まんまるログ

融通性か?和・洋・中・無国籍・ジャンクとなんでも食べる胃袋と脳みそ。

地面の下に何かがいる…避難民の告白

2024年03月02日 | 日記
大晦日から元旦は大阪にいた。
元旦の4時00分ごろ…福井の鯖江を過ぎたあたりで車が揺れた。
津波警報が出ているらしい。
高速を下りて…渋滞に巻き込まれた。

警察車両が出てなにやら物々しい。

一般車輌の殆どが路肩で携帯電話を使っている。

能登半島でM7の地震が起きたらしい。
震源地は珠洲市。
友人との会話が突然途切れる。
「やばい やばい 今の大きい…」
その後 輪島 珠洲…どちらも連絡が途絶えた。

金沢までの道程の長い事。
コンビニエンスストアだけが開いている。

後は臨時休業…時間短縮営業。
里山海道が走れない。
陥没、断裂、どちらも…スマホに情報が入る。

通常の二倍以上の時間をかけて(脇道を抜けたり渋滞をかわしたり)して我が家についた。
瓦は落ちているが、家はなんとか立っていてくれた。
ほっと胸をなでおろす。
暗いので様子がつかめない。
家の中は本棚は倒れ、TVはおちています…食器も割れ花瓶も同じく。
とにかく明るくなってから…眠る場所と休むことを最優先。



断水だ。
今の所電気は大丈夫。
食糧もある。
水は山間の霊水がある。
洗濯も川でできる。
取り留めなく考えながら、家の中の片づけで右往左往。
日を追うごとに災害の様相が明らかになってくる。
これは大惨事だ。

震源地が二カ所だと解る。

水を確保すること(生活用水と飲料水)が仕事になる。
友人の殆どが避難所。
その後で二次避難。
水のない我が家には友人も呼べない。



町会の若衆が様子を見に来てくれる。
米と梅干と味噌はあるし…大丈夫やとお互いを励ます。
田舎の山暮らしのいい所。

輪島から金沢に避難したは揺れが起きた時にすぐに家の外に飛び出したそうで…

地面が動いていて竜か、大蛇か、とてつもなく大きな生き物の背中がくねくねしている感じがした…と言っていた。
とにかく死ぬ事を覚悟したとも言っていた。
彼女の家は全壊した。



地震発生から二か月が過ぎた。
震源地ではまだまだ予断を許さない状況が続く。
復旧のめどが立たない。

失うものさえ失ってなお、ひとはまだ誰かの指にすがる。
柔らかな皮膚しかないわけは、人が人の痛みを聴くためだ。

急げ悲しみ、翼に変われ。
急げ傷跡、羅針盤になれ。

まだ飛べない雛たちみたいに、僕はこの非力を嘆いている。

中島みゆきさんの歌が流れている。

非力な私だが、避難所で生活している人々が希望を持てるように心を寄せている。

畑の脇にある梅の木に白い花が咲いた。

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謹んでお悔やみ申し上げます

2023年12月30日 | 日記
心からご冥福を祈っています。

気を落とさないように…とか、ご愁傷様ですとか…言われてもしっくりこない。
ただ機械的に、痛み入ります…恐縮です。

生前の思い出を話している慰問客を迎えては、送り、迎えては送り出している。
その動作を繰り返しているだけで精一杯。
沢山の、思い出、逸話、感謝の意、涙が流れる慰問客の顔。
彼ら、彼女らの思いは、しみじみと沁みる。

他人にとっては面白い人だったろうし、面倒見も良かった。

慰問客の数だけ、故人の顔があり、悲しみの形がある。
「ねむさん」「合歓」「ねむちゃん」「合歓爺」

私にとって、合歓さんの存在は何だったのだろうか❔

和尚さんが、読経の合間に「ねむさん、あんたは我儘で滅茶苦茶な男やった」。
「そんでも、わしはねむさんが大好きやった」
そうつぶやいたとき、すすり泣きが上がった。
和尚の立ち居振る舞いに心が動く。

