伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

眠りつづける少女たち 脳神経科医は〈謎の病〉を調査する旅に出た

2023-06-20 22:14:40 | 自然科学・工学系
 世界各地で発生したさまざまな検査を行ったが検査上異常値が見いだせない原因不明の集団的な昏睡等について、神経科医である著者が現地を訪れる等して得た知見に基づいて、それらの症状について論じた本。
 著者が序章で「謎の病」として採り上げ第1章で「眠りつづける少女たち」と題して紹介しているスウェーデンの難民申請中の子どもに発症した「あきらめ症候群」と名付けられた昏睡症状は、難民申請手続が遅滞する状況に家族が直面したときに生じ始め(30ページ)、難民申請が通り将来の生活に希望が持てるようになると回復する(42ページ)とされています。そうなると、検査で異常が発見できないことも併せて、世間からは仮病・詐病疑惑の目を向けられることになります。著者はこれらの身体症状が心の影響によるものとしつつ、詐病ではなくリアルな身体症状であること(長期間の昏睡状態等、意図してそれを装いつづけることはできない)を繰り返し述べています。
 人間の体は頻繁に些細なゆらぎ、動悸や痛み、めまいなどを生じているが、健康なときは脳はそれを正常なものとして無視している。しかし、身体に過度の注意を向け、それらの雑音に何らかの病的な兆候を探し始め、また何らかの異常があると認定されると、それらは症状と化し、うずきや痛みに気がつき始めると心配になりそのためにさらに注意が向けられ、特定の病気と疑うとその病気らしい兆候に注意を払うこととなり、悪循環を生じる(195~201ページ、389~392ページ)、異常(発作)を予期することで異常の兆候を探し、結果として予期通りになる(373ページ、401ページ等)というような機序で、機能性(心因性)のリアルな身体症状が生じるというのです。
 集団ヒステリーなどと言われ詐病を疑われた人々とそれを支援する者たちは、何らかの身体的な異常の検出を期待して検査をつづけ、その一環として専門家である著者を呼ぶ。しかし著者は機能性(心因性)のものだと評価をする。著者は機能性(心因性)だから詐病ということではなく、重篤な身体症状はある、その原因は個人の心理よりもむしろ文化的・社会的なものと捉えるべきというのですが、患者たちは失望するということが繰り返されています。著者のような考え方・主張が世の大勢を占めるようになれば問題は解決に向かうのでしょうけれども、それはなかなかに困難に思えます。
 眠り病という紹介もあるので、私は、子どもの頃に習ったツェツェバエが媒介する寄生虫によるアフリカの難病の話かと思って読み始めたのですが、そちらのことはまったく扱われていませんでした。もちろん、いばら姫の話もまったく…


原題:THE SLEEPING BEAUTIES : And Other Stories of Mystery Illness
スザンヌ・オサリバン 訳:高橋洋
紀伊國屋書店 2023年5月10日発行(原書は2021年)
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ノクツドウライオウ 靴ノ往来堂

2023-06-19 22:37:17 | 小説
 築100年の3階建ての古いビルで4代目の祖父がオーダーメイドの靴店「往来堂」を営み、土地開発会社から繰り返し売却を求められて頑として拒否し続ける中、4代目の孫の中学2年生の木村夏希が、5代目と期待されていたのに突然出て行った兄を恨みながら、地味な靴にはなじめずもっとカラフルで個性的なデザインの靴を作ってみたいと夢想しつつ、自分が家業を継ぐことには迷いを持つ様子を描いた小説。
 前半は、主人公が「マエストロ」と呼ぶ祖父の靴職人としての仕事ぶりや職人気質を通して、オーダーメイドシューズの制作工程やオーダーメイドシューズの良さなどを紹介し、後半は、本来は半年や1年かけてオーダーメイドシューズを制作している祖父らが急を要する事態に創意工夫と努力の末に応じる展開をさせています。
 青春小説としてオーソドックスな展開とラストですが、プロローグから予想した展開にはならず、ラストから見るとあのプロローグは何のためにあったのかとも思い、その点に不完全燃焼感があります。
 タイトルは、戦前からある「靴ノ往来堂」の2段右からの横書き看板を左から読んだ小学生の言葉から。奇をてらった感はありますが、中高生向きの読み物ですから…


佐藤まどか あすなろ書房 2023年4月30日発行
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料理なんて愛なんて

