野性派でいこう!

日々の徒然です。子供四人。自然派。遺跡発掘事務所でお仕事。遺跡発掘調査で働き、やっぱり描いたり書いたりする日々。

今日もお腹がいっぱいだ。

2015-04-21 22:08:40 | 日記
お腹がいっぱいだ。

なんだか、体が重いなぁと思ったら、1キロ増えている。

お腹が空いたから食べる

で、いいはずなのに、気分が先行して食べる。をしてしまう。

そうすると、なんだか悪循環が始まって、なにかをごまかす為にまた食べてしまう。

次女がアレルギー児として産まれた時に、自然療法を試して試して、
結局、断食やら少食に行き着いた。

でも、仕事で遺跡発掘の現場にでると、エネルギー切れでも動けないという事にも行き着いた。

いまは
室内作業で、食べる事でいろいろな事をごまかすことができる事にも気がついた。

あああ。1キロ。1キロ減ったら、悪循環から抜け出せるのになぁ、
という気持ちをごまかす為に食べちゃう。

悪循環。

すぐそこに、いて、すぐわかる。

2015-04-20 20:30:05 | お仕事話
今日のお仕事は土器の接合であった。

発掘された土器をコレとコレかぁ!などとくっつく物があるので、それを復元して立体に戻すのである。

遺跡発掘に係わるお仕事には、いろいろな内容がある。年末からは、しばらくパソコンに向かってきちんと細やかに根を詰める作業が続いていた。

なので、やはり、しばらくぶりに
土器が目の前に並ぶと、お!と思う。

組み立てて、補強。

これは、なかなかに面白い作業なのであった。

指導に来てくれるM先生が、とても素敵でプロフェッショナルなのも、影響を受けやすい我が身にはプラス要因である。

土器をくっつけて、足りないところに、石膏的な物をいれて、削る。
わたしのクリエイティブ欲を満たしてくれる作業である。

手を動かす。
(もちろん、同時に頭も使っていますよ)

縄文人になったつもりで。

こんなに楽しい事がありますかねぇ。

というわたしに、先生も

そういうの嬉しいなぁ。

と、言ってくださった。


創るという片隅に、シンパシーを抱きながら、居る。
私とM先生と、縄文人。

近頃、そういう方々が、チョイチョイ、わたしの周りに現れる。とても、とても、面白い。

はじまりの日。

2015-04-19 22:54:04 | 日記



今回の口実はなんだ。

ハイボールの会

仲間で集まる。もう、昼間からアルコールである。

会場は
ご夫婦で鍼灸師をしている友人が、治療院を開かれる。
もと、保育所だった建物。窓が大きく、明るい。

治療室の奥に、素敵な木の床のホールと、大きな台所。

ちょっと人の集まれる集会室が併設されている。

みんなでハイボールで乾杯したら、こけらおとしになるかしら。


ご夫婦の夢が形になったのを目の当たりにして、
うわぁ
すごい!
と何回も自然に言葉に出ちゃう。

うん。少しずつ。少しずつね。

と、奥様は言う。

わたしなんかはフラフラフワフワしてるから、一歩一歩の意味が余計に重く感じられる。

ああ、これからですねぇ。これから。

わたしも、これから、どこかに向かえる気になって、高らかにカンパーイ!

夕方はみんな持ちよりで野菜たっぷりの素敵なディナー。

豊かという言葉をしみじみ反芻する。

おめでとう!

素敵な治療院の出発に居合わせる事のできたわたしにも、カンパーイ!!


