MOA美術館で開催中の「日本磁器ヨーロッパ輸出350周年記念」展を鑑賞しました
今から350年前、万治2年(1659)10月15日、5748点という大量の磁器を積んだ
オランダ東インド会社の商船が長崎からヨーロッパに向けて出帆しました。
それが西欧諸国への本格的な日本磁器輸出の始まりです。
色絵花鳥紋蓋付大鉢(1720~50年代) これはコーヒーポット(1700~40年代)
オランダ東インド会社が、内乱で磁器輸出の激減した中国おに変わりに、新たな磁器供給の活路を
日本に求めたことで、肥前磁器、古伊万里はヨーロッパで受注されたのでした。
色絵髭皿 これは使い方が出ていて楽しいものでした
お皿の上の部分の縁に穴が2個開いていて、そこに紐を通して首にかけ
くぼんだ部分を首に当て、髭を剃ってもらうときの受け皿にしたもの
中国磁器の模倣に始まった古伊万里は日本独自の美意識と技術の発展により本家中国を
凌駕するまでの成熟し、当時ヨーロッパの王侯貴族の生活文化や趣味を繁栄した
様々な器形やデザインなど多種多様な作品が生み出された。
高度な技術の支えられた絢爛豪華な古伊万里が多数出展され、壺や皿など大型の
作品が多く、見応えのある古伊万里の華でした。
1730年、伊万里磁器の輸出は衰退期を迎えた、中国・景徳鎮との価格競争に敗れたこと、
輸出の相手であったオランダの衰退、マイセンなどヨーロッパの磁器生産が拡大してゆく事
などが原因でした。
1757年以降は公式の輸出が終わり、仏貿易がわずかに行われる程度となりました。
その他当館所蔵のクロード・モネの「睡蓮」や「ジヴェルニーのポプラ並木」
野々村仁清の「色絵藤花文茶壺」やその他の作品も多く鑑賞できました。
メインロビーからの眺望は素晴らしく、初島や伊豆大島など一望でき、
房総半島から三浦半島、伊豆半島など180度の大パノラマが楽しめます、
この日は残念ながら曇り空で見通しは良くありませんが、気持ちのよい眺めです。
夕方、仕事の都合で遅れてきた息子と熱海駅で落ち合い、熱海の街をちょっと散策
ホテルに入り、温泉をたっぷり楽しみました。
こんな感じになっている「お宮の松」は何代目でしたかしら?
翌朝7時頃ベランダから見た海は少し荒れ模様でした
初島と定置網でしょうか? 右上には赤いモータ-ボートが見えました
前日美術館のロビーでみた所の同じ景色
波の音は「子守歌」のごとくでした
2日間、お天気がよくなかったのは残念だったけど、何回も温泉に入り
懐かしい熱海は楽しい旅でした。
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