石巻白梅ししの会便り

石巻のためにできることを一緒にしようね!!

今回は、夜桜  一目千本桜 (大河原)

2016年04月12日 | 活動

        大河原 「桜祭り(?)」の土手の桜の並木道

 桜の便りが毎日聞かれるこの頃、宮城県にも桜前線はきています。

 今回は、夜に出かけました。

 夜19:08発の東北本線に乗って、30分強で大河原駅に到着!歩いて5分程で会場に到着。

 夜に行くのは初めてなので、時間的に心配でしたが全く大丈夫でした。

 程よい賑わいが、ライトアップされた土手の桜並木と河原の水際の方にこれもずらりと並んだ夜店の列!!(見事です。)のあたりに広がっていました。

 「さすが!一目千本桜の屋台!!」という感じです。(屋台だけに関心しているわけではありませんよ。)

 

 河原はあくまで広く続いているので、一般的な花見のための場所取り等は必要ありません。

 土手は4~5mはあろうかという高さなので、みな思いおもいに腰を下ろし眺めています。

満員になるはずもない広さなので、ゆったりと自分のスペースでくつろぐことができます。

 また、上るための階段とは別に隣に幅広い(10mくらい?)階段がありそこに腰かけて桜を眺められるようになっています。私たちも夜店で買った焼きそば等を、そこに座って賑わいと桜を眺めながらいただきました。

 ところで、その日はもう遅いので夜桜鑑賞だけしかできませんでしたが、広告により、大河原近辺の観光スポットで新たな発見がありました。

 それは、「白石城」についてです。

 白石でも、県下でいち早く桜の祭りが開催されるということ、そしてその他の行事もいつ行われているかを知りました。

 白石城は、東日本大震災で1億円以上の被害を受けたのですが、国からの補助金が出ないため、市の財政や募金・寄付金等により修復を行ったのだそうです。

  白石に住んでいた片倉小十郎は有名ですが、「白石城」はそれほどには耳にはしていませんでした。

 ところが、現在のNHKテレビ大河ゴラマ「真田丸」の放映によって、白石と真田幸村との関係がクローズアップされてきました。

 真田幸村は、大阪夏の陣の際、落城直前に敵である徳川方の伊達家臣、片倉重長(片倉小十郎の嫡男)に女児阿梅(おうめ)を託したということです。そして戦後、重長は幸村の遺児(大八、おかね、阿菖蒲)も引き受け、密かに白石城二の丸で育てた。

 阿梅は成長して重長の後妻となり、大八は伊達家に召し抱えられ片倉四郎兵衛守信と名乗った。

 阿菖蒲(あしょうぶ)は伊達家家臣・田村定広に嫁ぎ、おかねは早逝した。

 とのことで、白石は真田幸村ととてもゆかりがあるのです。 白石市には、真田家ゆかりの地が多いそうです。

 

 現在の白石城としては、遺構の石垣、築城門、塀の他、再建造物の三階櫓、門、塀があります。

 写真を見てぜひそのうち訪れてみたいと思いました。

 行事としては、次のものがあります。

   ○ 元日  天守閣から初日の出を拝む会

   ○ 4月  白石城桜祭り

   ○ 5月  片倉鉄砲隊火縄銃・城の会

   ○ 10月  鬼小十郎まつり

   ○ 大晦日 除夜の鐘を鳴らす会

 

  ということで、白石城や白石市は、今や(もう少し経ってからかな?)新たに観光スポットとしての価値がとても高まっているのではないでしょうか?(もともと、「知る人ぞ知る」だったとは思いますが、ミーハーにも魅力的な土地ということになるのではないでしょうか。) 

   白石城についてのページ   www.shiro-f.jp/shiroishijo/

 ともあれ、観光地というと人が多く疲れることが多いのですが今回のお花見は、空気も澄んでいてゆったりとした雰囲気の中、幻想的であくまでもきれいな桜の満開の並木の下で、すっかり心も洗われて余韻の残るステキな時間となりました。

 みなさんにもぜひ味わってほしいと思いました。

 ところで、肝心の石巻の桜ですが、今週の16日(土)17日(日)が見ごろのようです。ニュースによると、この2日間に限って桜のライトアップを行うとのことです。

 震災後5年が経ち、市民の要望もあり震災後初めてのライトアップとなるとのことです。

 きっと多くの人の心を和ませてくれることでしょう。嬉しいニュースです。

 (ちなみに、私の住んでいるあたりは仙台の北の方なので、やっと五分咲きというところでしょうか?車で行き来していると桜前線の進み具合よく分かります。)

 

 (桜の話題なので、遅れないうちにとアップします。)

 左に夜店の屋台の行列 右にライトアップされた満開の桜..。これがズーと続くのです。

    大木も多いたくさんの木

           銀河系の星空のよう。

屋台のメニューも工夫されています。

 


  「ジョー君1万キロの旅 」 (メロリンさんからのお便り)

2016年04月06日 | お便り

     メロリンさん筆    ジョービタキ

 

 メロリンさんからお便りが届きました。

 さっそく紹介いたします。

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     『ジョー君の1万キロの旅』                 

  ジョービタキはスズメくらいの大きさでお腹の色はオレンジ。背中は黒く白い紋付き模様がある美しい鳥です。メスの背中は灰色。

                   

 それは一昨年前の12月1日だった。よく晴れた朝、庭にある緑色のプランターに一匹のジョービタキが止まった。君を見た初めての瞬間だった。君はジョービタキのオス。だから、ジョー君と呼ぼう。

