日銀の「円防衛」利上げ、変化したロジック【播摩卓士の経済コラム】
2024/08/03 14:00TBS NEWS DIG
(TBS NEWS DIG)
日銀が7月の決定会合で、政策金利の0.25%への引き上げを決定しました。これまで日銀は、利上げの条件として、『安定的持続的な物価上昇率2%』という目標達成が見通せたら、と説明してきました。
しかし、今回は「円安による物価上振れリスク」に加え、『緩和の度合いを調整』という新たな理屈まで登場させ、そのロジックを大きく変えました。
2024/08/03 14:00TBS NEWS DIG
(TBS NEWS DIG)
日銀が7月の決定会合で、政策金利の0.25%への引き上げを決定しました。これまで日銀は、利上げの条件として、『安定的持続的な物価上昇率2%』という目標達成が見通せたら、と説明してきました。
しかし、今回は「円安による物価上振れリスク」に加え、『緩和の度合いを調整』という新たな理屈まで登場させ、そのロジックを大きく変えました。
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植田総裁「この辺でということ」
注目された決定会合、事前の予想では、「利上げ見送り」が多数派でした。それだけに、利上げ決定後の植田総裁の記者会見では、「なぜ、このタイミングで利上げに踏み切ったのか」と繰り返し質問されました。
会見終了間際に、植田総裁が自分の言葉で語った言葉が本音をよく表しています。
「新年度に入ってデータがある程度まとまってきたこと。すこし早めに調整した方が、後が楽になること。2%を超えるインフレがもう長く続いていて、さらに上に行くリスクもあることを考えると、この辺でということかと思った」と述べたのです。
これまで「物価目標」の「達成の確度」によって、利上げを判断していくとしていた説明に比べると、「この辺でということ」と、かなり「ざっくり」とした言い方で、理論派の経済学者である植田総裁の本来の姿とは違った印象を受けました。
利上げの最大の理由は、円安是正
この発言からは、今回の利上げを決めた具体的な理由は、円安であったことがうかがえます。
植田総裁は会見で何度も、輸入物価の上昇が物価を上振れさせるリスクに言及しました。
円安による物価上昇が消費を冷え込ませるとの懸念の声は、各界から出ていました。
4月に「円安は無視できる範囲」ととられかねない発言をして、いわば「痛恨のエラー」を招いた植田総裁としては、継続的な利上げ姿勢を示すことで、円安是正につなげたい思いがあることは間違いありません。
逆に利下げを見送れば、折角150円台半ばにまで円高方向に戻した円相場が、再び円安の逆回転するリスクもあったことでしょう。
もっとも、中央銀行が為替を目的に金融政策を変更したとは、表立って言えません。そこで持ち出されたのが、「金融緩和の度合いの調整」という新たなロジックでした。
「金融緩和の度合いを調整」という新たなロジック
金融緩和の度合いとは、実質金利のことを指しています。確かに日銀の政策金利は、マイナス0.1%から、3月に0〜0.1%、そして今回0.25%へと、合計0.35%引き上げられましたが、予想物価上昇率を差し引いた実質金利で見れば、むしろ金融緩和は強化されていると解釈できます。
デフレ時代の予想物価上昇率はゼロ%、今の予想物価上昇率を仮に日銀がめざす2%とすれば、デフレ時代の実質金利は、マイナス0.1%ですが、今は、0.25−2=マイナス1.75%、となります。
利上げにもかかわらず、実質的にはむしろ緩和が進んでいるので、少しずつでも調整する必要があるという論理です。
それ故、「少し早めに調整した方が、後が楽になる」という植田総裁の発言につながっているのです。
ロジック変更で、むしろ不透明感も
こうなると、どこまで実質金利で見た調整を行うのかと、市場は不安になります。
予想物価上昇率が本当に2%まで上がったのだとしたら、名目金利も2%まで上げなければ、実質金利は同じになりません。
「この辺で」と言われてしまうと、「物価目標の達成確度で」というこれまでの説明よりも遥かに曖昧なので、市場は疑心暗鬼になりかねません。
円安けん制の意味もあって、植田総裁が「引き続き金融緩和の度合いを調整していく」と発言したこと、さらに、過去30年で最も政策金利の高かった0.5%についても「特に壁とは意識していない」と述べたことも、そうした不安に拍車をかけたようです。
「2%物価目標」の“現実離れ”した解釈
このようにロジックが変化し、説明が複雑になってしまうのは、根本にある「2%物価目標」、なかんずくその解釈や運用が、硬直的過ぎるからでしょう。
例え、2%の物価上昇が目指すべき方向だとしても、現在は「安定的・持続的に実現するまで」と、かなり厳格に解釈されていて、「2%を超える消費者物価が2年以上に続いている」現在でさえ、「2%物価目標は達成されていない」と位置付けられているのです。
これは、一般国民の感覚からはかなりズレています。
消費者が毎日インフレに苦しみ、政府が物価高対策に何兆円も使っているのに、政府・日銀の公式見解は、未だ「デフレ完全脱却には至っていない」という位置づけです。
そうなると日銀としては、「金融の緩和状態は続ける」という建前を崩せず、自ずと「緩和の度合いを調整」といったわかりにくい表現を使わざるを得ない状況に陥っているのです。
今回の利上げは、円安の悪影響を考えれば十分妥当なものだと、私は考えています。
それだけに、利上げの理由や今後の見通しについては、より理解しやすい説明が必要だったように思うのです。
物価と賃金の「好循環」実現を願うあまり、悪い物価上昇(第1の力)と良い物価(第2の力)を分けて説明することにも、さして意味があるとは思えません。