合歓さんが逝った事に悲しみは沸かない。
私は彼が嫌いだった。


皆様、いつも気に掛けて頂いて、助けてもらっています。
たくさんの人が合歓を送ってくれました。
バケツどころか、盥(たらい)をひっくり返したような土砂降りの雨の中、出棺でした。
皆が喪服と礼服を濡らしながら立っていました。
若い世代に痺れます。
その立ち姿に涙が流れます。
合歓が嫌がって泣いている…誰かが呟く。
それほどに大振りの雨でした。

どうぞ安らかに眠ってください。

悲しいという感情は抜け落ちてしまった。

そうこうしているうちに、初七日、二七日(ふたなのか)、四十九日と日々が過ぎてくれた。
涙も乾いて流れない。

ただ…喪失感だけがある。
身体の真ん中に大きな穴が開いたようだ。

私は、この人が嫌いだった筈なのに。


来年はどんな出来事が私を待っているだろか。

確かなことなど何一つないが、一つだけ言える。
私だけが残っているという事。

今年も暮れようとしている。
かかわってくれた全ての皆様へ。
お世話になりました。
心から有難うございました。

どうぞよいお年をお迎えください。
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党はヒトラーである。

2023年12月02日 | 日記
ヒトラーの為の虐殺会議…ハイドリヒを撃て…ナチスの時代の話の続きになる。

党はヒトラーである。
1942年、「非常時大権」が国会で承認される。

立法 司法 行政 そして軍事のすべてにおいてヒトラーは絶対権力を得た。
その上に国民の身分保障にかかわる一切の規定は、戦争終結まで効力を停止するとの決議がなされた。
アドルフ ヒトラーは個人で、ドイツ国民一人一人に至るまでの,生殺与奪の権を握ったのだった。

生かすも殺すも、与えるも奪うも彼の思うままに…。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

第一次大戦後のドイツ(敗戦国)は、いつ果てるとも知れない不況が続いて、社会には不安と混とんが漂っている。

時代は変動し、激動していた。
企業倒産が相次ぎ300万人以上の失業者が街に溢れる事態だ。

ヒンデンブルグ大統領は貴族の反発を抑えながら、共産主義者の台頭と革命を防ぐために、躍進目覚ましいナチスを利用しようとする。
そして、保守派の大団結を主張するが、貴族たちの利権争いが始まる。

1933年1月30日にナチ党の党首ヒトラーは、首相になった。
(ヒンデンブルク大統領は、ナチスが保守派と連立政権を樹立することを前提に、ヒトラーの首相任命書に署名)

ヒトラーのドイツの躍進はこの日が起点だ。

首相就任の二日後、ヒトラーの意向で国会解散…そして選挙。

2月27日国会議事堂が炎上。
(ヒムラーとハイドリヒはこの頃闇の工作を始めている…SS・SA)

又 ヒトラーはゲッペルスを使って、大衆迎合主義(ポピュリズム)の政治を行っていく。

親衛隊を使って恐怖政治も追行するが、この時期は明確な形は見えてこない。

1934年8月2日、ヒンデンブルグ大統領が死去。

ヒトラーは、首相と大統領の権力を併せ持つ権力者になった。




タイトルのあとの言葉は、ドイツはヒトラーであり、ヒトラーがドイツである。
と続く。

敗戦国・大いなる借金・大恐慌・膨大な数の失業者・責任政党の無能・
確かに原因は様々にある。
選挙はナショナルアイデンティティー❝民族的自己意識❞に訴えるのが早い。

ヒトラーには演説の技術が備わっていた。
彼の姿と声は、集団ヒステリー(陶酔状態)マスヒステリー状況を生み出す効果があった。
始りはゲッペルスの宣伝力…そして政権を掌握した後は密室政治。
必要なら暴力もSS・SA・ゲシュタポ。


20世紀のヨーロッパに怪物が生まれた。



ホロコーストの実態を公式に撮影した映像は残されていない。

ナチス・ドイツが国家の力で、記録を許さず、証拠を隠滅したからである。

アラン・レネ監督の「夜と霧」は記録映画だが、アウシュビッツ収容所の跡地の映像と、フィルムとスチール写真を織り交ぜて構成されている。
全世界に大きな衝撃を与えた。
中学校三年生だった私は、父と一緒にみた。

