と警鐘を鳴らすのは、東京都渋谷区にある内視鏡検査専門医院「渡辺七六クリニック」院長で消化器内科医の渡辺七六医師。続けてこう語る。
「ピロリ菌は、除菌できても胃がんの発生リスクは残ります。もちろん、感染している時に比べれば確率は下がるものの、一度感染した人は、菌がいなくなったあとも、がんができやすい状況は残るのです」
複数の調査結果をまとめた研究報告によると、ピロリ菌を除菌することで34~35%の胃がん抑制効果が確認されているが、裏返せば6割以上の人にはリスクが残っていることを示唆する。
人間がピロリ菌に感染すると、数カ月後にはほぼ確実に慢性胃炎を発症する。そして、この状態が10年以上続くと、胃の表面に「萎縮」が起きる。
「“萎縮”というと、くしゃくしゃっと縮こまった様子を想像しがちですが、実際には胃の表面が、高齢者の皮膚のように薄くて弾力性のない状態になる。これががんの母地となり、分化型胃がんというタイプの胃がんを発症するのです」
胃がんにはもう一つ、未分化型胃がん(スキルスがんなど)というタイプがある。これも発症にピロリ菌が関与するものの、「萎縮」を経ずにがんになるので、こちらはピロリ菌を除菌することでリスクを大幅に下げることができる。
言い換えれば、ピロリ菌に感染して胃に萎縮をきたした人は、除菌後も胃がんのリスクは抱えているので、定期的な検査が不可欠――ということなのだ。
「ピロリ菌への感染の多くは、胃酸の力が弱い小児期です。感染しても、萎縮が始まる前に除菌できればいいけれど、若いうちは内視鏡(胃カメラ)検査を受ける人は少ない。多くはがん世代とよばれる中年期になって受けた内視鏡検査で初めて感染を知るのですが、その頃には萎縮が起きている。したがって、それから除菌に成功しても、がんのリスクは残るのです」
ピロリ菌除菌後の検査を受けずにいることで起きる問題は他にもある。「逆流性食道炎」だ。
逆流性食道炎とは、胃酸が食道に逆流することで食道に炎症が起きる病態のこと。
じつは、ピロリ菌を除菌した人に、逆流性食道炎が起きる危険性が高まる傾向があるというのだ。
「ピロリ菌を除菌すると胃酸の分泌量が高まるので、逆流した時の症状が出やすくなるのです。除菌した人の8~30%で逆流性食道炎が起きているという報告もあります」(渡辺医師)
逆流性食道炎は食道がんのリスクを高める。胃がんを未然に防ぐためにピロリ菌を除菌しても、食道がんになったのでは意味がない。
誤解を招くといけないので、繰り返す。
ピロリ菌を除菌することがいけないのではない。除菌した後も定期的な内視鏡検査をすることが重要――ということだ。除菌後も定期的に(ピロリ菌感染経験者であれば2年に1度程度)、内視鏡検査を受ければ胃や食道の病気を見つけることができるし、早期で見つけられれば重篤化を防げる可能性も高まる。
ならばなぜ検査を受けないのか――。
理由は単純で、「過去に受けた内視鏡検査がつらかったから」だ。
高齢者に比べて若い人は「嘔吐反射」(飲食物以外のものがのどに入ろうとしたときに起きる「オエッ」という反射)が強いので、若い人ほど胃カメラで苦しい思いをする。
「初めて経験した内視鏡検査でピロリ菌が見つかった人は、その時の苦痛が強烈な印象になっているので、『除菌したんだからもういいだろう』と、都合よく解釈してしまうようです」(渡辺医師)
ピロリ菌はたとえ除菌ができても、「感染していた」という事実は消せないし、それががんの温床となることを理解する必要がある。
渡辺医師のクリニックもそうだが、今は鎮静剤を使って行う「無痛検査」を実施する医療機関も増えている。何より、幸か不幸か年齢を重ねるほど嘔吐反射も弱くなるので、年齢を経るごとに、最初に胃カメラを飲んだ時よりは苦痛も小さくなっていくはずだ。
のど元過ぎれば胃カメラ忘れる――とまでは言わないが、取り返しのつかない事態になる前に、受けておいたほうがいいと思いますよ。