伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

それってパクりじゃないですか? 新米知的財産部員のお仕事

2023-09-01 00:17:50 | 小説
 中堅飲料メーカー月夜野ドリンクで製品開発をしていた藤崎亜季が、新設された知的財産部に異動となり、親会社から送り込まれた弁理士資格を持つ上司北脇雅美の下で奮闘するというお仕事小説。
 軽く読みやすいタッチで世間には取っ付きにくい知財のお仕事をわかりやすく解説しています。もっとも、読み物としてみると、まったくのド素人(弁理士を便利士と書くような)で慌て者の設定の藤崎亜季が、猛勉強の末にあっという間にしっかり者のできる知財部員になる姿は、スポーツ漫画なんかでよく見るあまりに都合のいい展開に思えます。
 使いもしない商標を登録してライバル社に使われないようにする(22~23ページ)、通りそうにない特許申請をしておいて他社が類似の技術で特許を取れないようにする(47~48ページ)など、要するに他社への嫌がらせのため、妨害のために知的財産制度を利用している企業の知財部門の実情が描かれています。それにもかかわらず「みんなの努力の結晶を守るのが私たちの仕事です!」(裏表紙)というのは、知財ビジネスをあまりに美化する言い回しに思えます。
 大きな企業の味方をしないことにしている私には、知財ビジネスというのは、著作者や発明者の権利を守るというのはお題目/口実で、(著作者や発明者の権利を守っている場合もあるでしょうけれども)たいていは著作者や発明者から格安で権利を譲り受けた(買い叩いた、奪い取った)自分自身は著作も発明もしていない汗も流さず努力もしないで儲ける企業の権利を守っているように思えます。この作品の中でも北脇が訴訟になったら勝てる可能性が低いのに弁護士に相談もできないためにそれがわからない小さな企業を威嚇して商品の販売中止に追い込み、藤崎が特定の商品の販促用に描いたもので他の商品のキャンペーンにしかも勝手に一部改変して使うことはまったく想定していなかったイラストレーターに対し、契約書では使用範囲は限定しておらず改変にも文句はつけられないとされていると説得しているのは、まさにそういうことだと思います。作品では、北脇がWin-Winの案を出したとか、イラストレーターが理解してくれたという展開にしていますが、企業の知財ビジネスの現場はそうなるとは限りませんし、むしろふつうはそうならないんじゃないでしょうか。企業が作る契約書の条項はもちろん企業側に徹底的に有利につくられるのがふつうです(そのために企業は会社側の弁護士に依頼してるんです)。多くの場合、著作権に関しては、企業に有利に、著作者が文句を言えないようにつくられているでしょうから、この作品でも藤崎のいうとおりになるでしょう。しかし、契約書の条項をきちんと検討すればそうだとして、イラストレーター側がそうは理解していない、契約の際に素人でも内容をきちんとわかるように説明していないのであれば、その金額で折り合ったことがイラストレーター側には騙された、そういうことまで制約されるのならもっと高い額でないと契約しなかったという気持ちを残すでしょう。そして、それこそが知財ビジネスの実態じゃないかと、私は思います。
 これだけ書いているところからして、もちろん、プロが監修しているんでしょうけれども、業界と企業知財部がやっていることを何でも正当化するのではなく、せっかく書くのなら、そういうところまで書いて欲しいなぁと思います。


奧乃桜子 集英社オレンジ文庫 2019年10月23日発行

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