休日。

2015-04-18 22:07:36 | 日記
休日である。

今日は1日何をやっていたかと言うと、

洗濯機を二回まわし

末っ子をピアノのレッスンに連れていき、
次女が眼鏡をつくるのに付き合った。

スーパーに寄り、夕飯にカレーをつくり、

もう、夜である。


うーん。お母さん業にかまけすぎている。

そんな風に思うわたしは変なのか。

と、人並みに悩んで、3ヶ月ほど前に、アーユルヴェーダの体質診断にいった。

マスコミにも度々登場するアーユルヴェーダの第一人者の先生は、わたしの脈を見て、

変わってますね
変わってますね

と、面白そうに、何回も言った。

そうか。回りの人はみんな変わってるなぁ。普通じゃない。
と思っていたけど、ズレていたのはわたしのほうか。

こんなわたしが子を四人も産んで、お母さんをやっている。

こんなわたしのもとに、子どもとしてきてくれた子たちのがよっぽど大人だ。

ありがとう。

ありがとうついでに言わせてもらうよ。もうちょい、自分のものは自分で片付けていただきたい。

わたしたちは、海へ。

2015-04-17 22:43:04 | 日記
本日は社員さん一同の都合で、我々の勤務が3時までとなった。

さぁ!どうしよう。

ソワソワしちゃう。スペシャルな1日がやってくる。
前回のそんな日は、駅の反対側の温泉に行った。

まだ日が高かったから、貸し切りだろうと思っていったら、案外混んでいた。

だから、という訳でもないけど、全然違うことはどうだろうと思った。

海だ。海がいい。

仲間を二人お誘いして、3時からの遠足。

曇りがちだった空も、我々のドライブの頃には、すっかり穏やかなお日さま模様だ。

しばらく、走って、平坦な道になると、もうすぐ海かな、という予感。

さっきまで洗っていた縄文土器たちの時代には、海だった地帯だ。
平日の午後、車は滑るように流れる。

我々の意識も、どんどん広く広く広くなる!

ああ、素敵な、、、海だ!

(の、前に実は、大人の遠足という事でケーキと今年初めてのアイスコーヒー)

わたしたちは、裸足になって、走ってジャンプした。
トンビが旋回していた。

風が、とても強くて、それがうじゃうじゃした思考を吹き飛ばした。
スッキリ!!


とても幸せな気持ちがした。幸せって、権利だと思う。
世界保健機関にも書いてある。中学生の頃に、習った。

みんなみんな、幸せになっていいのだ!


帰りの車からは、山に日が沈むのを見た。

ものすごい速さで、太陽が山に隠れて行ったので、地球の回る速度に改めて驚いた。

あっというまに、あの土器を使っていた人々から、今の我々になったように感じて、ちょっと焦った。

どんどん幸せにならなくっちゃ。

たまには、大人の遠足は、必要だぞ!と、思ったまだまだ素敵な金曜日の出来事。

音楽の女神さま

2015-04-16 21:04:47 | 子育ての事
小学4年になった末っ子がピアノを弾く。

朝、夜、ずっと弾くものだから、上達するに決まっている。

久しぶりに会ったわたしの友人なんかには、
たいてい、大層驚かれる。
だいたい、お笑いキャラ100%の末っ子が、ピアノをか奏でるという事が丸々なんか変なのである。

でも、その違和感が、何故か、

天才なの?

という問いを人々に発せさせたりする。


いやいや。全くそんな感じではない。

素敵な音楽を見つけて、譜面を手にいれてきて、それからは、泣き叫びながら練習する。

うまくできなくて、腹をたてたり、地団駄踏んだり、荒れに荒れながら、少しずつ階段を上がるように、弾けるようになっていく。

その様子は、天才のスマートさからはかけ離れている。


だいたい、本当は本人はトランペットがやりたかったのだ。
それを、なんだかわたしのいいようにピアノにした。
ピアノが弾ける男の子はなんかいい、ただのわたしの贔屓目だ。

そうはいっても、クラッシック音楽に馴染みのあるような生活はしてきていない。

わたしの趣味に付き合わせて、よく出向いたのは、

お祭りの太鼓や、小さなステージでのジャズ演奏や、教会前でのカラオケ大会。
姉に付き合ってのダンスの発表会前の練習場など。

スピーカーの前でおとなしく、ただ音楽を聞く、なんて事は全然ない幼児時代だった。

でも、ペルー人のお友達の誕生パーティーで3時間もリズムにのって踊り続ける息子を見て確信した。

彼は音楽の中にいるのである。音楽も彼の中にいるのである。

それでも、彼が将来的に本格的にやっていくのは、ピアノではないかもしれない。


大人になった時には、音楽に少しでも関係のある世界に身を置く事になるのだろうか。

それさえ、わからない。

でも、彼が自分の使命を果たしていく時、音楽と全然関係ない事をやるのでも、
きっと音楽を奏でるみたいなやり方をするのだろうと思う。

地団太踏みながらでも、なんとかやっていく彼の事を見守ってくれているのは、
きっと、やっぱり音楽の女神さまなのだろう。


ママ友!?そんな感じじゃなくて。

2015-04-15 19:15:48 | 日記
久しぶりの仲間に会った。
レストランでランチした。
誰かが作ってくれた料理をいただく、それだけでずいぶん嬉しい事なのに、

