう一度「無条件に愛される」というところに立ち戻ると、
 単に「よいことだからよいことを選ぼう」というシンプルな考えに至り、
 もはや「〇〇のために」などという下世話な望みは消失している
ハズです。
 ここなんです、無条件の愛が大切な理由は。


 ☆ ☆

 心の貧しい時代だ、と言われます。
 思いやりがなくなり、
 自分から愛情を注げる人を見なくなり、
 逆に、誰かからの好意を求めるばかりか、
 いつも愛されていないと不安だという人がいる位です。
 その中で、ただでさえ曖昧な善悪の基準が
 「なにをしてもよい」 
 「幸せならよい」
 という、利己的としか呼べないようなものに変質しているという指摘があります。

 100%、心の綺麗な人はいないかもしれない。
 無条件の愛なんて、実際には考えられないかもしれない。
 しかし、「自分さえよければ」という利己的な価値観に走るあまり、
 「よいことだからする」
 「善意は気持ち良い」
 こんな人として自然な美しい部分でよいことを出来ないというのなら、
 つまり、条件がないとよいことを出来ないというのなら、
 きっとその社会や関係は破綻、ひいては崩壊に向かうしかないと思うんです



 無条件に愛されるということは、
 つまりは善悪の基準を自分で決められるということです。


 「無条件の愛」というのは、
 本当は私達が想像しているようなものとは違うものかもしれません。

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