2023-06-18 21:02:43 | 小説
 料理が苦手で嫌いなため家庭的と見られないように知らないマイナーバンドのTシャツで過ごす「四捨五入すると30歳になる」(42~43ページ)鉄道会社の子会社の総務部に勤める須田優花が、好きなタイプは料理上手な人という真島の通算6名以上いたという「本命じゃない彼女」になり、料理が好きになろうと苦闘を重ねるという小説。
 真島という人物の変人でありながらその中身のなさ、主人公が「料理は愛情」などの言葉に反発しながら、料理以外のことがらで自分を磨き何かに打ち込もうとすることも、自分の好きなことやりたいことを見つけることも、自分をアピールできることを見出すこともなく、ただ料理が苦手なことの言い訳と正当化を試みてはムダに挫折して苦しみ続け、言うことは中身のない真島のコピーだったりする様は、読んでいて入り込みにくく虚しく思えました。イヤなものはイヤ、いい人だから好きになれるわけじゃない、無内容な人物でも好きになったのは仕方ない、そういう主張はそれはそれでいいけれど、また人生は往々にしてそんなものだけど、小説では、それならそれでほかの領域で何か打ち込めるもの、夢中になれるもの、詳しくハイレベルなことを書き込めるものを打ち出して欲しいと思います。
 主人公の勤務先の1年後輩の坂間が、ハムスターのつがいを飼ったら、リンゴとスターと名付けるのが中2のときから夢だった(73~74ページ)って、(2010年頃に中2だったことになるはずですが)一体どういう中学生だったん?


佐々木愛 文春文庫 2023年5月10日発行(単行本は2021年1月)
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疲れないための介護

2023-06-17 22:56:35 | 実用書・ビジネス書
 ケアマネジャーの著者が、現場経験に基づいて介護疲れの原因を把握して解決を図るための方法・心得を語る本。
 選択肢を増やし、その中から自分で選択することで不満を減らし、視野を広げ、ものの見方を変えることでストレスを減らし、時間の使い方を見直して効率的なだけではなく効果が出るようなやり方を心がけるとともに自分の大切な時間を増やすというようなことが推奨されています。そんなこと言っても…という思いは出ますが、「自分ならできる」と思う「自己効力感」が必要、「そもそもできるとおもわなければ、いい結果はでません。できないとおもって行動すると、必然と結果も悪くなるものです」(105~106ページ)、「自己効力感の向上は、もっと多くの業務を積極的にこなしたり、難易度の高い業務にチャレンジしたりする意欲につながります」(108ページ)といい、「根拠のない自信がチャレンジする行動力をくれます」(87ページ)というのには、勇気づけられ、信じてみたくなります。
 実は、身近にいる介護疲れしている人に何かできないかなぁと思って読んでいたのですが、この本を読んでいる最中に介護を要しなくなることになってしまいました。人生の偶然というか、皮肉というか…
 見慣れない出版社だからなのか、校正不足が目に付きます。例えば8ページに「※2」の記載があってその注記がない、43ページに「申請から介護保険利用の流れは図のようになります」とあるのに図がない、同じページに「※詳細は下記の表を参照」とあるのに表がない、66ページに「預貯金等の金額が下表の預貯金等の資産の状況に該当していること」とあるのに表がないなど。誤植と思われるものも少なくありません。せっかくならもう少し丁寧な本作りをして欲しいなぁと思いました。


鈴木篤史 日本橋出版 2023年4月6日発行
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弁護士外岡潤が教える親の介護で困ったときの介護トラブル解決法

2023-06-17 21:28:13 | 実用書・ビジネス書
 日本初の「介護弁護士」を自称している(5ページ)という著者が介護利用者側でトラブルに対応する知識と心構え等について解説した本。
 「不毛なトラブルを一件でも無くし、トラブルになりかけても話し合いで平和的に解決することで、介護の現場に元々備わっている調和の世界と『おかげさま』の精神を取り戻したい」(9ページ)という著者の姿勢は、利用者側が権利を強く主張することを抑制する方向に働き、ともすれば施設・事業者側にとってありがたい結果につながることになるでしょう。しかし、弁護士も威勢のいいことをいっていればいい結果が出るというものでもなく、無謀な主張はしない方がいいというのも真理です。
 介護をめぐる制度や実務、実情について、法律の説明はあまりしていませんが、というよりも法律の条文や規定を挙げないから読みやすく必要そうなことがらを説明しているように思えます。まずは地域包括支援センターの人と親しくなろうとか、ケアマネは施設ごとに変わるから選べないとか、老健施設はリハビリと位置づけられているから数か月で出なければならない、ヘルパーと訪問看護師は(法令上)できることが違うから頼めることが違う(かなりうるさく区別される)とか、よく知らなかったことがあれこれ書かれているのが勉強になりました。裁判でどうする的なことはあまり書かれていませんが、それ以前の段階での常識的な対応について参考になる本だと思います。


