伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

抗うつ薬は本当に効くのか

2010-03-12 23:32:17 | 自然科学・工学系
 抗うつ薬でうつが改善しているのは、薬の化学成分の効果はごくわずかで効果の大部分は薬が効くという期待・予想によるプラシーボ効果だと論じている本。
 プラシーボ効果は他の疾病でも認められるが、特にうつの場合症状が絶望感の悪循環にあり、有効な治療がなされるという期待そのもので症状が改善する。抗うつ薬の臨床試験でプラシーボ(偽薬)投与の対照群と比較して効果が認められるのは、試験が二重盲検(患者にも投薬する医師にもどの患者が薬を投与されどの患者がプラシーボを投与されるかを知らせないこと)で行われるが通常のプラシーボには副作用がなく抗うつ薬には決まった副作用があるので抗うつ薬の投与を受けた患者が自分は抗うつ薬を投与されていると気づいて効果があると期待することで症状が改善するため。現に実質的な副作用がほとんどない抗うつ薬が開発されたが臨床試験でプラシーボ対照群をはっきり上回る効果を出せず商品化は断念された(29ページ)。そして活性のある(副作用のある)プラシーボを用いた場合、抗うつ薬はほとんどの試験でプラシーボ対照群に優位な差をつけられなかった(35ページ)。そもそも現在の抗うつ薬は脳内の神経伝達物質であるセロトニン、ノルエピネフリン、ドーパミン等の濃度低下を抑えるというしくみだが、これらの濃度低下を促す物質を投与した場合もうつ症状が改善している(123~125ページ)。抗うつ薬の投薬は効果があるが、プラシーボ効果によるものを除くと改善効果はごくわずかで臨床的な改善の度合いとしては改善と評価できない程度である。というのが著者の論旨。
 基本的にこれまでの臨床試験や研究論文のメタアナリシスで、元の試験のデータの読み方の正しさがどの程度担保されているかが読めませんが、そのあたりの検証は専門家に任せるとして、素人としてこの本を読む限り、説得力のある論証と思えます。
 こういう大企業の悪辣さを暴露し、それを科学的に論証していく読み物って、私は好きです。科学的な論証だけじゃなくて、製薬会社が臨床試験のうち都合の悪い結果が出たものは公表していないとか、FDA(米国食品医薬品局)やMHRA(英国医薬品庁)、EMEA(欧州医薬品庁)はそれらの都合の悪い結果が出た臨床試験データを見ながらも抗うつ薬を認可し続けてきた、さらにはFDAは都合の悪い臨床試験の結果を隠すように製薬会社に要請したということまで書かれていて(57~68ページ)とても楽しい読み物です。
 ただ、著者としては抗うつ薬がプラシーボ効果以上の効果がないという以上別の治療の選択肢を示すべきだという責任感で書いているのでしょうが、終盤で心理療法が最も優れているということを書いているのが、著者が心理療法士であることを考えるとちょっと興醒め。やっぱりそこに行っちゃうかと。


原題:THE EMPEROR’S NEW DRUGS
アービング・カーシュ 訳:石黒千秋
エクスナレッジ 2010年1月25日発行 (原書は2009年)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする