読書備忘
竹下大学『日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語』中公新書 2019年
一昨年末の上梓だが,その後版を重ねている。
著者は,キリンビールの花育種プロジェクトを立ち上げ,アメリカの育種家への顕彰を受けている,育種の専門家である。すでにいくつかの著書を出しているらしいが,わたしはこれが初めて読んだ本だ。一言で言って労作である。丹念に資料を跳梁し,一冊の新書に,よくこれだけの情報を詰め込んだものと感心する。植物育種学専門を自認するわたしだが,ずいぶん勉強させられた。
取り上げられている作物は,ジャガイモ,ナシ,リンゴ,ダイズ,カブ,ダイコン,ワサビの7つ。それぞれについて日本での栽培の始まり,品種の変遷,それに関係した人々,品種の特徴が要領よくまとめられている。スーパーマーケットではお目にかかれない品種や,懐かしい品種が登場し,日本の野菜・果樹の奥深さを教えてくれる。食育の教材としても好適である。
例をダイコンにとろう。ダイコンはカブと並んで,世界に誇る日本文化である。品種の数,利用方法とも世界に類例のない豊かさがある。
取り上げられている品種(群)を列挙しよう。青首大根,宮重大根,尾張大根,方領大根,三浦大根,レディーサラダ,練馬大根,桜島大根,守口大根,聖護院大根,辛味大根,ねずみ大根,みの早生大根,亀戸大根,小瀬菜大根。品種群の中の個別品種についても気を配っている。
「大根足」というのは,江戸時代にできた言葉で,白首大根が主流だったころには,白くてすらりとしたという誉め言葉だったが,練馬大根や三浦大根ができてから太さを揶揄するようになったというようなエピソードも,随所に挟まれている。
JR亀戸駅近くにある亀戸香取神社には,亀戸大根をかたどった石碑があり,隣接する料理店「亀戸升本」は,復活した亀戸大根の料理を専門にしているという。この本を読んで,訪ねてみたいと思ったが,コロナにさえぎられて果たせないでいる。収まったらぜひ行きたい。
そんな気持ちを起こさせる本である。
柳家小三治さん
人間国宝の柳家小三治さんが亡くなった。81歳。まだまだお若い。好きな人がまた一人いなくなった。
40年ほど前になろうか,新宿の末廣亭に母を連れて行った。少しボケが始まっていた母は,いつもテレビで見慣れている小三治さんが,出囃子とともに高座に現れると,それを指さして笑いだし,笑いが止まらなくなった。小三治さんは困ったような顔で「まだなんにも言ってないですが」と言った。客席はワッと笑いに包まれ,母の笑いは収まった。
ありがとう小三治さん。ご冥福を祈ります。