外岡潤 本の泉社 2023年4月28日発行
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白鶴亮翅

2023-06-16 21:46:37 | 小説
 ドイツ南西部の町フライブルグからベルリンに引っ越した後大学に職を得て日本に帰国した夫早瀬と別れてベルリンに残って10年になり、CDプレイヤーや炊飯器などの家電と関西弁で会話している高津目美砂が、親友のスージーの紹介でベルリンのより治安の良い地域に引越をして、隣に住む老人と話すようになり、誘われて太極拳の教室に通うようになり、そこで知り合った人々交流する様子を描いた小説。
 タイトルは、太極拳の教室で習う型の名称から。
 主人公は翻訳の仕事をしていて、この作品の期間中ずっとクライストの「ロカルノの女乞食」という3ページに収まってしまう短編を訳し、それをめぐる考察や、隣人が「プルーセン人」(プロイセン人とは別)という消えてしまった人たちが祖先と言うのでそれを調べて民族問題を考えるというようなことが、主人公の頭にあり続けます。大学教授から頼まれた旧東ドイツでの日常生活に関する資料の翻訳では、「ポルノ」という項目があるのを見てその部分を早く読みたくてその前は速歩ですませ(36ページ、124ページ)、書店の店主に掛け軸の翻訳を頼まれて杜甫の「春望」(国破れて山河あり…)とわかり高校の時に漢文の成績がよくなかったと思い出し、岩波漢和辞典を引きながら訳して自信を持てず誤訳かも知れないと断って訳文を送る(51~53ページ:依頼者は詩の内容が知りたいというだけですから、有名な漢詩なのでネットで十分に訳文が見つかり、それを教えてあげれば済むでしょうに)という主人公の人柄に親しみを感じることができれば、その心情をじんわりと味わえるというところでしょう。


多和田葉子 朝日新聞出版 2023年5月30日発行
「朝日新聞」連載
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朝日新聞政治部

2023-06-15 21:08:13 | ノンフィクション
 元朝日新聞記者の著者が、朝日新聞での自らの経験と朝日新聞社内の事情などについて書いた本。
 吉田調書報道の際に特別報道部デスクとして記事を出稿し停職2週間の懲戒処分を受けて記者職を解かれた著者が、「木村社長が『吉田調書』報道を取り消した2014年9月11日は『新聞が死んだ日』である。日本の新聞界が権力に屈した日としてメディア史に刻まれるに違いない」(19ページ)、「新聞ジャーナリズムが凋落する転機となった『吉田調書』事件を構造的に究明するには、それに関与した経営者、編集幹部、現場記者の人物像を詳細に描き、政治部、社会部、特別報道部がせめぎ合う『朝日新聞の社風』を伝える必要がある。とりわけ『吉田調書』事件に至るまで朝日新聞の経営や編集を牛耳ってきた政治部の実像をリアルに描くことが不可欠だと思った」(300~301ページ)と述べて書くのですから、吉田調書報道とその後の朝日新聞の対応に相当な比重が置かれるのかと思ったのですが、そこは全体の2割くらいにとどまり、さまざまな事情と配慮はあるのでしょうけれども、今ひとつ突っ込んだ記述に欠けるように思えました。そして、「朝日新聞の経営や編集を牛耳ってきた政治部の実像」というのですから、政治部の実情について批判的に書かれているのかというと、社内の対立構造や特定の人物の姿勢への批判はあっても、政治部のあり方等が批判されている場面は少なく、全体としては著者自身の政治部時代の日々を懐かしく回顧している本のように感じられます(茨城県警本部長に取り入って特ダネを連発したとか、竹中平蔵に取り入って特ダネを連発したとかの自慢話や、外務省担当時に自分が食い込めなかった官僚から情報を得て特ダネを連発した同期入社の女性記者にコンプレックスを持ちその後20年経ってもその姿を見ると卑屈になるとか…)。
 著者は政治部の実態について厳しい視線を向けるよりも、むしろ社会部を敵視し批判しているように感じられます。私は、社会部の記者としか接点がないので、社会部の方がリベラルな方向性と雰囲気を持っていると思っているのですが、そういう見方、評価もあるのだなと驚きました。対立する相手方の見方は違うものだというのは、仕事がら、日常的に経験し理解しているつもりではありますが。
 民主党への政権交代で、自民党幹部に取り入っていた新聞各社の政治部のベテラン記者がアドバンテージを失い、若手記者にお株を奪われると脅威に感じ、「民主党政権の誕生後、報道各社が厳しい論調を浴びせ、さらには民主党政権の崩壊後、安倍総理が繰り返した『悪夢の民主党政権』のイメージづくりに加担した背景には、二度と政権交代は起こしたくないという、各社政治部の先輩諸氏の警戒感があったと私は見ている」(145~146ページ)、つまり新聞・テレビ各社の政治部のベテラン記者の延命・保身の欲望が民主党政権を早期に転覆させ安倍政権を長らえさせたというのは、新聞人らしい着眼だなと思います。
 記者職を追われた後に著者が、毎朝起きてまず新聞を読むのを止め、ツィッターとネットサーフィンでニュースを見てから批判的な眼差しで朝日新聞に目を通すと、朝日新聞の記事がネット情報に比べて速さにも広さにも深さにも劣っていることを実感したとしています(266ページ)。それは、私も感じていることです(もう新聞を取っていないし、有料記事を読む気にもなれないので、ネット上の無料部分だけしか読みませんから有料記事のレベルについて論評できませんけれども)が、元朝日新聞記者までがそういうと、やっぱりそうなのかと思ってしまいます。


