将棋 この絶妙手がすごい! 升田幸三 大山康晴 中原誠 米長邦雄 編

2019年01月10日 | 将棋・好手 妙手
 「ポカを特集するんやったら、今度は絶妙手も語らなあかんやろ」。
 
 新年会の席で、みそ田楽をほおばりながら、そんなことを言いだしたのは将棋ファンの友人エビエ君であった。
 
 彼はこないだここで書いた
 
 
 「プロの指した大ポカ」
 
 
 の数々(→こちらから)を読んでくれたそうだが、悪手を取り上げるなら、次は好手も紹介しないとファンとして、プロ棋士に悪いのではないかというわけだ。
 
 コメントでも、
 
 
 「将棋の名手シリーズ楽しみにしてたんですけれど、やめたんですか」
 
 
 なんて訊かれてしまった。
 
 うーむ、もちろんそれはやりたいんだけど、いざとなるとけっこう問題がありまして、なかなかに難しいところがあるのだ。
 
 論より証拠と、ここにいくつか将棋史上に残る絶妙手を紹介し、私が逡巡する理由をわかっていただこう。
 
 以下、コアな将棋ファンには、おなじみのものばかりですが、最近興味を持たれたという方は、ひとつ次の一手問題形式で、考えてみてください。
 
 
 ★1971年に開催された、第30期名人戦第3局
 
 将棋界のスーパーレジェンド升田幸三大山康晴の対決といえば
 
 
「サッカクイケナイヨクミルヨロシ」
 
 
 の高野山の決戦をはじめ、とにかく逸話が尽きない。
 
 このシリーズは両者の最後の名人戦となったが、なんとここで升田は7局中、5局を「升田式石田流」で戦いファンをわかせた。
 
 
 
 
 
 
 局面は後手の升田が、△26歩とたたいて、先手の大山が▲同飛と応じたところ。
 
 少し前に放たれた、▲79角妙防で、一見後手に手がないように見える。
 
銀取りなうえに、後手の飛車がまだ封じられて、大山得意の押さえこみが炸裂しているように見えるのだ。
 
 ところがここで、升田にものすごい切り返しがあった。
 
 将棋史上最高と、だれもが認めるその1手とは……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
△35銀と引くのが「天来の妙手」と呼ばれる一手。
 
 ただ銀を捨てただけのようだが、これが先手の包囲網を突破する、見事なカウンターショットなのだ。
 
▲同角と引きつけておいて、△34金と出るのが会心のさばき。
 
 
 
 
 角取りだからと▲同金と取ると、△35角と取って、▲同金△59角と打つのが、王手飛車で「オワ」。 
 
 
 
 
 
 
 大山は▲57角と辛抱するが(これもなかなか指せない手だ)、△24金と取って飛車先が開通
 
 
 
 
 見事、完封されそうだった2枚大駒を躍動させることに、成功したのだった。
 
 
 ☆続いては、大山康晴十五世名人
 
1972年に開催された、第31期名人戦の2局目。
 
 挑戦者の「若き太陽」こと中原誠が開幕局を制し、この第2局も攻勢を取り終盤をむかえる。
 
 
 
 
 
▲73飛と打ったこの局面、先手の中原は勝利を確信していた。
 
 2枚のが、すばらしい連携で後手の上部を押さえており、の質駒に▲33と金の威力もすさまじく、玉をどこに逃げても、簡単に寄りそうだからだ。
 
 ところがここで大山は、将棋の常識に反するすごい手で、この大ピンチをしのいでしまう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
△81玉とあぶない方に落ちるのが、「受けの大山」が見せた、盤上この一手の最強手。
 
 「玉は下段に落とせ」の格言のを行く、まさかの自ら下段玉。
 
△62玉▲74桂△82玉▲94桂で負けとはいえ、まさか▲83飛成をゆるして勝てるとは、だれも思うまい。
 
▲83飛成には、△82歩と合駒。
 
 以下、▲73桂不成△71玉▲61桂成△同銀▲53竜△61銀打で、なんと、どうやっても先手の攻めは届かない。
 
 
 

 

 中原はこれが寄らないことが、どうしても受け入れられず、その精神的ダメージにより、シリーズの主導権を大山に奪われてしまう。

 
 
 ★続いては、大山に次ぐ、将棋界の王者中原誠の、有名すぎる1手を。
 
1979年の第37期名人戦
 
 中原誠名人米長邦雄八段という、大山升田時代の次をになう、ライバル対決。
 米長の2勝1敗リードでむかえた第4局
 
 相矢倉から、中盤に先手が駒損してしまい、後手の米長がうまく指しているように見えた。
 
 
 
 
 
 後手玉にまだ詰みはなく、先手は△48飛成と、銀を取る筋で寄せられる。
 
 ▲67金と取っても、やはり△48飛成で先手負け。
 
 絶体絶命の中原だが、ここで信じられない1手を放ち、形勢を逆転させる。
 
 
 
 
 
 
 