六人の仲間に会えたら、おしゃべりが大ご馳走だ。

みんな、子供の年齢も住む地域も違う。
でも、同じ保育園に子供を通わせた仲間たちだ。

仲間、というのは不思議である。

仲良しさん、ではなく、わたしたちはわざわざ無認可の保育園に子供を通わせて、いろんな事を成し遂げようと奮闘してきた。
その過程で仲間になったのだ。


永遠に同じモノは一つもない。

物事は潮の満ち引きのように変化していくから、表面的には、期待していない事も起こる。
(でも、結局、それが予想外に、素晴らしいトコに導いてくれたりする。)

みんな、いくべき所にたどり着く。

全てが、流れの中にあって、その途中でみんなと会って話せば、いろんな事が府におちて、またやっていけるという感じ。

ありがたや。ありがたや。の、出会いであり、広がりである。

ちょっと残念なのは、
みんなとの会話ばかりが心に残って、お料理の味があんまり印象にない、、、と、いうことかな。



おおきくなったら。

2015-04-14 22:01:04 | 子育ての事

小さな頃に、好きだったものは変わらない。

お絵かきと探検だ。

「大人はみんな死んじゃったごっこ」みたいな事が大好きで、自分たちだけで生きていくんだ!みたいな、勘違い的な性質は今も変わらない。



私の子供らを見ても、四人四様。
その基本的性質は死ぬまで変わらないのだろう。

私が、指図しても、言うことをきかないのはいいことだ。

自分の性質をまげてまで、わたしなんぞの言うことを聞くことはない。


大きくなったら、なんになりたいの?
と、大人はつい聞いてしまうが、わたしは結局なんにもなれなかった。

なんにもなれなかったけれど、それはそれで毎日面白い事が起こる。


なんにもなれなかったけれど、
なにをやりたいの?ならたくさんある。

子供たちにもそう聞こう。

あなたはあなたのまんまで、なにをやりたいの?


うん。うん。

ちょっとわくわくする。

そういえば、自宅出産をしたのだった。

2015-04-13 20:46:30 | 自宅出産 漫画

引き寄せの法則ってのがある。

確かにある。

願った事が叶う。

このマンガ、三人目までを産んだ時点で(多分15年前)描いている。

そして
四人目の出産時の八年前に、まさにその通りになっている。

自宅で、産婆さんが間に合わず(あ!マンガには、お産婆さんがいる!?それが、事実と違う!!!)家族で赤ちゃんを取り上げたのだ。


願った事が叶う。といか、やりたい事はやっちゃうのだ。人間は。


人はみんな、心の真ん中にはやりたい事を持っていて、こんなの叶うはずがないとか、こんなのダメだ
とか、普段はごまかせるんだけど、

やっちゃう時は、やっちゃうのよね。

ウフフ。

ピンチは、あんまり、ピンチじゃない。

2015-04-12 20:46:31 | 日記
パソコンが直った!

手描きの原稿をブログにあげるのに必要なソフトが入っていたので、かなり参ったな、という気分だった。

でも焦らない。わたしに必要ならば必ず、パソコンはやってくるとどこかで安心していた。

思考では安心していたが、現実の世界では、しばらく、ジタバタした。

でもなんだか、これだ!という感じがしなかった。


そんなこんなの日々の中で、
やっぱりピンチを切り抜けた話がリンクする。

本日、お友達と子どもたちと近所の山にピクニックにでかけた。

さぁ、帰ろうとやってきたお友達の車に乗り込むと、様子がおかしい。

前輪の左のタイヤがパンクしている。

うわぁ、どうしよう。

ジャッキとスペアタイヤが積んである。

わたしと、小4の息子と友達の小3の息子はやる気満々。

タイヤ交換をしてみよう!!


通りすがりのおじさんに指導してもらうなどして、ものの30分もしないうちにスペアタイヤに交換完了!
女子供だけでも、どうにかなるもんだと、面白い思いがした。


ピンチのときは、ちょっとワクワクする。
なにか、新しく始まる!と思ってしまう。

そして、通りすがりのおじさんみたいに、ちゃんと必要な助けがやってくる。


さて、パソコンも、夕方お友達を迎えにきた夫さんに見てもらうと、直った。

ああ。そうか。だから、新しいパソコンが来る感じが、なんだかしなかったんだ。


だから、わたしは、
困ったなぁ、と思っても、ちょっといつもワクワクしている。

小心者で臆病なのに、そんな気持ちがしちゃうわたしはなんなのだろう。

それをオバサン化、というのかもしれないなぁ。