鮫島浩 講談社 2022年5月25日発行
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アート・ローの事件簿 美術品取引と権利のドラマ篇

2023-06-14 20:19:54 | 実用書・ビジネス書
 アート/美術品の制作や売買仲介の報酬、オークションハウスの調査義務、著作権、外国美術館に対する略奪美術品の返還請求、表現の自由など、芸術をめぐって争われた法的紛争の経過とその裁判結果について解説した本。
 姉妹編の「盗品・贋作と『芸術の本質』篇」とともに、戦争・ナチスのユダヤ人迫害による略奪や盗難ののちに元所有者が、画商・オークション経由で購入した現所有者に対して返還請求をした事件の顛末が紹介され、その中で、善意の(略奪・盗難によるとは知らないという意味)購入者が日本では直ちに、イギリスでは6年間保有していると所有権を取得するのに対して、アメリカでは何年経っても略奪・盗難前の所有者に所有権がある(無権利者から購入しても所有権は得られない)、出訴期間制限等による抑制はあるがそれも裁判所により柔軟に解釈され、さらには外国の政府の免責すらアメリカの裁判所は柔軟に解して盗難略奪被害者を保護しているということには、一種のカルチャー・ショックとも言うべき感銘を受けました。日本の民法学というか法学全般と言うべきかもしれませんが、さまざまな利益考量の中で「取引の安全」は最優先のように扱われています。法学部に入るとすぐにそのように教えられてきたので、善意・無過失の新所有者(購入者)が保護されるべきことは疑う余地のない常識のように思っていました。しかし、それは世界で普遍的なものではなく、日本の民法は、むしろ異例なまでに資本市場での事業者の取引の安全を偏重し、盗難被害者に冷酷なものということなのですね。
 この問題のほかにも、著作権保護(この点でも日本の法律と裁判所は著作権保護を優先し、他者の利用に対して厳しい)、表現の自由の保護(わいせつ表現と芸術性、公的資金による助成を受けた美術展への介入)などでも、著者はアメリカでの事件と日本での事件を紹介して、法律や裁判所の姿勢や考え方の違いを問題提起しています。
 所有者から美術品の売却を依頼された美術商が別の美術商に再委託をして買主が見つかったときに、買主が実際に支払った金額を知らせずに売主の希望売却価額との差額を自分の取り分とすることについて、直接委託を受けたか否かにかかわらず美術商が依頼者に無断で転売利益を得ることは忠実義務違反とするロンドン高等法院とニューヨーク州裁判所の判決が紹介されている(14~18ページ)のも私には新鮮に思えました。
 美術品をめぐる紛争ということを超えて、アメリカやヨーロッパとの比較で日本の法律と裁判が普遍的なものではなく、そのあり方について引いた視線で考える必要があることを改めて感じさせる刺激的な本でした。