 
▲57銀とあがるのが、「升田の△35銀」と並ぶ、オールタイムベスト巻頭候補のスーパー絶妙手
 
 こうかわすことによって、銀取り△48飛成同時に防いでいる。
 
 後手は△同馬と取ると、先手玉への詰めろ消えてしまい負け。
 
 しかし、それ以外の筋(たとえば△78金など)で攻めると、今度は駒を渡すから、自分の玉が詰まされてしまう。
 
 まさに、一撃必殺のしのぎなのだ。
 
 ねばるつもりなら、まだ手はあったようだが、米長はこの歴史的絶妙手に敬意を払ったかのよう、素直に△57同馬と取る。
 
 以下、▲54角と王手して、△31玉▲33桂成△同銀▲62金と必至をかけ、△48飛成▲58桂と受けて先手勝勢
 
 
 
 
 
 
 ここで▲57銀の、絶大な効果がわかる。
 
 同じように進めて、の位置が△67のままなら、△77馬から詰みなのだ。
 
 これに敗れた米長は、2勝4敗のスコアで名人の夢を絶たれる。
 
 米長が悲願の名人位に就くのは、1993年のこと。
 
 このたった1手が、なんと14年という長き歳月と、振り替わってしまったのだ。
 
 
 ☆トリを飾るのが、米長邦雄の実に「人間らしい」1手。
 
 米長と中原は、少年時代から未来の名人候補と呼ばれ、自他ともに認めるライバル関係だった。
 
 だが、米長は当初、なかなか中原に勝てず、タイトル戦では初顔合わせからシリーズ7連敗を喫していた。
 
 これ以上負けられない米長は、1979年第20期王位戦でも、中原王位への挑戦者として名乗りを上げる。
 
 だが、3勝3敗でむかえた最終局、中原の機敏な動きに翻弄され、形勢は必敗に。
 
 懸命にねばる米長だが、中原は確実なと金攻めでにじりより、最後はスパッと決めに出る。
 
 
 
 
 
△48竜を取ったのが、カッコイイ手。
 
 ▲同角△58と、と引けば△79銀からの詰めろなうえに、角取りでもあって、後手が勝ち。
 
 進退窮まったに見えた米長だが、ここで渾身の勝負手をくり出し逆転の望みをかける。
 
 その根性の一手とは?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
▲67金寄が「泥沼流」米長邦雄の、本領発揮の一手。
 
 取れるを無視して、玉の逃げ道を開ける。
 
 絶望的な手のようだが、これが意外にしぶといのだ。
 
投了もあり得る局面での、まさかのねばりに、中原は1時間を超える大長考に沈む。
 
 そうして指された△99銀敗着で、△79銀なら、後手勝ちだった。
 
 △99銀以下、▲77玉、△78竜、▲同玉、△76歩▲61飛△41桂▲68金で先手玉は逃れている。
 
 
 
 
 △58銀▲76馬と払って、ついに受け切り。
 
 こうして勝ちはしたが、▲67金寄という手の意味はむずかしい。厳密には好手かどうかも、わからない
 
 だが、問題はそこではない。この手を見た中原は、
 
 

 「わけがわからなくなかった」

 

 
 述懐したが、そう、この手は正しい手というよりも、
 
 
 「相手を間違えさせる」
 
 
 という、魔力を持った一着だったのだ。
 
 将棋は最後に悪手を指した方が、負けるゲーム。
 
 米長のこの▲67金寄は、そのことを知りつくした、理屈を超えた、まさに


 「人間が人間に指す」

 
 という、異形の絶妙手といえるのだ。
 
 

 
 ……以上、どうであろうか。どれも将棋界に燦然と輝く、すばらしい手ばかりだ。
 
 え? なんか難しくてよくわかんない?
 
 その通り。そこに、将棋の妙手を紹介する、問題点があるのだ。
 
 なんといっても、難解で解説するのが大変。
 
 だって、書いている私すら、正直よくわかってないところも多々なのだから(苦笑)。
 
 一応、私も長年将棋を見てるし、指せばアマ二段くらいになったこともあるし、解説書も参照してるから、手順くらいは語ることもできる。
 
 けど、やはりその程度の棋力だと、ピンとこないところもあるのだ。
 
 なにかこう、高度な数学の問題の解答を見たときのような、
 
 
 「理屈として、もしくは知識としてはわかる」
 
 
 けど、心の底から理解できているのか、と言われると、ちょっとあやしいような……。
 
 その点、ポカトン死や駒のタダ取られなど、それこそ素人が見ても一発で「あちゃー」と共感してもらえるものが多く、ネタとしてあつかいやすいのだ。
 
 とはいえ、エビエ君の言うことももっともで、人の失敗だけをあげつらうのは、私としても、気が引けるところもなくはない。
 
 そこで次回からは、棋士リスペクトということで、できるだけわかりやすく、かつ見た目にもインパクトのある絶妙手を選んで、いくつか紹介してみたいと思う。
 
 最初に登場するのは、ポカ編と同じく、あのスーパースターからにしよう。
 
 
 (続く→こちら
 
 
 

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