50年もむかしのことだが、鳩を飼っていたことがあった。 細かいことはすべて忘れてしまったが、
初代の雄と雌の2羽の鳩だけは、その羽の色と艶、愛くるしい目の光りなど、今も忘れない。
栗毛の雄と、真っ黒い羽色
のからす鳩が雌だった。いくらか姉さん女房のようだった。 先ず、鳩小屋を作った。
買ったものは、全面に張る金網と、アルミ製のなんと言っていたか? 入り口、出口に吊るす棒状
のもので、入る時には鳩が押して入り、出ることはできないのだ。
雨煙る湖上の鴨や孜々として
薄墨のひと刷け延べて湖時雨
初めて、手の平に乗せた餌をついばんでくれた時の喜び。 「慣れた!!」 と嬉がっていたら、
悪童が言う。 「空に放して、帰ってきてから、そう思え」と。
色鳥や湖畔に歳を重ねつつ
秋ふかむ立ち止まることの多くして
ある日、ついに決心して2羽の鳩を空に放した。 最初のころは、別の集団が飛んでいると、
一緒になってしまい、帰らぬことがあるそうである。 いちいちアドバイスをくれた悪童が誰れ
だったのか、遠いかすみの彼方である。 祈りにも似て放した。それは「賭け」そのものである。
遠き日はとおくに置ひて返り花
やわらかく灯すほかげの花八つ手
無事に帰還した2羽が、肩に止り、頭に乗り、にわかに愛しさがつのったものである。
やがて、雛が生まれた。オス・メスの毛色がまったく逆にでていた。 子供ごころに命の
神秘を感じたものだ。
中学生時代、飼育した2羽の鳩とともに、大人への入り口にそっと立ち、世間への階段を
登りはじめたときめきは、手の平に残る鳩のからだのぬくもりと共に、忘れない。