「2%を超える消費者物価が2年以上続いているので、目標は一応の達成です。今後は、為替も含め物価、経済の状況を見ながら引き締めていきます」と言えれば、何とわかりやすいことでしょうか。
アベノミクスや異次元緩和といった「過去の看板」に傷をつけないよう気を遣うより、今の国民に説明責任を果たす方が、遥かに大切なことではないでしょうか。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)
植田総裁「この辺でということ」
注目された決定会合、事前の予想では、「利上げ見送り」が多数派でした。それだけに、利上げ決定後の植田総裁の記者会見では、「なぜ、このタイミングで利上げに踏み切ったのか」と繰り返し質問されました。
会見終了間際に、植田総裁が自分の言葉で語った言葉が本音をよく表しています。
「新年度に入ってデータがある程度まとまってきたこと。すこし早めに調整した方が、後が楽になること。2%を超えるインフレがもう長く続いていて、さらに上に行くリスクもあることを考えると、この辺でということかと思った」と述べたのです。
これまで「物価目標」の「達成の確度」によって、利上げを判断していくとしていた説明に比べると、「この辺でということ」と、かなり「ざっくり」とした言い方で、理論派の経済学者である植田総裁の本来の姿とは違った印象を受けました。
利上げの最大の理由は、円安是正
この発言からは、今回の利上げを決めた具体的な理由は、円安であったことがうかがえます。
植田総裁は会見で何度も、輸入物価の上昇が物価を上振れさせるリスクに言及しました。
円安による物価上昇が消費を冷え込ませるとの懸念の声は、各界から出ていました。
4月に「円安は無視できる範囲」ととられかねない発言をして、いわば「痛恨のエラー」を招いた植田総裁としては、継続的な利上げ姿勢を示すことで、円安是正につなげたい思いがあることは間違いありません。
逆に利下げを見送れば、折角150円台半ばにまで円高方向に戻した円相場が、再び円安の逆回転するリスクもあったことでしょう。
もっとも、中央銀行が為替を目的に金融政策を変更したとは、表立って言えません。そこで持ち出されたのが、「金融緩和の度合いの調整」という新たなロジックでした。
「金融緩和の度合いを調整」という新たなロジック
金融緩和の度合いとは、実質金利のことを指しています。確かに日銀の政策金利は、マイナス0.1%から、3月に0〜0.1%、そして今回0.25%へと、合計0.35%引き上げられましたが、予想物価上昇率を差し引いた実質金利で見れば、むしろ金融緩和は強化されていると解釈できます。
デフレ時代の予想物価上昇率はゼロ%、今の予想物価上昇率を仮に日銀がめざす2%とすれば、デフレ時代の実質金利は、マイナス0.1%ですが、今は、0.25−2=マイナス1.75%、となります。
利上げにもかかわらず、実質的にはむしろ緩和が進んでいるので、少しずつでも調整する必要があるという論理です。
それ故、「少し早めに調整した方が、後が楽になる」という植田総裁の発言につながっているのです。
ロジック変更で、むしろ不透明感も
こうなると、どこまで実質金利で見た調整を行うのかと、市場は不安になります。
予想物価上昇率が本当に2%まで上がったのだとしたら、名目金利も2%まで上げなければ、実質金利は同じになりません。
「この辺で」と言われてしまうと、「物価目標の達成確度で」というこれまでの説明よりも遥かに曖昧なので、市場は疑心暗鬼になりかねません。
円安けん制の意味もあって、植田総裁が「引き続き金融緩和の度合いを調整していく」と発言したこと、さらに、過去30年で最も政策金利の高かった0.5%についても「特に壁とは意識していない」と述べたことも、そうした不安に拍車をかけたようです。
「2%物価目標」の“現実離れ”した解釈
このようにロジックが変化し、説明が複雑になってしまうのは、根本にある「2%物価目標」、なかんずくその解釈や運用が、硬直的過ぎるからでしょう。
例え、2%の物価上昇が目指すべき方向だとしても、現在は「安定的・持続的に実現するまで」と、かなり厳格に解釈されていて、「2%を超える消費者物価が2年以上に続いている」現在でさえ、「2%物価目標は達成されていない」と位置付けられているのです。
これは、一般国民の感覚からはかなりズレています。
消費者が毎日インフレに苦しみ、政府が物価高対策に何兆円も使っているのに、政府・日銀の公式見解は、未だ「デフレ完全脱却には至っていない」という位置づけです。
そうなると日銀としては、「金融の緩和状態は続ける」という建前を崩せず、自ずと「緩和の度合いを調整」といったわかりにくい表現を使わざるを得ない状況に陥っているのです。
今回の利上げは、円安の悪影響を考えれば十分妥当なものだと、私は考えています。
それだけに、利上げの理由や今後の見通しについては、より理解しやすい説明が必要だったように思うのです。
物価と賃金の「好循環」実現を願うあまり、悪い物価上昇(第1の力)と良い物価(第2の力)を分けて説明することにも、さして意味があるとは思えません。
「2%を超える消費者物価が2年以上続いているので、目標は一応の達成です。今後は、為替も含め物価、経済の状況を見ながら引き締めていきます」と言えれば、何とわかりやすいことでしょうか。
アベノミクスや異次元緩和といった「過去の看板」に傷をつけないよう気を遣うより、今の国民に説明責任を果たす方が、遥かに大切なことではないでしょうか。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)