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「風邪の神」は、かく教える

2016年12月09日 | 雑記帳
 小学校の教科書に、川崎洋の書いた「とる」という詩が載っている。「はっけよい すもうとる/こんにちは ぼうしとる」と始まる言葉遊び的なもので、「とる」という動詞の多義性をうまく表している。発展として子供たちに作らせる例として「ひく」がよく使われる。「ひく」も実にたくさんの意味を持つ語である。



 広辞苑では大項目が12あり、最初の「糸、紐などのはしを手で取りだして自分の方へ寄せる」という項目が、「手前の方へたぐって近づける」「抜き取る。抜き出す」等さらに細かく12に分かれる。その最後に「ひきこむ。風邪にかかる」が載る。いずれにしろ風邪を「ひく」の意味は「自分の方へ寄せる」の範疇にある。


 他の辞典においても「自分の体内に取り入れる。引き込む」(明鏡国語辞典)「吸い込む。風邪にかかる」(日本国語大辞典)と記される。本来感染する病気であれば「ひく」を使ってもおかしくないのに、何ゆえ「風邪」のみに使われるのか、インフルエンザであっても「ひく」は使われない。これは実に興味深い問題だ。


 かの文庫本の著者は、こう記す。「昔の人は、何か『風邪の神』のようなものが乗り移ってきてしまう現象だと思っていた」。あまりに一般的で、あまりに親しみやすい?この病気は、自分が招き入れたという感覚なのだろうか。そういえば以前読んだ本に、整体師として著名な野口晴哉の書いた『風邪の効用』もあった。


 よく「風邪そのものを治す薬はない」という。解熱や咳止めなど、部分的な個別症状は改善できても、全体を治癒させることはできない。要するに、風邪は治すのではなく「退く」のを待つしかない。つまり「引く」ことがないよう自らの身体を見つめよ、もし引いたらその訳を考えよ、という実に有難い病気なのだ。