  プランターはテラスの吐き出し窓の外側すぐそばにある。君は窓ガラスに写る自分の姿めがけて窓に飛びげりをはじめた。フワッバッタン、フワッバッタンといかにも痛そう。(笑っちゃう、何やってんの?)10回、20回と疲れを知らないようだ。が、見ていて可哀想になってその窓を開けてやった。

 数時間後、忘れた頃になってテラスの中でコトンと音がした。ジョー君がテラスの置物をつついて遊んでいる。かわいい。チョンチョンチョンと歩く。私は気付かれないように内側から覗いて楽しんだ。

 暫くして私は気がついた。どうもジョー君は出口がわからなくなっていると。仕方なく出口を三ヶ所開けに出た。

 ジョー君は人間を見てバタバタと暴れている。締め切り窓で暴れていた。そんなに人間が怖い?

 人が見えなくなるとおとなしくなった。そのうち出口をおやっという仕草で気がついたように見つけて、帰って行った。夕方近く。初めてのジョー君とのふれ合い。楽しかった。

 

 テラスは南側全面がはきだし窓になっていて10畳程の広さ。ここは野中の一軒家。この環境があったからこんな体験が出来たのだと思う。

 人は自然の多いところを何にもない所と言うけれど…。

 

 翌日、朝早くからあの窓を開けておいた。家族がそれぞれに皆出掛けた後、私は家に独り。昨日と同じく今日もいい天気。二日目。

 

 やっぱり、ジョー君テラスに入って来た。いたずら好き。こんなバードウォッチングは聞いたことがない。しかも、帰り際に素晴らしいさえずりを聴かしてくれた。鳥の図鑑には載っていないさえずりだ。

  普通鳴きはヒッヒッヒッヒッと口を閉じて喉を鳴らす泣きかた。ジョー君のさえずりはくちばしを大きく開けてピーちくパーちくピピピピヒョロロン、ヒョロローン。と長く唄うように続く。まるでバネ仕掛けの小鳥のように。たった独りで聞くのはもったいない。誰かと共有したいものだ。

  ひとしきり囀ずった後、さよならのご挨拶をしたように帰っていった。

 

 あの震災から3年。津波では助かった人も病気で亡くなり、一緒に支援活動をしていた人も急逝し、哀しみに包まれていた矢先の出来事だった。(ジョー君のお陰で慰められ心が明るくなった)

   糞が案外多いので窓を開けるのは、もうやめた。

 (3日目からは家族と共にジョー君の飛びげりを見ることができた。皆笑っちゃう。何やってんの?あの鳥。アハハ、ウフフ)

 その後、二月中旬まで(毎日のように)窓で飛びげりを見せてくれた。小雨決行だった。

 ジョービタキは冬の渡り鳥。夏は大陸へ渡り朝鮮かモンゴルあたりで繁殖をするとのこと。日本では単独行動。希に日本の廃屋で繁殖をしたケースもあるとか。ジョー君にとっては、うちのテラスは廃屋なのかも。もしかしたらここで繁殖するかも。

 春になりジョー君がいなくなると少し寂しくなった。最後にジョー君を見たのは2月15日だった。来年又来いよと強く思ってしばし忘れた。

 

 そして、夏が過ぎ秋が来た。まさかとは思っていた。

 11月1日。昨年よりも一ヶ月も早くジョービタキが門に止まった。精悍な姿のジョービタキの雄が目の前にいるではないか。うそ。まさか、ジョー君か?日本海を往復してここまで又、帰って来たのか?とても信じられない。まだ、信じられない。

 そして、暫くすると緑色のプランターに移動した。やった。飛びげりだ。窓に飛びげりを見せてくれた。やっぱりジョー君に違いない。(別の)ジョービタキが来てジョー君と同じ飛びげりをしていると考えるのは無理がある。ジョー君と同じ行動をするからジョー君だと思うのは自然である。

 ジョー君だ!本当にジョー君が又来たよ!

 素晴らしい筋肉だねぇ。日本海を往復してきたのか。毎日飛びげりで筋肉を鍛えていたんだねぇ。渡り鳥の筋肉はスズメとは違う。しなやかで強い筋肉だ。そして、あの小さな可愛い頭の中には素晴らしいセンサーが着いている。

 5千キロ~1万キロを旅していることになる。あの小さな体で。

 野生のたくましさには感動させられた。

 

 縄張り意識が強いためにガラスに写る自分の姿目掛けて攻撃をする。ジョー君の縄張りはうちの庭。

 今年も何度も飛びげりを見せてくれて、最後にジョー君を見たのは3月18日だった。去年よりも2ヶ月も長い滞在だった。寝床は隣の空き地の藪の中。

 ジョー君、来年又来いよ。今度来たら、あの窓を開けてあげるよ。

  窓ガラスに残るジョー君の足跡。泥も可愛い。雨の日毎に洗われて、そのうちに消えて行く。

 

 ジョー君、元気でね。                  (そうこうして過ごしているうちに、あの震災からもう5年が過ぎた)

                 

       ジョー君を 宇宙の記憶に  刻みたい

 

     ジョービタキ君のお陰で  ワンダーランド

    

     うつせみの 悲劇喜劇は 幻か

 

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 メロリンさん、ありがとうございます。

 日本海を自分の力だけで渡り切るジョー君の生命力、素晴らしいですね。

 被災地の人々もジョー君のように、目に見えない努力を続けて迎えられた今年の春ではないかと思いました。