酒酒楽楽

酒店のオバちゃんが、商工会活動や家族のことなどをマイペースで綴っていきます。

アレから3年11ヶ月

2015-02-11 16:23:31 | がんばっぺ福島!!
  
部屋の中で咲いたガーベラ(撮影:2015.2.8)

*写真は全てクリックで拡大します。


早いものでアレから3年11ヶ月。
昨年3月に義母が他界したため、親子3人で変わりなく元気に暮らしております。

先月受けたホールボディーカウンターによる内部被ばく検査は、
三人とも「検出されず」という想定内の結果通知書が届き、安堵しているところです。
 
あの当時、
将来のある娘のことを、心の隅で案じながらの生活でした。
本人は、言葉には出さないものの、不安や悩みで真っ暗だったかも知れません。

そんな中、この約4年間の我が家の食生活は、
地元の全袋検査の米をはじめとして、実家からあるいは近隣のお客様からいただいた野菜、果物、漬け物等など
地産地消の食材が中心でした。
もちろん、お酒については特記するまでもありません。

この度の検査結果、体内にセシウムが全く蓄積されていないということ。
これは、前記、地産地消の食生活に間違いないことの証明です。

ノープロブレム。ぜ~んぜん問題ありません!


さて、今、特に美味しく思えるのはこちらの発芽玄米ごはんです。
胃腸の調子も良くなりますよ。



玄米を洗って10日ほど水に浸し、
毎日一回、水を取り替えながら発芽を待ちます。注)夏場は発芽が早いです

発芽が揃うのを待ってスイッチオン。

写真では発芽の様子が見えませんね。 マクロで撮るべきだったかな。


こちらは、最近の晩ご飯。カメラに残っていたものを掲載します。

      

左から
○豚モツの煮込み(トマト風味) ○ハンバーグなど ○寄せ鍋(プラス酒粕) ○和風ハンバーグなど


これからも地元の安心安全な食材を美味しく食べて、時には美味しいお酒も嗜みながら
元気に生きていきます。 ジャン!! 


<追記>

郡山震災アーカイブ~震災の記憶と記録を後世に~
に微力ながら協力することにしました。 


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19 コメント

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おはようございます (オヤジな私)
2015-02-12 09:00:14
ガーベラは神奈川県厚木市役所の入口に多く見受けられました。市の花かもしれません。手入れよく咲き誇っていました。

大震災から4年。
仮設住宅、置き去りにされた動物たち。先日もテレビ報道がありました。復興が遅々として進みません。中東支援もわかりますが、まずは自国の手当てがあってのことでしょうね。
友人の中には「戊辰戦争の後遺症?」というものまでいます。
まさかと思いますが、被災者の方々の安全、安心な生活を取り戻す最前の施策が見えてきません。

検査結果が良好でよかったです。
ほっとされたことでしょう。

記憶は時代とともに薄れていきます。
子孫のためにも、記録を残していくことは大切なことですね。
吉村昭さんの残した著書「三陸海岸大津波」
明治29年、昭和8年の津波、チリ地震津波の記録が克明に記されていました。
Unknown (m)
2015-02-12 15:54:59
はやいですね、もうすぐ4年になりますね。
風化させてはいけませんね。

私も非常持ち出し袋の整理をしましたら
すごくふるいかんぱんが出てきて。夫婦でもったいないから食べてみようって(笑)
油が回っていて食べられたものじゃない。でした。
それから全部を見直して準備をしましたよ。

検査結果がよくてよかったですね。
科学的に証明されると安心です。
もうすぐ4年 (tyakomama)
2015-02-12 19:17:02
最近、余震もなく、私の避難のリュックも、あれ?どこ?
そんな感じになってきました。

自分のことは、良いけど、孫たちは心配ですね。
食べ物は、気にしないで、地元のと、畑の物を食べています。
コメは、我が家の田んぼのを、届けていただいてます。
全数検査ということで、安心してますよ。
早いな!4年目 (清遊人)
2015-02-12 23:08:23
恐怖だったあの大地震、大津波から、もうすぐ4年目を迎えますね。東北地方の方々の気苦労や心労を思うと心が今でも痛みます。幸いに放射能汚染は時間が掛かりましたが何とか徐々にOKが出そうですね。阪神が丸20年、東日本が丸4年、この後は関東大震災が予定されており恐怖です。震災に備えておりますが、どうなる事やら。考えすぎたら夜も眠れません。(その割には熟睡しているようです)笑い。
4年め (東京老人)
2015-02-13 09:26:22
厚木の花は皐月ですが、いかにも平凡、ガーベラはいいですね、ちなみに木は紅葉です、
話がそれましたが、月日はずいぶん早いですね、震災のときニュージャージーのホテルにいました、それからの何日か、毎日テレビは朝から晩まで震災の報道でした、
放射能がたいしたことがなくて本当によかったですね、
放射能が強いデンバーでは日ごろ福島の10倍ぐらいあるようです。
まだ4年 (玉井人ひろた)
2015-02-13 11:41:09
あの震災直前に生まれた姪の息子は、つまりもう少しで4歳なんです。

まだ4年ですよ。
もうすぐ4年 (さっちゃん)
2015-02-13 15:00:56
昨日甲状腺がんが見つかった福島の子供とニュースで
見ました。やはり大人でも心配ですね。

医療センターへ4日間入院 上げ膳、据え膳の生活してきました。
あーあご飯の支度するの嫌だな~と

私も時々鍋物にしたり、野菜の煮物地区った時にお味噌と頂いた粕を使って料理します。
美味しくできます。
Unknown (マオ)
2015-02-14 00:47:03
あれからもうすぐ4年が経つのですね。
きちんと検査されているので
私は心配せず、何でもいただいてきましたが
若い人に関しては
不安や心配の気持ちでいっぱいだったことでしょう。
しかし、地元の食材の安全が証明されて
心から安心できますね
これからも
地元の食材を使っての美味しいお料理に腕をふるって下さいね。
美味しいお酒もね
☆オヤジな私様 (いっこんま)
2015-02-14 21:33:14
県外には、「全ての福島県民が東京電力からの月々の補償金をもらっている」と勘違いをしている人が多いと聞きます。あれは帰宅困難地域の人たちだけなんですけどね。

県内でも地域によって原発事故に関する温度差や考え方の違いもあるようですし。

多くの問題を抱えていて、時間が経てば経つほど難しくややこしくなっていくように思います。

ただ今言えることは、美しい自然の中で、美味しいお米、美味しい野菜や果物を食し、美味しいお酒や水を飲み、元気に生きていますということ。

震災後どのような生活をしていたのか?のインタビューを受けて、それに関する資料(ブログから拾った写真など)を提出したのです。
☆m様 (いっこんま)
2015-02-14 21:41:36
こちらではテレビや新聞で、常に被災地の様子が報道されていますが、県外はどうでしょうか?
多くの人たちも目はISだのオリンピックだのとそちらのほうへ行っているのではないでしょうか。

4年近くなりますからね~。
食料品は、詰めかえなければならないでしょうね。
もう準備されましたか?良かった~。
こうして時々話題にすることが大事なんですよね。

結果問題なし!でした。もう大丈夫です。

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