墓参の余った時間を利用して,穂高の碌山美術館を訪ねた。
美術館入口。10月25日撮影。「鐘の鳴る岡」のモデルになったとされている。
安曇野にはたくさん美術館があるが,高橋節郎記念美術館と並んで,この美術館が一番好きだ。
明治12年(1879年)に,当時の南安曇郡穂高村で生まれ,30歳で夭折した天才彫刻家,荻原碌山の珠玉の作品が並べられている。
重要文化財の「北条虎吉像」も素晴らしいが,やはり,同じ重文の「女」に目が行き,そこから離れがたくなる。わたしの言葉ではその素晴らしさは表現できない。言葉にすると嘘っぽくなる。素晴らしい,の一言にすべてを籠めたい。
この作品は,新宿中村屋の創始者で碌山の理解者,相馬愛蔵の妻,黒光への思慕がモチーフと言われることがある。そのことについて,畏友にして画家/彫刻家のF・Y君に訊ねたところ,そんな邪念はどうでもよろしい,とたしなめられた。
荻原碌山(守衛)を含む,安曇野の青春群像は,臼井吉見『安曇野 1~5巻』(ちくま文庫)に,小説として描かれている。碌山美術館には,その小説から受ける明治の雰囲気を感じる。
労働者。碌山美術館にて10月25日撮影。
入場者案内パンフレットより