 なお、この本でも紹介されているクリムトの「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ」の返還請求の裁判(116~126ページ)は映画化されていて、その映画「黄金のアデーレ 名画の帰還」の感想記事はこちらです。


島田真琴 慶應義塾大学出版会 2023年4月20日発行

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アート・ローの事件簿 盗品・贋作と「芸術の本質」篇

2023-06-11 20:12:04 | 実用書・ビジネス書
 美術品をめぐる法的紛争の経緯とその裁判結果を取り上げて解説した本。
 「はしがき」冒頭に「本書は、日本と諸外国のアートに関する裁判事件をできるだけわかりやすく紹介するシリーズの一つです」とあり、「アート・ローの事件簿 美術品取引と権利のドラマ篇」と同日発売になっています。どちらが「1」でどちらが「2」という区別もなされていませんが「シリーズの一つ」というと今後続編があるのでしょうか。
 この本では、アート/芸術とは何かをめぐる事件(芸術性・価値に関する名誉毀損、関税の課税(美術品は非課税ないし低税率)、著作権の行使)、アートをめぐる犯罪(贋作詐欺、窃盗・略奪)、盗品・略奪品の現所有者に対する返還請求、贋作か真作かの判断を取り上げ、読み物としての流れというかまとまりはつけられているように思えます。しかし、セットの「美術品取引と権利のドラマ篇」でも、アートの取引をめぐる問題として制作・売買の仲介の報酬のほかに贋作か否かの調査義務が取り上げられ、略奪品の外国美術館に対する返還請求、著作権紛争が取り上げられているのを見ると、この2冊での分担は必ずしもクリアではありません。まとめて1冊にすると分厚くなるということでとりあえず2冊にしたのかなと思います。
 美術品をめぐる実際の事件で裁判所がどのように判断したのか、さらには裁判の行く末を見越しあるいは裁判の長期化を踏まえて当事者がどのように和解したかなど、ほどほどの分量でわかりやすく書かれているので裁判ものの読み物として楽しめます。業界人としては、裁判の前提となる事実関係や裁判所の判断についてより突っ込んで知りたくなる部分も出てきますが、それを書いていたら一般人向けには出版できないから仕方ないでしょう。
 外国の裁判が多数紹介されているため、法制度の違い、裁判所の姿勢の違いなども感じることができて興味深く読めました。
 各事件の最後に係争対象となった作品の作者/アーティストに関する紹介があり、そこに著者の感性というかウィットが感じられ、その点も、私は好感しました。


島田真琴 慶應義塾大学出版会 2023年4月20日発行
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自分の見た目が許せない人への処方箋 こころの病「身体醜形症」の治し方

2023-06-10 22:47:39 | 実用書・ビジネス書
 自分の顔が嫌いでたまらない、客観的に見て醜いわけでもないのに「自分の見た目が許せない」という思いにとらわれてしまう「身体醜形症」について、こころの病としてそれを解説し、改善方法を論じた本。
 身体醜形症患者について、多くの精神科医は美容整形に否定的(7ページ)、身体醜形症の美容整形手術は禁忌であるというのが教科書的な定説(225ページ)なのだそうですが、精神科医であるとともに形成外科医である著者はそれに疑問を呈し、美容整形する可能性を残した上で向き合っていくことを勧めています。しかし、著者は、100%満足できる整形手術はない(そもそも患者が希望する理想像とそれを聞いて医師が描くイメージが完全に一致することはあり得ないし、個体差により同じように手術しても同じになるとは言えない、手術に失敗がないとは言い切れない)、手術後腫れ等が治まり馴染むまでに数か月かかり顔が気になる身体醜形症患者はその間に「こんなはずじゃなかった」と思うことが多く、さらには前より悪化したと思い込むことが少なくないというようなことから、安易な手術は避けるべきであり、特に整形すれば今悩んでいる問題がすべて解決すると思っている人が整形をしてはいけないと戒めています。
 自分の中のネガティブな思考パターン(自動的に湧いてくる自己認識)に気づき、ポジティブなパターンに変えていくことと呼吸法、免疫力を高める食事、規則正しい生活で「打たれ強い」自分になるということを勧めています。う~ん、鋼のメンタルが必要とも言われる弁護士には必要な生活習慣なのかも…


中嶋英雄 小学館 2023年4月10日発行
コメント (2)
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