その映画の価値は、今なお色褪せていない。
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プーチンの暴発

2022年04月06日 | 日記
忘れないうちに書いておきたいと思いながら、日が過ぎていく。
2022年…2月24日、ロシアがウクライナに攻め込んで戦争が始まった。

ロシアからの爆撃で破壊された都市を見るだけで気分が萎える。
人が死ぬ。
女性と子供、老人がまずやられる。
とにかく早くこの戦争を止めて欲しい。

毎日々の暮らし、日々の小さな営みが奪われてしまう。
生きているだけで素晴らしい。
何をなしえなくてもいい。



世界は美しい。
愛に満ち満ちている。
子供の頃、無知で未熟だったころはそう信じていた。
だが生きればいきるほど…否応なくわかってくる。
この世界には暗く深い闇もある、それもうずまいている事が…。

ウクライナのゼレンスキー政権が親欧米でNatoへの加盟をめざしている。
プーチン大統領はこのことが我慢できない。
ウクライナは自国の(穀物庫)としか思っていない。
スターリンがそうだった。
彼の圧政下で200万人いじょうが亡くなっている。
そして現在も又だ。
69歳のプーチンの暴挙でウクライナの民が死ぬ必要はない。
ロシアの兵士もだ。
プーチン一人が暴発して死ねばいい。
彼は他国(主権国家)への侵攻という大罪を犯した。

国際社会からの制裁という罰でもたりない。
資産凍結でも生ぬるい。

永久にこの地球上から消えて欲しい。
怒りがこみあげて眠れない夜が続いた。

世界は繋がっている。
プーチンさん。
あなたが始めた戦争です。
あなたがやめてください。

どうか
 お願いします。


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年末から年始の日々

2022年01月05日 | 日記
去年の12月25日正午過ぎから雪が降り始めた。

大晦日、前日夜中から再度の大雪。
今年も積雪荷重だ。
山暮らしは雪で泣く。

師走最後の一日は家族でのんびりと過ごす。
ストーブはぽかぽか、外は吹雪。
すき焼きを食べて、年越しそばで〆て、除夜の鐘を聞いて元旦までまっしぐら。
さてこのすき焼きの肉が美味しすぎて、雪で泣いていた私の心は日本晴れ。
美味しいものは人を簡単に幸せにする。
普通当たり前の事と言われたら…その通りです。
だけれども…
普通で、当たり前の年の暮れを迎えられた事が、しみじみと嬉しかった。

お正月元旦は、輪島市の竜昌寺。
山寺は我が家付近よりもさらに雪が深い。
雪をかき分け、足を取られ、身体が埋まりそうだ。
泥濘にどぶりとはまりながら、やっとこさ友人の家に到着。
息が上がる。
荷物を運び入れ、まずは明けましておめでとう。
そして二泊三日…食べては喋り、寝転がっては喋り、相まって笑い、また喋り、尽きぬ話題に呆れる。
何の主題もなく、問題提起もないし、提言もない。
話している意味はあるだろうか、否(いや)多分…無い。
それでも世界は美しい、なんてひっくり返っても思えない。

合間に若人が顔を見せてくれる。
新しい顔も懐かしい顔も、三々五々。
若さは窓の外で雲の隙間から射す光を反射している雪の様に、キラキラ
と輝く。
未来に向かっての…伸びしろがある。
だからこそ地球防衛軍が育っていくのだ。
氏はおもてなしの心を存分に発揮している。
 
彼女は辛辣な言葉とは裏腹…心が温かい。
その技と動きに無駄がない。

それとは反対で身体が重い。
でれっと寝ころびテレテレと見ている。
普段なら、滑らかに動く口までも重いのは私ばかり。

老化が進んでいる身としては、防衛軍のお世話はできない。
自分への失望から若さに対しての嫉妬や……
底意地の悪さがにじみ出ないように身を慎みたいと切に願っていたのですが…
どうでしょうか❔


正月三箇日、凍える様な寒さの中、深い雪のお寺で過ごしました。

お世話になった方々へ… これからも…どうぞよろしくお願いします。



コメント (1)
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